決意
帝国は千間ヨミヤ———魔族を取り逃がしたことを隠ぺいした。
勇者達や、謁見の間に居た者には箝口令を厳命し、特に被害にあった建物・被害者がいなかったために、何事もなかったように帝国民には振舞った。
「ハッ………」
「甘い」
そして、ヨミヤが帝国を去って三日が過ぎようとしていた。
「くっ………」
「もっかい来い!」
「………言われなくてもッ!」
アサヒとヒカリは、騎士の宿舎———中庭の訓練場で剣戟を繰り返していた。
「ㇵァッ!!」
「チッ………」
素早い連撃からの、位置を変えるステップ。
ヒカリがアサヒを目で追うのに合わせて、死角に入るようなステップでヒカリの目をかいくぐる。
「ふッ!!」
そして、背後からの渾身の突きを、ヒカリの背中目掛けて放つ。
しかし―――
「!?」
ヒカリは、アサヒのステップを真似るように突きを回避すると、振り返りざまに、アサヒの腹部へ剣———訓練用の木剣を叩きこんだ。
「カハッ………!」
「………今日は訓練に付き合ってくれてありがと」
休憩中。
アサヒはヒカリへ、目も合わせず感謝を述べる。
「………」
ヒカリは、その言葉が信じられなくて、呆けた表情でアサヒを見ている。―――と、その表情に気が付いたアサヒが胡乱気な目をヒカリへ向けた。
「………何よ」
「いや、まぁ、珍しいなぁと………」
「やめてよ、普段からお礼も出来ない人間みたいな言い方」
「………実際、俺にはあんまりそーゆーこと言わないしな」
「………」
アサヒの表情は、『確かに』という心境を物語っていた。―――彼女は、改まった雰囲気で口を開く。
「アンタがしでかしたこと………許す気にはまだなれない」
「………あぁ」
「けど………アンタが、『あの事件』に負い目を感じて、私やヨミの為に動いてくれた。―――その『事実』には………………ちゃんと感謝しなきゃ。―――そう、思っただけ」
「………ああ」
少年は静かに頷き、口を閉ざす。
―――アサヒの言葉に、余計なことは言わない。だって、『許されて』はいないのだから。
「そういえば………いいのか?」
「何が?」
「その………千間………のこと、とか………」
「あぁ………」
隈の刻まれた目で、嫌に眩しい空を見上げて、アサヒは呟くように言葉を漏らす。
「―――悲しいとかは………ない」
「………」
「むしろ、また置いて行かれて………かなり腹が立ってる」
己の拳を固く握り締め、少女は呟く。
「ヨミを捕まえた帝国にも、置いて行ったヨミにも………………なにより、彼についていけなかった自分の弱さに………イラついてる」
ヒカリは見た。
瞳に涙を浮かべながら………それでも怒りを燃やす少女の顔を。
「だから、強くなって、ヨミを見つけ出して………この怒りをぶつけて………そして、一緒に行く。それが今の目標」
「そっか………」
そんなアサヒを見たヒカリはゆっくりと立ち上がった。
「じゃ、もっと強くなんないとな」
「………よろしく」
※ ※ ※
「っ………」
猛吹雪の中を飛ぶ。
風で、山間を飛び回っているが、向かい風の中に居るせいか、うまく前へ行けない。
眼下には巨人やらなにやら、大量の魔物が見える。
オレは四方八方から飛んでくるレェ・ルグを、熱線で全て仕留める。
魔境大雪山ヘイム・ヨヴル。
帝国領と魔族領を二分する、超巨大山脈。―――その上を、オレは飛んでいた。
以前、イルさん達と通ったのは『北西の山頂』。―――標高の低く、出てくる魔獣も比較的力の弱いもののみ。
しかし、今は『南の山頂』。ヘイム・ヨヴルで一番高い山頂で………この魔境において、一番強い魔獣が跋扈する領域。
―――おそらく、今大地に足を付ければ、いくら今のオレであろうとも命の保証はないだろう。
「邪魔だァ!!」
それでも、オレは進むのだ。
―――目的地である魔王城へたどり着くために。
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