決別の角
「ヨミ、一つ聞いてもいい?」
「………なに?」
医務室から皇帝の居る謁見の間に向かう途中、アサヒはおもむろにオレへ言葉をかける。
「さっきヨミに伝えた『暴走状態』のことなんだけど………」
「あぁ………」
聞くところによると、かなり異常な状態だったらしい。
全身が黒く染まり、今は普通に戻っている右腕———黒腕がかなり肥大化して………まるで魔獣のような見た目になっていたそうだ。
「オレにも、詳しいことはわからない。―――けど、一つ心当たりはある」
オレは自身の左腕———棘のツルのような紋様へ目を向ける。
「この紋様………奈落の底で見つけた黒い林檎———『黒林檎』を食った直後から出てきたものなんだけど………」
最初は左腕から首筋にかけてツルが巻き付いたような状態だった。
けれど、今はオレの見える範囲で、左腕から、黒腕の繋ぎ目部分まで、棘のツルは広がっていた。
「『メフェリト』での戦いぐらいから、この紋様が伸びて………そして、無くなったはずの右腕が………生えた」
「暴走してたときも、全身が黒くなってたって言ってたし………右腕の状態とも特徴が一致してる………」
アサヒはオレの右腕を取り、そのまま紋様をなぞる様に見つめている。
「………オレからじゃよく見えないんだけど………何か変化ある?」
「うん………紋様が首筋から後頭部まで伸びてる………治療したときにはこんなことなかったのに………」
ここにきて、『黒林檎』の謎が深まるなか、アサヒはこちらを案じているような目でオレを覗き込む。
「ヨミ………もう、戦わない方がいいよ………」
「………なんで?」
アサヒの言葉に、オレは困ったように首を傾げる。
「『メフェリト』でも、『カナンの村』でも………共通してるのは『体への負担』と、『精神へ大きな負荷』………」
アサヒは『黒林檎』で起こった変化の共通点を考察してくれる。
「………確かに、どっちもかなり激しい戦いだったし…………………精神的にかなりきつかった」
「うん………」
アサヒは、辛い記憶を思い出させてしまったと思ったのか、オレの背中を静かにさすりながら、言葉を続けた。
「でも………今も紋様は変化した………目覚めてからあったのは———」
「………剣崎との会話………か」
アサヒは、推測を口にする。
「きっと、『精神への大きな負荷』がこの棘の紋様が伸びる条件………」
ぎゅっと、黒い右腕が強く握られる。
「戦うのは………精神的負担が大きい。―――だから、ヨミにはもう………戦ってほしくない」
「………」
きっと、アサヒは本気で心配してくれているのだろう。
「戦わないでいられたら………いいよね」
「ヨミ………」
だが、オレは知ってしまった。
この世界では………『戦わないでいること』は———出来ない。
※ ※ ※
謁見の間に入る。
そこは、豪華な意匠や、調度品で彩られた巨大な空間。
しかし、『派手』という印象はなく、どこか荘厳さを思わせる空間だ。
「………」
入って正面に広がるのは、三段ほど高くなった所にある玉座。―――そこに、白髪をオールバックにした初老の男性が座っている。
———あれが………皇帝………
おそらく、この場が荘厳さを放つ要因の一つは、あの『皇帝』の存在もあるのだろう。―――それほどに迫力のある男だった。
「………」
そんな皇帝から少し視線をズラせば———見知った顔ぶれがそろっていた。
剣崎ヒカリ、赤岸タイガ、加藤フミヤ、茶羽セイカ———勇者として呼ばれた異世界人。
帝宮魔導士団筆頭ザバルと、筆頭補佐フェリア。
それぞれが皇帝と向かい合うように頭を垂れている。
「行こう………」
耳打ちするように静かにオレへ言葉をかけてくれたアサヒと共に、オレは玉座の前まで歩を進めると、事前に教わった通りに頭を垂れる。
「面を上げよ」
一同、全員が揃ったのだろう。
皇帝の言葉にオレは、隣のアサヒに倣い顔を上げた。
「初めて会うか………『裏切りの勇者』よ」
「………はい」
皇帝の言葉に、一瞬だけ反感を抱くが………ここで騒ぎを起こすわけには行かないため、オレは静かに返事をする。
「………この度は災難であったな。―――まさか私も、エクセルがそこまで暴走状態にあることを見抜けなかった」
「………はい」
『見抜けなかった』で済む問題ではない。
エクセルの凶行で、『カナンの村』の住民は………ヴェールを残して全員が亡くなった。
帝国がもっとしっかりエクセルを監視していれば、起きることのなかった悲劇だ。
「結果として、そなたに要らぬケガをさせた上に———エクセルを捕えきれなかった」
「………」
そこでオレは皇帝の言葉に強烈な違和感を抱く。
「………」
オレにケガをさせてしまった?
エクセルを捕えきれなかった?
―――違うだろう。そこじゃないだろう!!
「今回こそ、人間である其方を襲ってしまった。あの男だが………戦いや作戦では確かにいくつもの戦果を挙げた者だ。………この損失は痛い」
「っ………」
頭を垂れる振りをして、その下で思い切り歯を食いしばる。
「ヨミ………!」
そんなオレの様子に気が付き、アサヒが再び小さな声でオレを呼び掛けてくれる。
彼女の声に顔を上げて………オレは努めて冷静に振舞う準備をする。
「………」
周囲を見れば、イルさんやヴェールと交流があったことを知っている剣崎や、赤岸君などの他のメンバーは眉をひそめて、オレへ堪えるように首を振って合図をしている。
「っ………」
だから、息を深く吸い………せめて感情を表に出さないようにする。
「あの———」
―――その上で、オレは眼前の皇帝陛下へ聞きたいことがあった。
「………なんだ」
「………陛下は………『カナンの村』で亡くなった魔族を………どうお考えですか?」
真っすぐ、目を逸らさずにオレは皇帝・グラディウスへ視線を向ける。
「………」
皇帝は、静かに瞑目し………眉をひそめて―――口を開いた。
「魔族は——————全員駆逐する」
「ッ!!?」
ハッキリとした拒絶。
その顔は、一切の妥協を許さぬ目を携えていた。
「魔族は………『人を殺しすぎている』。最早、帝国民の中に魔族へ友好意識を持っているものなどほんの一握りだ」
男の目は、意趣返しのように、オレを射抜くように見つめ続ける。
「加えて、『文化』も違いすぎる。―――現状、『戦争中』の相手の文化を認めるように全国民に触れを出すよりも、戦争に勝つ手段を見つける方が、国として当たり前の方針だ」
「だからって………」
国の方針?
そんなもの………知らない。罪のない人たちを殺しておいて、静かに暮らすはずだった親子を引き裂いておいて………死んでいった人たちに唾を吐くような国のことなんて………
「みんな懸命に生きていた!! 人間と変わらない暮らしだった!! ―――『魔族狩り』なんてふざけた連中に壊された村を………みんなで復興していた!!」
「ヨミっ………!」
アサヒに静止されるのも、立ち上がったオレは皇帝へ言葉を返す。
「攫われた娘を命がけで探し続ける母親も居た!! 母と離れ離れになって………痛みに耐え続ける女の子も居た!! ―――それを………『全員駆逐する』? 『人を殺しすぎている』? 『文化が違いすぎる』?」
あまりの怒りに、拳が震える。
「人間も魔族を殺しすぎている! なんで文化が違うだけで殺されなきゃいけない!! ―――そんなの間違ってるだろッ!!」
怒りの感情が抑えられずにいると、身体の奥底から何かが蠢くような感覚が芽生える。
そして、それらに呼応するように、黒い魔力が渦巻く。
「オレは………あなたの考えには賛同できない!!」
刹那、両方のこめかみから『何か』が生えたような違和感が襲う。
「「「!!!?」」」
同時に、周囲の人間から言葉が無くなる。
「ヨミ………?」
「千間………お前………!!」
「どうなってやがる………!」
「千間………!」
「千間くん………!!」
ザバルとフェリアさんは、オレの様子をみて、臨戦態勢をとっている。
「フム………やたら魔族の肩を持つとは思ったが———」
「魔族そのものだったとはな」
「は………?」
周囲の反応を見て、オレは夜の闇を映し出す窓へ目を向けて、
「つ………角………?」
そこには、こめかみから二本のうねる角を生やした自分自身がいた。
その姿は、アスタロト———悪魔族と同じようなシルエットだった。
「取り押さえろシルバー」
「了解ですよっと」
刹那―――どこからとも現れた影が、オレの頭上から降ってきた。
「ぁぐ………!!」
降りかかってきた影は、そのままオレの背中に全体重を乗っけて、ついでにオレの両腕を捻り上げる。
「久しぶりに会ったと思ったら、随分キテレツな見た目になったなぁ?」
「おま………え………!!」
この声、癇に障る喋り方………
オレを取り押さえた影の正体は、元『フォーラム』幹部のシルバーだった。
「おまえ………捕まって………死んだんじゃ………!?」
「うーん………だと思ったんだがなぁ」
「その者は私が生かした」
オレの疑問に答えたのは、グラディウスだ。
「名は公表せず、同じく処刑予定だった罪人を影武者にしてその者は生かした」
「バカな………!! コイツは帝国転覆を目論んだ犯罪者じゃないのか………!!」
「今は、少しでも戦力が欲しい。―――勇者と渡り合ったその者はいい戦力なのだ」
そんな………そんな理由で………シュケリを殺したも同然のコイツが………生きている?
拘束され、地面にうつぶせにされている状態で、オレは必死になってグラディウスを見上げた。
「ふざけるなッ!! そんなことで………そんなことでコイツが許されていいのかッ!!」
「シルバー、黙らせろ」
「………承知っす」
「ぐッ………!」
後頭部を押さえつけられ、無理やり地面へ顔面を押し付けられる。
「………危険な思想か。―――ここで処刑するのが賢明か」
「「「!?」」」
おそらく動揺の息遣いか。
何も見えない視界。―――代わりにそんな音を鼓膜が拾う。
「お、お待ちください陛下!! ―――それだけは………それだけは………!!」
いち早くアサヒがオレを庇おうと声を上げる。
「陛下………!! 俺達が絶対に説得するから………頼む、それだけは勘弁してくれッ!!」
赤岸君もオレを庇ってくれる。
「俺も………俺も説得する………!!」
「処刑だけはお待ちください陛下!!」
加藤君も茶羽さんも、必死に声を上げてくれる。のだが———
「ならん。―――この者の思想は危険だ。生かしておくことはできない。………今まで『戦力になるかもしれぬ』とお前達の言葉を聞き入れてこの者を野放しにしておいたが………ハッキリわかった」
そうして、グラディウスは瞑目したのち———告げる。
「シルバー、その者を牢へ連れていけ。―――準備を整えたのち、処刑する」
「………あいあい」
「っ………」
無理やり立ち上がらされたオレは、そのまま謁見の間から退出させられる。
「ヨミっ………!!」
去り際に見たアサヒや———同級生たちのが茫然としているのが嫌に記憶に残った。
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