もう一つの結末
ファルゲン・ゼーリング。
奴隷商会『白馬』の元締めである男。頭頂部だけの禿頭に後頭部から垂れる三つ編みが目を引く男だ。
彼は商会の邪魔となるイル・ヴェルダの始末をエクセルに任せ、自身は大量の奴隷を売りつける予定の貴族の元へやってきていた。
時は、ヨミヤがカナンの村に入ったころ。
夜の闇がすっかり周囲を包み込んだ時間帯に、ファルゲンは大きな屋敷の玄関をノックする。
「………どちら様でしょうか」
「夜分遅くに失礼する。―――商談の予定を入れていたルゲーだ」
当たり前のように偽名を使用するファルゲンは、メイドに通され———客間に案内される。
———………夜だからか? メイドの数が………少なかったな………
統治貴族の屋敷。―――その大きさは自然と街一番の面積を誇る。
―――のはずだが、雑事を任されるメイドの数が異様に少ないことに疑問を抱くファルゲン。
———いや、今は商談に集中だ。………大口の取引だからな
今回の取引は非常に大きい。
百名近い奴隷を、かなりの金額で提供してくれる予定だ。―――少しでも、今から行う話し合いで金銭を要求できるようにしなければならないのだ。
出なければ、出ていく商品の割に利益が上がらなさすぎる。
ファルゲンは自然に目を瞑り、思考を回転させる。
その時だった。
「おやおや、これはお初にお目にかかります!」
わざとらしい声が、ファルゲンの後方にある入り口から聞こえる。
「………?」
妙なテンションの高さに、不思議に思ってファルゲンが目を向けると、二人の男が立っていた。
一人は、腹が立つほどサラサラな茶髪の男だ。―――『メフェリト』で流行している服装をしている。目を引くのは緑のジャケットだ。
もう一人は金髪の男だ。―――後方で控える彼は、これまた『メフェリト』ではやっている『スーツ』とかいう服装だ。
———この街の統治貴族………いや、あの服は『メフェリト』のもの………
「………」
相手を観察し―――すぐさま取引予定の貴族でないことを察したファルゲンは、金髪の男が携えている剣を見て、警戒心を一気に高める。
「まぁまぁ、そんなに警戒しないでくださいよファルゲン様」
「………なぜ私の名前を知っている?」
名も知らぬ相手に、偽名を使っているハズの自分の名前を呼ばれ、ファルゲンの顔は一瞬だけ引きつる。
「それはもう、私達の界隈では有名な方ですからね。―――知らないと失礼なくらいですとも」
芝居がかった仕草が鼻につく男だ。
ファルゲンが内心イラついていると、男は『おっとまだ名を名乗っていませんでしたね』と恭しく一礼をする。
「私の名はウラルーギ」
『こちらはハグラ』と金髪の男の紹介も済ませると、ウラルーギは顔を上げる。
「ウラルーギ………ここ数十年で力をつけてきた商会のオーナーだな。―――そんな大商会のオーナー殿がなぜここに?」
ファルゲンは、ポケットに手を突っ込むと、睨みつけるように疑問を投げつける。
「それがですねぇ、ここの貴族様は帝国で禁止されている奴隷を多数所持していたんですよ~………ホント、政治を信用できなくなるから困っちゃいますよね?」
「………」
その瞬間、ファルゲンの中でウラルーギの存在が明確な『敵』として認識される。
目の前の男は、おそらく奴隷商である自分のことを知っている上で、今の話題を出したのだ。
「………それがどうしたのというのだ? 法律上は禁止されているだけで、今までその法律に抵触された貴族が厳罰に処されたことはない」
言葉尻を鋭くするファルゲンは言葉を続ける。
「国民感情は、魔族に対して強い憎しみを抱いている。―――魔族に酷いことをした貴族が罰されなかったとして、不満がでることもない。故に、貴族が奴隷を所持していて、それがバレたとて、さして私が怯えることはないぞ?」
「おやぁ? そんなことは私も承知の上ですとも。―――私が言いたいのは、『そんな貴族様は個人的に信用できない』という話ですよ」
「………何が言いたい?」
てっきり奴隷を扱っている自分を糾弾するための『掴み』かと考えていたファルゲンは、意味が分からずウラルーギを睨みつける。
「端的に申し上げますと、統治貴族様は他にも様々な不正を行っていました」
ウラルーギは、『予算の横領、架空経費………情報漏洩なんてものもありましたな』なんてつらつらと言葉を並べる。
「………それがどうした。ここの貴族が不正をしていようと私には関係ない」
「ははは、話が分かりづらくて申し訳ない。―――嫌いな人を追い詰めるときは、なんだかじっくりねっとりお話したくなっちゃって………」
朗らかに言い放つウラルーギは、『申し訳ない!』と頭を掻いている。
そんなウラルーギの様子を見ていた金髪の男―――ハグラはため息をついて、ハッキリとした声で告げる。
「ここの貴族は、その不正をコチラが黙っておく代わりにお前を売った」
「っ!?」
その言葉に、今まで屋敷内でメイドを見かけなかった理由を察するファルゲン。
「………なるほど、逃げたか」
『コレだから人間は信用ならない』と愚痴を零す男は………それでいて、不敵に笑った。
「ハハハ………新参者のクセに、やるではないか」
おそらく、取引を持ち掛けられた時点で嵌められていた。―――こちらが飛びつきそうな提案をして、『白馬』のオーナーである自分をおびき出すために。
「………」
剣をゆっくりと引き抜くハグラが迫る。
ファルゲンはそんなハグラに合わせるように、一歩だけ後退する。
「だが、これでも色んな人間から恨みを買ってる身でね。―――働け傭兵共!!」
刹那―――ファルゲンはポケットに忍ばせてあった魔廻石に呼びかける。
同時に、閉められていた扉がバンッと勢いよく開いた。
「さぁ、こいつらを殺せッ!!」
扉の前にいるのは——————傭兵ではなかった。
というか、ファルゲンを案内したメイドが、大柄な男の襟をもって、佇んでいた。
「ウラルーギ様、ハグラさん、制圧———完了しました」
「お前なぁ………乱暴すぎなんだよ! てっきりお前らが外の奴らにやられたかと思ったじゃねーか!」
「おや、心配してくれるのですか?」
「ちげーよ!!」
「あっはっはっは! まぁまぁ、無事抑えられたようならいいでしょうハグラ」
「………まぁ、そうだがな」
「なッ………あぁ………!?」
その光景に言葉を失うのはファルゲンだ。
「何をそんなに驚くのです? あなたを潰すなら、傭兵団の介入ぐらい想定しておきますとも」
「ふ、ふざけるな………! 長年贔屓にした傭兵団だぞ………! 実力も正確に把握している………! な、なのに………」
「はっ………長年の自分のキャリアに驕ったな。―――誰も自分を犯せないと妄信した」
再びファルゲンに詰め寄るハグラ。
「くっ、クソ………!」
慌てて窓から脱出を試みるが、
「―――!!」
窓の外には制圧された顔見知りの傭兵団の姿がある。―――つまりは、脱出してもむざむざ捕まるのがオチだ。
「な、なにが目的なんだお前たちは!!!」
尻もちをつき、みっともなく這いずるファルゲンに、ハグラは切っ先を向ける。
同時に、ウラルーギも、ファルゲンに近づき、その脂ぎった顔を覗き込む。
「私はね、もっとお金を稼ぎたいんですよファルゲン様」
「そ、それがどうして私に潰すことに繋がる………!!」
「それは、ご自身のやっていることを顧みれば分かるのでは?」
ファルゲンのやっていることはただ一つ。―――魔族の奴隷を売買すること。
その事実から導き出される答えは………
「お前………まさか………」
何かを察したファルゲンに向かって、ウラルーギはニッコリ微笑む。
「まずはファルゲン様の身柄を手土産として魔族領に行きましょうか」
「お、お前………」
「魔族側と交渉をして、信頼を得るのは難しかったですよ? ―――ですがね、最近帝国の騎士団関係者がやりたい放題してくれたせいで、また信頼が揺らいでるんですよ」
「まさか、魔族と商売するつもりか………!?」
「正解っ! ―――だから、信頼を取り戻すために、奴隷商の筆頭ともいえる貴方様の身柄を魔族に差し出します」
「ばっ、、バカな………! お前、本当に帝国民か………!?」
「まぁ、感覚的には、帝国民である前に商売人であるつもりですね」
そこでハグラに『そろそろ良いか?』と言われたため、ウラルーギは立ち上がって、ファルゲンを連れていくよう指示を出す。
「なぜ! なぜそこまでしてお前は………金を稼ぎたいのだ………!!」
そんな言葉が連れていかれるファルゲンから出てくる。
「………」
しかし、先ほどのテンションから打って変わって、ウラルーギは何も答えない。
そうして、ウラルーギは連れていかれるファルゲンを見送ると、窓から外を眺めた。
「そりゃ、『人の役に立ちたい』と一心不乱な親友を支える為………ですかね」
暗い、暗い外をウラルーギは見つめる。
「………おや」
そんな彼の視界に、真ん丸な月が映る。
「………ま、魔族が悪い人ばかりでないことも知りましたし、それも決め手ですかね」
こんな月の夜だった。
傷だらけの少年の言葉を聞き………寄り添った魔族を見たのは。
「………元気ですかね。―――またどこかで会えるといいのですが」
閲覧いただきありがとうございます。
散々魔族を奴隷にしてきたファルゲンの末路は…
想像したくないですね。




