face up to そして少女は歩き出す。
カナンの村が『白馬』に襲撃されて三日目。
「………」
「………」
無惨に壊されたイルの家———その付近に立つ墓標の前で、ヴェールはアベリアスと共に亡き母へ祈りを捧げる。
やがて、少女はゆっくりと目を開けると、その深い隈が刻まれた瞳で眼前の墓標を眺める。
「………アベリアスさん」
「なんだ」
「ヨミヤはまだ………目を覚ましませんか………?」
「あぁ………勇者の話では、異様な暴走状態だったらしいじゃないか。―――目を覚まさないのも仕方ないだろう」
「そう………ですよね」
アベリアスも同じく眼前の墓標を見つめている。
「………お前と共にバーラド城に来たあのチンピラは、今朝方意識を取り戻したようだぞ」
「………よかった」
力なく微笑むヴェール。
アベリアスはそんな少女を横目で伺いながら、チンピラ———モーカンについてヴェールへ伝える。
「だが、イルさんの死を伝えたところ、酷く錯乱してな。―――今は一人にしている。墓の場所は伝えてあるから、心の整理がつけば………勝手に此処に来るだろうさ」
「モーカンさん………」
モーカンの様子は、それほどイルを慕っていた証左なのだろう。―――ほんの少しの嬉しさと、大きなやるせなさが胸の中に去来し、少女は静かに男の名を呟いた。
「………それで、これからどうする気だ?」
「………」
恩人の一人娘に、今後を訪ねるアベリアス。
ヴェールはその言葉に———返答できず、静かに自分の影の差す地面へ視線を落とす。
「………………」
そんな少女へ視線を向けて―――アベリアスは大きく息を吐いた。
「………行くところがないなら、王都へ来い。―――私が面倒を見てやる」
「………」
ぶっきら棒なアベリアスへ、視線を下げていたヴェールはゆっくりと顔を上げる。
「ヴァルさん………お前の父にはとても世話になった。―――その人の娘となれば、私としても、引き取るのはやぶさかではない」
「アベリアスさん………」
ヴェールへ差し伸べられた手。
少女は、その手を見つめ———その手を握り返すことはせず、まっすぐアベリアスへ視線を向けた。
「アベリアスさん………一つ、お願いがあります」
※ ※ ※
「戻ったぞ」
半壊した家の扉を潜り、ネヴィルスは疲れたように声を上げる。
「あ、お帰りーネヴィルス」
そんな彼女を出迎えるのは、血色の悪く———それでいて能天気なアスタロトと、そんな彼とテーブルを挟んで向かい合うヒカリとアサヒだ。
「この近辺に潜んでいる『白馬』の残党はもういないだろう。―――アスタロト、そっちはどうだった?」
「うん、ワルタナスと一緒にかなり遠くまで偵察に言ったけど、それらしい集団は見なかったかな」
『ワルタナス』とは、アスタロトの相棒であるドラゴンのことだ。―――初めてヒカリを襲撃した際に去り際に乗っていた竜のことである。
そんなドラゴンと共に、アスタロトは『白馬』の残党が居るかどうかを探っていたのだ。
「やっぱり、ネヴィルスがあの日、『白馬』の残党をほとんどやっつけてくれたおかげだね」
「そのせいで、私は大事な場面に駆けつけられなかったらしいがな」
「えっと………結果俺も千間も死んでなかったから、気にしないでください」
イルが亡くなったあの日———ネヴィルスは村を襲っていた『白馬』の奴隷狩りを掃討していた。
結果、証人として二人を捕縛することに成功したのだ。
「さっきあのエルフを遠くに見かけた。―――じきに戻って来るだろう」
ちなみに、ハーディも『白馬』の奴隷狩りが付近に居ないか調査を手伝ってくれていた。
「さて、村人の埋葬も落ち着いたし———明日の朝にでも報告しに出発する?」
「だな。―――ことの顛末を魔王様に報告せねばな」
「………行くんですか?」
そんな二人の言葉に反応するのはヒカリだ。
「あぁ………これでも一応軍の幹部でな。暇ではないんだよ」
「俺もヒカリと遊んでたいけど………王様、サボると遊んでくれなくなるからなぁ………」
アスタロトの言う『遊び』がどうゆうものであるか………簡単にその言葉の真意がわかってしまうヒカリは苦笑いを浮かべる。
「勇者と治療師、お前達のこともしっかり報告しておくぞ。―――『魔族を助けてくれた』人間としてな」
愉快そうに微笑むネヴィルス。
ヒカリとアサヒは、そんな彼女の言葉に驚く。
「えっと………勇者と協力したって言ったら魔王の怒りに触れないんですか?」
正直、現代日本で育った二人には、『魔王』という単語だけでゲームや漫画に出てくる極悪非道で恐怖の象徴のような怪物を想像してしまう。
だが、ネヴィルスはそんな二人の言葉を笑い飛ばす。
「安心しろ。我らが王は、懐の深い方で———魔族のことを一番に考えてくださるお方だ。戦争中の相手とは言え、魔族のことを思って考えてくれる人間が居るとしれば、大層喜んでくださる」
「そう………なんですね………」
人物像が想像よりも温和な魔王の話に、二人は顔を見合わせる。
「そうか………『魔王』って、『魔族の王様』ってだけで………創作に出てくる『悪い奴らの王様』とは意味が違うんだな」
ヒカリの言葉に、アサヒも『ウンウン』と頷く。
「『魔族』って、『悪い奴ら』じゃなくて、ただの種族の違いだからね………現実で言うなら、日本人とアメリカ人の違いって感じね」
そんな二人の会話に首を捻るネヴィルスとアスタロト。
「ところで、今後、お前達はどうするんだ?」
首を捻りつつも、ネヴィルスは勇者達の今後について尋ねる。
それに答えるのはヒカリだ。
「それなら、俺達も同じタイミングで出発しようと思います。―――魔族領で魔族と一緒に居ないのに居続けるとトラブルになりそうですし」
「そうか。―――なら、捕縛した『白馬』の構成員、一人は帝国領に連れて行くといい。もう一人は参考人として魔族領で預かるがな」
「はい………それで構いません」
魔族領に連れていかれた構成員の未来は想像に難くないが———ヒカリはその未来に目を瞑り、ネヴィルスの提案を飲み込む。
「ヒカリ」
そんな少年は、アスタロトは改まって声をかけた。
「今回は事情があって共闘したけど………次、戦場であったら全力で殺しにいくから」
「………」
少しだけ魔族と和解出来た気がした。
ネヴィルスは、魔族を助けたヒカリとアサヒのことを高く評価してくれている。
魔王にも人間の評価が上がるような報告をしてくれるという。
――――――だが、今は戦争中だ。
どんなに個人の感情が良いものでも、ヒカリ達の立ち位置が帝国の中でよいものであろうとも———そんなことは関係ないのだ。
戦場であれば、否応なしに殺し合うしかない。
でなければ、自分の命が危機に晒される。―――もっと言えば、『勇者』にふさわしいだけの『力』を備えるヒカリが死ねば………仲間や、共に戦う騎士達に危険が及ぶ。
「………あぁ」
ヒカリは重くなる心臓を自覚しながら、深く頷いた。
閲覧いただきありがとうございます。
アスタロトの相棒の竜ですが、とても強いです。けれどもその巨体故、味方が居る状態では戦闘に参加しにくいらしいですよ。