『炎』は憎悪 抱擁
「答えてみろ………お前の意思はどうなんだ千間ヨミヤッ!!」
ヴェールは確かに耳にする。
いつか『メフェリト』で顔を合わせた少年が、漆黒の獣に対し、その名を叫ぶ瞬間を。
———やっぱり………ヨミヤ………っ!!
嫌な予感が的中した少女は、目の前でヨミヤが少年を殺そうとするのを目にして———
「ヨミヤッ!!」
気が付けば、声を張り上げていた。
『………!!』
獣が———ヨミヤがヴェールの声に反応したのかどうかはわからない。けれども、獣はその瞳を確かに乱入してきた少女へ向ける。
「ダメだよヨミヤ………その人は………その人は関係ないんだよ………?」
『ゥゥゥ………』
「ヨミヤ………本当の敵は、『エクセル』っていう………あの怖い人だけでしょ………?」
一歩、また一歩、ゆっくりとヴェールはヨミヤへ近づく。
そんなヨミヤの後方に、エクセルの遺体を見たヴェールは、眉をしかめて目を伏せる。―――だが、すぐに顔を上げると、まっすぐヨミヤへ視線を向ける。
「………そっか、もう………全部終わらせてくれたんだね」
まるで、自分の不甲斐なさを嘆くように、全てを恩人になすりつけてしまった己を恥じるように。
少女はその柳眉を下げる。
「ごめんね………いつもいつも辛いことばっかりヨミヤに押し付けて………弱くてごめんね………」
雫を頬から流す少女は、そのみっともない顔で———それでも全ての傷を修復してしまう、傷だらけの獣と顔を合わせる。
「でも、もう………終わったんだよ? 一緒に………帰ろ?」
『ゥゥ………!!』
近づく少女を拒絶するように———怯えるように、獣は後ずさる。
それでも、少女は少しずつ———少しずつヨミヤへ歩を進める。
『ゥゥ………ッ』
まるで光に焼かれる魔物のように、次第に獣は頭を抱えてフラフラと後方へ逃げる。
「………」
それでも、少女は真っすぐ進む。―――その光景に、苦しむ獣はやがて追い詰められたように後ずさるのをやめて、
『ウゥ………アアアアアアアアァァァァァァァァァッ!!』
異形の象徴である右腕を振り下ろした。
「っ………」
そうして、暴力が少女をあっけなく圧壊させてしまう。
―――その直前。
「―――お前………本当に後悔するぞ………」
その腕をヒカリが受け止め———ヴェールを守った。
「―――君は俺が守る。………そのままアイツに呼びかけてやってくれ」
「………ありがとう………ございます」
ヴェールはヒカリへお礼を言うと、一気に駆け出す。
「大丈夫………!! 大丈夫だから………!」
『アアアァァァッ!!」
獣は、一層抵抗を強くするが、その悉くをヒカリに阻止され———
「―――ッ!!」
ついに、ヴェールが獣へ抱き着く。
『———!?』
獣の瞳が、確かに見開く。―——その様子は明らかに驚愕していた。
「もう………もう………戦わなくても………いいから………っ!!」
『ァ………ァ………』
「帰ろう………帰ろうよ………お願い………一緒に………っ!!」
『ァァァァァァァァァァ………!!」
ヴェールの声に、獣は———ヨミヤは剣を取り落とす。
左手で頭を抱え、抱き着くヴェールごと、激しくフラつく。
「ヨミヤっ!!」
そして―――
「ぁぁッ!!」
ヨミヤは左腕で自身を覆っていた黒い外皮を砕いた。
「ヨミヤっ!?」
「千間………!」
その瞬間、少年はそのまま地面に倒れ———意識を失ってしまった。
「ヨミヤ………!?」
先刻まで獣となって暴れていたため、心配が募るヴェールは少年の胸に耳を当てて、ホッと安堵する。
「………」
と、同時に少女の胸に、母を亡くした喪失感が再来する。
「………っ」
せっかく助けることが出来たヨミヤの上で泣くのが嫌で、必死に涙を飲み込もうとする。
だが、そんなちっぽけな意地など、巨大すぎる胸の穴からあふれる感情の前では無いに等しいものだった。
会えない、言葉を交わせない、その温もりと———二度と触れ合うことはない。
そんな当たり前の事実が、小さな女の子へ降りかかり———その心を潰そうとする。
「うぅ………ぁぁ………っ!!」
少女は、そんな現実に踏みつぶされるように、少年の胸の中で大粒の涙を流した。
※ ※ ※
「………」
泣きじゃくる少女。
『あの少女の母は助かったのか』———そんなの、彼女の今の様子を見れば、嫌でも察することが出来る。
母を亡くし―――故郷も壊されてしまった少女を前にして、静かに目を伏せる。
———俺達がしっかりしてれば………!
己の不手際のせいで大勢の命を亡くしてしまったことを悔いるヒカリ。
大粒の涙を流す少女が、嫌にでも自分の無能を突き付けてくるようで、ヒカリは拳を握る。
が、その拳から力を抜くと、少女に背を向ける。
———動け………! 今『悲しい』のは俺じゃない………! 生き残ったあの子の為にも………!
うまく動かない身体を必死に動かし、その足を必死にアサヒの居る所へ向ける。
「………ヒカリ?」
そんなとき、アベリアス達と共にアサヒが目の前に現れる。
「ヒカリ………!?」
アサヒは、ヒカリの状態を認識することができたのか、彼に駆け寄り肩を支える。
「アンタ………このケガは………っ!?」
「俺のことは………いい。―――向こうに千間と………ヴェールちゃんが居る………見てやってくれ………」
「『見てくれ』って………アンタだってかなり———」
その瞬間、ヒカリはアサヒの肩を掴み、彼女と真正面から向き合う。
「頼む」
「アンタ………」
できるだけアサヒとの接触を避けてきたヒカリは、今度ばかりはそんなことを気にもせずに少女へ頼み込む。
「………この勇者は私が治療をしよう。―――魔力も厳しいとは思うが………頼む」
ヒカリの肩を支えに入ったアベリアスは、回復魔法に長けたアサヒへヴェール達の治療を依頼する。
「………わかった」
二人へそんな頼み事をされると、アサヒも折れてヴェールの元へ向かう。
「………いいのか? いまなら………憎き『勇者』を………殺せるぞ………?」
「今は………お前の首なぞ、いらん。―――これ以上死人はご免だ」
アベリアスはヒカリをゆっくりと地面へ下す。
「―――アスタロト、いいな?」
「俺はどっちでもいいよ。―――というか、ヒカリとまた戦えるから賛成かな」
アスタロトへ確認を取ると、想像通りの返答がある。
そうして、アベリアスはヒカリへ魔法をかける。
「………もっと残忍だと思ってたよ」
「………私だって感情がある。―――気分が乗らない時だってある」
魔法により、徐々に火傷は収まり、傷も癒えていく。
「―――私も、勇者は他の人間共と一緒で、魔族を見下す下種だと思ってたよ」
「下種………ねぇ………」
自嘲的な笑みを浮かべるヒカリは、痛みが治まるのを感じながら口を開く。
「まぁ………魔族をバカにする気はない。―――かかってくるから戦って、守りたいから戦っているだけさ」
「なんか雰囲気変わったねヒカリ?」
顎に手を当てて首を傾げるアスタロト。
「まぁ、色々あったんだよ………」
そんなアスタロトからヒカリは目を逸らした。
事件記録。
一五二名の村人が住んでいたカナンの村。
エクセル・ラーク率いる奴隷商会『白馬』の襲撃により、ヴェール・ヴェルダを除く住人全員が全滅。
駆けつけた魔王軍幹部アベリアス、アスタロト、ネヴィルスらによって制圧された。
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