その『炎』の名は ハチ
帝都で起こった千間ヨミヤと剣崎ヒカリの戦い。
それは、ヒカリの乱心により復讐心を募らせたヨミヤの凶行。
愚かな勇者と奈落の復讐者の戦いは、最終的にヨミヤの巨大な火球にヒカリが飲み込まれ———紙一重で千間ヨミヤの勝利に終わった。
現在勃発している、暴走したヨミヤとヒカリの戦いは、奇しくも帝都での戦いを再現しているようだった。
違うのは、ヒカリが『深き光』に呑まれず、その力を使いこなしていることと、理性無き獣となり果てても、『領域』を使いこなすヨミヤの——————互いの能力の熟練度だろうか。
「………………………」
ヒカリは意識をオーラへ集中させる。
帝都での戦いでは、魔法威力を減衰された上で、ヒカリは死にかけた。
だから彼は知っている。―――『防御』する。そんな受け身の姿勢ではあの攻撃を凌げないと。
「っ………」
『深き光』そのものであるオーラに意識を集中すればするほど、能力自体に自分自身が押しつぶされそうになる。
だが、それでもヒカリはギリギリの所で自我を保ち———徐々にオーラを操り始める。
———オレ自身に『盾』は要らない。………ここで必要なのは『剣』。攻撃だけ
瞑目し、歯を食いしばりながら、少年は自身を包み込むオーラを次第に移動させて———その全てを持っている剣に纏わせる。
「―――負けねぇぞ千間」
その瞬間、剣に纏わりついていたオーラが次第に刃の形を取り——————ヒカリの持つ剣が紫刃となって、その刀身を大きく伸ばす。
『ォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!』
同時に、漆黒の獣———千間ヨミヤも獣の咆哮を上げる。
見上げれば、そこには曇天を焼き焦がすと見まがうほどの火球が出来上がっていた。
「………」
ヒカリは自身の中に渦巻く恐怖を———能力のせいで肥大化した負の感情を握りつぶし、眦を吊り上げて吼えた。
「うおおおおおおォォォォォォォォォォォォッ!!!」
『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
刹那―――天を焦がす炎球より、大地を焼き尽くさんとす熱線が放たれる。
ヒカリのようなちっぽけな人間など、一瞬で塵も残さず焼き尽くす絶死の攻撃。
「ォォォォォォォォォォッ!!」
だが、ヒカリはためらわず熱線に剣を振り下ろす。
―――瞬間、拮抗する両者。
———からだがッ………押され………ッ!!
だが、次第にヒカリは後方へ押し込まれる。
魔法を減衰するオーラを凝縮した『紫刃の剣』。―――仮に通常の熱線であれば、即座に打ち消せる『対魔の刃』。
しかし、現在ヒカリが相対するのは、通常のオーラでもかき消せぬ超大威力の魔法。―――今の現状をパソコンに例えるのなら、膨大な魔法を対魔の刃が処理している最中とでも言えばいいだろう。
要するに、打ち消すのに時間を必要とし、ヒカリはその間、自身が消し炭にならないように耐えなければならない。
「ッ………ぐっ………ううぅぅ………!!」
問題は魔法の威力に押されることだけではない。
近づいただけで周囲の有機物を燃やし始めるほどの『熱』がヒカリの身体を焼き続けているのだ。
———耐えろッ………耐えろ耐えろ耐えろ………!!
態勢を崩さぬように全身に力をこめ続け、焼けていく皮膚の激痛を我慢して———そのうえで、能力の制御を手放さないように意識を張り続ける。
間違いなく地獄の時間だった。
一秒が何時間にも感じられる。
滴る汗すら蒸発するせいで、時間を自覚することも出来ない。
十秒が経過したのか、三時間が経過したのか、五分が経過したのか―――すべてが脳内で散乱する頃。
「ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
ヒカリの紫刃が熱線を全て切り裂き―――魔法が魔力の光粒となって爆散する。
「―――」
瞬間、力尽きたように能力が四散したヒカリは倒れ込もうとして―――
「―――ァァッ!!」
一歩を踏み込むことで転倒を回避し、そのまま地面を砕くほどの脚力を貯め込んで———跳躍した。
同時に剣を地面に取り落とすが———知らない。
火傷により、剣を握ったままの手の形で、皮膚同士がくっつき、まともに腕は動かない。
だが、そんなことは知ったことではない。
一直線に目指すのは漆黒の獣———千間ヨミヤの元。
激痛など無視して、ヒカリは全力で拳を握り———
「いい加減、目ぇ………覚ませッッッ!!!」
『ォォッ!!!』
突き出された剣の切っ先を、首を動かすだけで回避し―――剣崎ヒカリの拳が、ヨミヤに突き刺さった。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、ヒカリくんはあまりの硬さに、ある程度の魔法なら能力との併用で無理やり弾けるので、今回みたいな剣に纏わせる方法は、相手の大技に合わせるのが基本の使い方ですね。




