その『炎』の名は ゴ
怪物は乾いていた。
復讐を終えてなお、『物足りない』と。
胸の内を焦がし続ける『炎』がジクジクと痛みを訴える。
しかし、復讐したかった者は、とっくにその生命を終えていて、『炎』ばかりが暗く、燃え続けている。
『オオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
少しでも収まらぬ『炎』を宥めようと、必死に周囲の物を壊し続ける怪物。
『———』
そんなとき、怪物は——————かつての宿敵と出会ってしまった。
剣崎ヒカリは自分を見て動きを止めた怪物を見据え、愕然としていた。
「なんだコイツは………っ!?」
大きさは二メートルを超えているだろうか。全身が黒く、そこだけ空間が切り取られているのかと錯覚する見た目だ。
肥大化した黒い右腕は、人ひとりを軽く握り潰せそうな圧力がある。
「魔獣………? いや、それにしては違和感が———」
違和感というか、どこか既視感のある怪物に対し思考していると、ヒカリの視界にとあるものが映る。
———アレは………エクセル………!?
そこには民家の壁にぐったりともたれかかり、明らかに人間の許容量を超えた出血をしているエクセルが見えた。
「コイツが………やったってのかよ………ッ!!」
背筋が泡立つ。
クズとはいえ、帝国でエイグリッヒと肩を並べた近衛騎士団長を、傷もなく殺害して見せた怪物にヒカリの緊張が一気に高まる。
———一旦逃げるか………? いや、今アベリアス達がイルとかいう人を治療してる………
逃げの選択肢を、心の中で握り潰しながら、頬を伝う汗をゆっくりと拭う。
「………やるしか………ない………!」
そうして、腰から剣を引き抜き、ヒカリは魔法を天へと打ち上げた。
『オオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』
同時に怪物も咆哮。―――まるで開戦の狼煙とばかりにその異形の右腕を地面に叩きつけて、ヒカリへ迫る。
———すげぇ迫力だが………今更、こんなので———ビビるか!!
怖気づく心に鞭を打ち、ヒカリも一歩前に出る。
———すれ違いざまに………切り刻んでやるよ………!!
そうやって前に出たヒカリは刹那―――
「なッ………!?」
真横から熱線が迫っていることに気が付く。
視界の端に光るものが見え———認識できたのは奇跡と言っていいだろう。
「ぐっ———」
攻撃を諦め、熱戦と同じ方向へ回避しつつ、全力で身を捻るヒカリ。
致命的なダメージはなんとか避けることが出来たヒカリは、皮膚を軽く焼いて行った熱線から視線を外し、受け身を取りながら怪物へ向き直る。
「クソ………今のは………魔法………?」
脳裏に既視感が訴える。
だが、少年は頭を横に振り、再び剣を構えた。
「なんなんだコイツ………」
悪態をつくヒカリに、再び迫るのは、頭上からの五連熱線。
「っ………!」
『ォォォォッ!!』
全力のステップを踏むことで直撃を避けるものの、今度は怪物がその肥大化した右腕を伸ばし、振り回してくる。
———ふざけんな………! さっきから………まるでコイツ………コイツが………
不可視の風の弾丸に足首を撃たれ———持ち前の頑丈さで無傷であるが———態勢を崩すヒカリ。
そんな勇者に、怪物は頭上から左腕に握っていた剣を振り下ろす。
「ッッッ!!?」
地面を転がることで回避した刃が、大地を放射状に砕いたのを見て、ヒカリの背中に冷たいものが伝う。
『———』
しかし、怪物は再び熱線にてヒカリへの追撃を行う。
ヒカリは、熱線を回避しつつ起き上がると、後続で放たれた熱線を切り払い、自分の身を守る。
———確証はないが………嫌でも理解できる。コイツ………
詠唱要らずでどこからでも飛んでくる熱線と風。ヒカリが切り落としてしまった左腕を補完する異形の右腕、魔法と同時に術者自身も斬り込んでくる戦闘スタイル。
その全ての事実が、勇者ヒカリの脳内に悪夢として蘇る。
おそらく、その姿を見て怪物の正体に気づくことが出来たのは———きっと剣崎ヒカリのみだっただろう。
「千間………どうしちまったんだよ………っ!!」
勇者と復讐者は、再び向き合った。
閲覧いただきありがとうございます。
きっと、うまくいかない時の感情のコントロールって、色んな人と関わっていくうちに備わっていくんだろうなぁって私は考えるのです。
なので、そもそも人との交流をしてこなかったヨミヤ君は、『怒り』という感情を抑えるのが苦手で、同時にその感情がいつまでも燻っているのだと思います。
あとがき長くてごめんね。