その『炎』の名は サン
「カッ………ァ………ッ!!」
叩きつけられた衝撃で、大地は放射状に砕け、普通の人間であるならば原型をとどめるのも困難な程の衝撃がエクセルの背中に伝わる。
どの臓器がダメージを受けたのかエクセルには分からないが、込み上げた鮮血が嫌でも男の口から吐き出される。
『………』
『漆黒の獣』は、そんな男を喜色を浮かべながら、真上へ空高く投げる。
「ァ………まず——————」
そうして、落下の速度と獣の拳が合わさり、男はさらに喀血する。
「ガ………ッ!?」
再び空中に放り出される男は、しかし、次の瞬間には上空より地面へ向かう強烈な風に打ちのめされ、大地に叩き落される。
「ゲっ………ァァ………———んだ………今のは………!?」
胃の中からあふれ出す血液をダラダラと地面に零しながら、男は先ほどの『風』に驚愕していた。
「まさか………コイツ………っ!!」
ダメージがかさむ身体で、必死に思考を回したエクセルは一つの可能性にたどり着くが………
『ォォッ!!』
「ぐッ………!!」
寝転がるエクセルに獣の蹴りが飛んできて、男は咄嗟に防御する。
―――相変わらずの膂力に何メートルも吹き飛ばされるエクセルだが、その勢いを利用して、自力で立ち上がるのも難しい自分の身体を立ち上がらせる。
「とんでもねぇ奴を目覚めさせたらしいな俺は———」
崩れそうになる態勢を、一歩踏み出すことで支える男は、血と唾液をまき散らしながら、声を上げた。
「だが俺は! あの忌々しいエイグリッヒを超えた男、エクセル・ラークだァ!! テメェのような魔獣モドキ——————ぶっ殺してやるよォッ!!」
刹那―――男は跳ぶ。
正面から『漆黒の獣』と切り結ぶ。
圧倒的膂力を培った剣の技術で捌き、暴力の象徴のような腕に捕まれれば、加えてきた雷撃をもって腕を破壊し、ダメージ覚悟で突貫してくる化け物の一撃を勘だけで回避する。
「死にやがれェェェェェェェェェェェこのケダモノがァァァァァァァァァァァ!!」
雷鳴が弾け、獣の黒き皮膚が剥がれ、どちらのものともわからなぬ鮮血が飛び散る。
『………………』
その戦いはまるで御伽噺の、英雄と怪物の一騎打ち。
『魔族狩り』をしていた男と、その被害者の少年という立場を除けば———の話であるが。
それほど、鎬を削る戦い。
―――だからこそ、エクセルは失念していた。
『………』
獣が、激しい斬り合いの中で、一度も『風』を使っていないことを。
獣が、冷徹に、虎視眈々と、その機会を伺っていたことを。
そして、エクセルはもう少し思考するべきだった。
獣が『風』を使えた訳を。
その事実をもう少し警戒するべきだったのだ。
「あ………?」
次の瞬間―――
顕現した熱線によって、エクセルの右足が吹き飛んだ。
「ぐァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!?」
悲鳴を上げながら、男はぬかるんだ地面に落下。
真っ白な鎧を血と泥で汚しながら、みっともなく地面へ転がる。
「あ、足………足がぁぁぁぁぁ………!!」
もはや自分で立ち上がることも出来なくなったエクセルを、獣は嘲笑の瞳で覗き込む。
「てめェェェ………この化け物が………殺してやる………殺してやる………ッ!!」
『………』
今まで他人を蔑ろにしてきた男の哀れな言葉に、獣は一切耳を貸さず、肥大化した右腕でエクセルの左腕を無造作につかむ。
「なっ、何を——————ギッ………ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!?」
そして、その腕に力を込めて―――男の左腕を握りつぶした。
痛みの絶叫と共に、男の左腕は二の腕から圧力でグチャグチャになり、所々、中から何かが飛び出しているのが散見された。
「う、腕………腕がっ………あ、ああぁ………っ!!?」
『………………』
そんなエクセルの左腕を、再び握り、『漆黒の獣』は力の限り振り回す。
「やめっ………やめ———」
瞬間、ブチッ………という音と共に、エクセルが獣の右腕に、自身の左腕を遺し―――吹き飛ぶ。
『………』
獣は、自身の腕の中に残った『残骸』を見つめると、ソレを興味もなさそうに後方に投げ捨て———民家の壁に背を預けてぐったりしているエクセルへ歩み寄る。
「殺してやる………殺してやるぞバケモノ………絶対に殺してやる………!!」
圧倒的不利。―――もはや『敗北』とも『死』とも同義と呼べる現状で、なお、エクセルの目は負の感情を燃やしていた。
「殺して………殺して殺して殺して………俺が………俺がつえーって証明………すんだ………!!」
きっと、男の視界はすでに機能しなくなっていた。―――『漆黒の獣』とは全く別の場所に視線が飛んでいる。
「よえー奴は………つえ―奴の好きにされる………だから………だから………殺して………勝って………奪ってやる………」
既に瞳は閉じられていた。
「強かった奴らを………おとしめて………俺は………俺を………」
『………』
獣は、そんな男の心臓に爪を突き刺す。
「………」
それだけで、最後まで自分勝手に生きた男の生涯は幕を下ろした。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、エクセルはエイグリッヒのことを大変疎ましく思っていたそうです。




