降り止む雨と大樹の衰亡 ジュウ/イチ
———イルさん………ッ!
雨は降り止んでいた。
———イルさん………イルさん………!!
変わらずの曇天が何となく嫌な感じがした。
ぬかるむ足元が不快だった。
「イルさん………ッ!」
静かすぎる村に不吉な予感がよぎった。
それでも、腹の奥底から心臓を焼いてくる焦燥感に足を動かされて、足元も覚束ないままヨミヤは走り続けた。
———頼む………頼む頼む頼む………ッ!!
そして―――
「よォ、遅かったな」
エクセルの足元で血だまりを作るイルを発見した。
「ぁ………」
民家の壁に力なくもたれかかる彼女の右腕は断たれていた。
腹部には真っ赤に穿たれた傷があり、そこから生き物として流れてはいけない量の出血が確認できる。
「イル………さん………?」
大地に広がる血は、雨水に滲んでいた。
「ぁ………ぁ………」
ピシリと、亀裂の入る音がした。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
エクセルの脇を通り抜け、悲鳴を上げながら少年はイルの隣にしゃがみ込む。
「イルさんッ!! しっかりしてくださいイルさん!!」
頬から流れる物など一切気にも留めず、イルの身体を支えて必死に叫ぶ。
「―――………ぅ」
その甲斐あってか、イルにほんの少しだけ反応があった。
「イルさん………!」
「ヨ………ミ………ヤ………?」
「そうです………! オレです………ヨミヤです………!」
虚ろな目で少年を見上げる瞳には、以前のような凛々しさはない。
「待ってください………今、回復を………!」
誰が見ても理解できるようなそんな事実が嫌で、少年は自身の魔力も省みず魔法を行使する。
「ふ………モーカンめ………二人を連れて………逃げろと………言ったのに………」
「モーカンさんは悪くないんです………! オレが、勝手に囮になっただけなんです………!」
全力で魔法に魔力を込めながら、叫ぶようにイルに訴える少年。
そんな少年を『仕方がない』と呆れた母のようにイルは見つめた。
「そう………か………そうだな………お前は………そんな………奴だ………」
「もういいいですから………傷口が開きます………もう………喋らないで………!」
「………ふっ………あぁ………」
なぜかイルは愛おしそうにヨミヤの頬に少しだけ触れる。―――そして、その手をゆっくりと魔法をかけている少年の手に重ねると、
「なっ………!?」
少年の手を無理やり握らせて———魔法を中断させてしまう。
「イルさん………! 何をしてるんですか………ッ!?」
「私は………血を………流しすぎた………どのみち………死ぬ………」
「っ………!! そんなこと………そんなことない!! 回復したら………きっと———ッ!!」
駄々をこねる子どものようにブンブンと頭を振り、イルの言葉を否定する少年。―――そんな彼にイルは表情を緩めて言葉を紡ぐ。
「ヨミヤ………『顔をあげろ』………」
「っ!?」
今まさに、文字通り命を削りながら、イルは必死に言葉を届ける。
「どんな選択をしようと………私は、お前を責めない………だから………『顔をあげろ』………現状を………見ろ………正しく『今』と………向き合え………」
「っ………!!」
「大丈夫………お前は………立派な『戦士』だ………どんな、困難な道も………きっと、乗り越え………られる」
「イルさん………っ!!」
「私は………知ってるよ………お前の………今までの………頑張りを………」
「嫌だ………イルさん………………ダメだ………ッ!!」
「これからも………お前のこと………見て―――」
やがて、少年に重ねられていた手は———虚しく冷たい地面へ落ちる。
「イル………さん………?」
いくら少年が呼びかけようが、もはや亡骸は何の返答もしない。
「あ………あ………あぁ———」
冷たい現実は、無情に少年の心を穿ち———砕いた。
「うわアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!!」
冷雨は止み、傍らには衰亡した大樹が佇んでいた。
閲覧いただきありがとうございます。
「イル」も「シュケリ」も最初は構想してすらいないキャラ達でした。ですが、動かしていくうちに、いつの間にか好きになっていて、物語も、想定していたよりもずっとずっと明るいものにしてくれました。
呼んでくれている方々の中にも、二人のことが好きな人が居てくれたらなぁと思いつつ、いつもより丁寧なあとがきを閉めます。
今回もありがとうございました。次回以降のヨミヤ君の動向にもご注目頂けたら幸いです。