降り止む雨と大樹の衰亡 キュウ
「ㇵァッ………ㇵァッ………ㇵァッ………ㇵァッ………」
少女は走る。
広すぎる廃墟を、広すぎる廃城までの上り坂を。
その幼く、小さい脚を、懸命に動かして一歩一歩確実に。
疲労は、知らない。息を求める肺も、知らない。滴る滝のような汗も、知らない。
視界が狭窄するが、どうでもいい。―――時を惜しむように自身のあらゆるものを無視して少女は走る。
「ぁう………ッ!!」
転げた。
手のひらと額の皮が剥けて血が流れる。―――膝に至っては泥と大量の血でグチャグチャだが、それどころではない。
白い肌に血が垂れるが、再び少女は走る。
―――お母さん、ヨミヤ、モーカンさん………!!
流れる涙は風に撫でられて落ちていく。
「ㇵァッ………ㇵァッ………」
そして―――
「あ………そこ………」
地面を揺らすほどの轟音に誘われ、城の裏手に回った少女・ヴェールは、そこで人と魔族が戦いを繰り広げているのを目撃した。
「………ッ」
『メフェリト』で出会った少年ヒカリが、痩身の魔族と剣を交え―――横から割って入る拳の魔族にも冷静に対応している。
時折アサヒが回復魔法を掛けながら、ヒカリは一人で魔族二人を相手取る。
誰かが一歩踏みしめれば地面は砕かれ、剣を打ちあえば衝撃で周囲の植物は吹き飛ぶ。―――ヴェールには到底理解できない領域の『殺し合い』が眼前で繰り広げられていた。
「噛み砕く暗塊の蛇ッ!!」
次の瞬間、地面に空いた巨大な穴より、漆黒の巨大な蛇が多数出現。
曇天へ向かい、一直線にうちあがる。
「………ハーディ?」
しかし、ヴェールは確かに目撃した。
闇雲に打ちあがったと思われた魔法に、追いかけられるエルフを。
「ハーディが………なんで………」
漆黒の蛇に追いかけられるエルフ・ハーディは、上空で直角に曲がる。
蛇たちは、それでも追いすがる。ハーディは、まるで蛇を翻弄するように高速で何度も空中を曲がり、蛇に捕まるのを回避し続ける。
「炸裂する光爪」
ハーディはその空中制御能力を駆使すると、暗黒のような蛇が一か所にまとまりながら上空へ向かう。
彼女はそのまとまった蛇へ輝く三本の爪で向かい打つ。
すると、どうだろうか。ハーディの放つ輝爪は蛇の顔面から真っ二つにその身体を裂き―――その途中で破裂して、蛇を木っ端みじんにしてしまう。
「闇魔法一辺倒じゃ、いつまでたってもアタシは倒せないわよー」
「ほざけ………ッ!!」
ハーディの言葉に、いつのまにか地上に現れたもう一人の魔族が怒りを見せる。
そうして再び起こる魔法の打ち合い。
―――こんなの………私なんかじゃ………入れない………!!
ヴェールと勇者達との距離はおよそ三百メートル。
しかし、それだけ離れていても、衝撃波で今にもヴェールは吹き飛ばされそうになる。―――およそ少女に割って入れる状況ではない。
「たすけて………ください………!!」
斬られそうなほど吹き荒れる衝撃に顔を庇いながら、必死に叫ぶ。
「ォォォォォォォォォォォォォ!!!」
「ハハハハハハハハッハハハハハッ!!」
しかし、小さき者の声は誰にも気づかれはしない。
「―――たすけてくださいッ!!!」
それでもヴェールは喉が張り裂けそうなくらい叫ぶ。
「お願いです!! 助けてください!!」
何度も、
「お願いしますッ!! お母さんが!! ―――みんなが危ないんです!!」
何度も何度も。
「助けて!!!!」
誰も、
「助けて………助けてよ………」
誰も、その声に気が付くことはない。
しゃがれた声は、殺し合いの叫喚にかき消され―――少女は地面にへたれこむ。
「うっ………うっ………助けて………」
皮の向けた手のひらで涙を拭い―――その白磁の肌を泥と血で汚す。
「お願いします………このままじゃお母さんもヨミヤもモーカンさんも………みんな………死んじゃう………」
少女は、ただ幼い女の子に過ぎなかった。
その刹那―――
『『無力』に甘んじない。目に映るもの全てを学び、己の全てを鍛える』
その時、母の声が脳裏によぎる。
「………目に映るもの全てを学ぶ」
諭し、導く声が―――徐々に少女の霧がかかった想いを晴らす。
「………」
自分が今まで見てきたもの。
それを想起し―――
「………ヨミヤ」
彼女は思い出した。
己の全てを掛けて戦う少年を。
どんな敵にも諦めず立ち向かい、知恵を振り絞り、戦い続けた少年を。
自分の能力を奪われてなお、創意工夫をやめず自分を守り続けてくれた少年を。
―――………あの人は、決して負けなかった。
ズキズキと痛みを訴える膝を、手のひらを、額を無視して立ち上がる少女。
その時、脳裏に笑みを浮かべるモーカンが浮かんだ。
『一緒に『足掻こう』』
「………そうだよね。足掻くって、約束した」
そうして、少女は一歩を踏み出す。
「………ッ」
腹の底を揺らす轟音は少女の全身を揺らし、振動を伝える大地は少女の足元を崩そうとする。
相も変わらず巻き起こる衝撃波は、軽い少女など簡単に吹き飛ばそうとする。
「ぅ………!!」
少女は何度も吹き飛ばされて―――そのたび立ち上がる。
―――お母さん………! 待ってて………!!
幾たびの転倒を経て―――立ち上がった少女は力強く一歩を踏みしめて、
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
走り出す。
「はははははははははッ!! 楽しいねぇ勇者ァ!!」
「一つも楽しくねぇっての………!!」
「こっちも忘れるなッ!!」
迫る剣戟を全て受け流し、真横から迫る回避し、アスタロトとネヴィルスへ一閃を放つヒカリ。
しかし第一階級の魔族はその攻撃を易々と回避。―――再び猛攻が始まる。
―――いくらアサヒが回復してくれるからって………キリがねぇッ!!
ニ対一。―――必然的にヒカリの攻撃回数は限られる。だが、下手な攻撃は回避ないし受け流される。ひどい場合はカウンターすら飛んでくる。
―――どうする………ッ!?
焦り募るヒカリ。―――そして、その心境は、この戦闘下において致命的だった。
「隙あり勇者!!」
「ッ———!!」
ほんの少しの逡巡を見破り、アスタロトはヒカリに追撃を咥えようとする。
その光景に、喉が干上がり、全身が発汗する。―――脳裏が懸命に警鐘を鳴らしている。
―――防御が………間に合わない!!
その瞬間。
「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
一人の魔族の少女がヒカリとアスタロトの前に割って入った。
「なッ———!?」
その光景に目を見開くのはアスタロトだ。
同僚と同じ特徴を持つ―――彼から見れば明らかに魔族の少女が、立ち塞がったのだ。
もちろん、振り下ろした刃が止まらない。
「やば―――ッ!!?」
アスタロトの顔から血の気が引いていく。そして、
「ぐァッ!!!!」
ヒカリが少女を庇った。
「「「!!??」」」
アスタロトの剣閃を背中からまともに喰らい―――勇者は大量の鮮血と共に、少女を抱えたまま大地にひれ伏した。
「………」
「勇者………お前………」
その光景に、アスタロトは驚愕の表情で固まり、ネヴィルスは信じられない物を見た様な反応を見せていた。
「ヒカリッ!!!」
そんな魔族を押しのけて、アサヒはヒカリに駆け寄り―――すぐに回復魔法を行使し始める。
「勇者………どうゆうつもりだ? 魔族を庇うなど………」
この騒ぎを聞きつけたのだろう。アベリアスとハーディも戦闘を一時中断して様子を見に来る。
「魔族………ねぇ………俺ぁ、知ってる子を庇っただけだっつーの………」
アベリアスの言葉に、回復魔法を掛けられているヒカリはゴロンと少女を解放しながらアベリアスへ顔を向けた。
「嘘………ヴェールちゃん!?」
ヒカリの作った血だまりの中で、ぐったりと気を失っているのは、ハーディにもなじみ深い少女・ヴェールだった。
「この子って………」
「あぁ………千間と一緒にいた………女の子だよ………」
アサヒは、ヨミヤと旅立つ前に言葉を交わした。―――その場にこの少女も居たのをよく覚えている。
「ヴェール………まさか、イルさんの………」
少女の名前に反応を見せるのはアベリアスだ。
「アベリアス………じゃあ、あの子は………」
「………あぁ、何か嫌な予感がする」
今更、自分たちが重大なミスを犯したことを悟り始めるアベリアス。
「ぅ………」
そのとき、ハーディの腕の中でヴェールが小さく反応を見せた。
「ヴェールちゃん! 大丈夫ヴェールちゃん!?」
「ぁ………ハー………ディ………?」
「そうよ。大丈夫? 痛い所は!?」
「………ぁ」
覚醒したてで思考が回っていなかったヴェールは、次第に状況を正しく把握し始める。
「ハーディ………! ハーディ!!」
そして、ヴェールはハーディの胸にしがみついた。
「お母さんを………ヨミヤを………みんなを………助けてッ!!!!!」
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、勇者メンバーは『メフェリト』で全員イルとヴェールにあっています。
しょうがないね。同級生に会いに行ったら彼女達が居るんだもん。
 




