一周年記念小話:Return to turning point
これは『もしも』の話。
少年少女たちが『あの時の分岐点』で、違う選択肢を選んでいた場合の話。
復讐に駆られる夜の少年と、罪に押しつぶされる光の少年が生まれることのない世界。
※ ※ ※
「オレ達も行きます」
ヒカリとタイガが戦場へ向かう準備を終えた時、ヨミヤは他の三人と共にエイグリッヒに同行を願い出た。
エイグリッヒはそれぞれの目を見て―――やがて瞑目し、
「俺は反対だぞ筆頭」
そこで、ザバルがヨミヤとエイグリッヒの間に割って入る。
「ザバル………帝宮の図書室で調べものを頼んだはずだが………」
「見つかる訳ねぇーだろ! 筆頭すら聞いたことのない『領域』なんて能力のことなんざ!!」
今は戦争状態。―――調べものに裂く時間がもどかしくてザバルは帰ってきたそうだ。
「おい筆頭。―――そいつらは他の帝宮魔術師が何人も犠牲になって召喚した奴らだ。………伸びしろがあるのは分かるが………今、発展途上のそいつらを戦場に行かせるのは反対だ」
「ふむ………」
ザバルの言葉を受け、エイグリッヒは再びヨミヤ達を見渡して―――
「………そうだな。―――今は焦るときではない」
エイグリッヒはヨミヤ達を『連れて行かない』決断を下す。
「そんな………」
「エイグリッヒさん! 俺達………戦えます!!」
「そうです! ―――もう、二人にだけ重荷を背負わせたくない!!」
みんな、短期間で常人とは比べるまでもない『力』を手に入れた。
だからこそ、みんなを庇い、アスタロト戦って見せたヒカリの足手まといにはならないと息を捲く。
「みんな」
そんなヨミヤ達に、ヒカリは言葉を掛ける。
「俺は、重荷なんて………思ってない。―――俺の意志でみんなを守りたいだけなんだよ」
ヨミヤ、加藤、茶羽を順番に見やり―――ヒカリは最後にアサヒへ目を向ける。
「剣崎君………」
一見すれば、御伽噺に出てくる『勇者』のセリフ。―――誰も、その奥に秘めている想いに気づく者は居ない。
「………」
そんな親友の言葉に、一人、タイガは静かに息をつく。
「誰も、君たちを重荷だなんて思ってはいないさ」
そんなヒカリの背後から、エイグリッヒが彼の肩に手を置き―――前へ出る。
「君たちの『友の重荷』になりたくないという気持ちは分かる。―――私もかつては大切な師匠の………友人の重荷になっていた時があるからな」
『だからこそ』とエイグリッヒは言葉を重ねた。
「『重荷になりたくない』という想いがあるなら………今は辛酸を舐めても、力を蓄える時期だ」
「………」
帝国に所属する強者・エイグリッヒの言葉に、少年たちは何も言えない。
「確かに君たちは強くなったが………まだ伸びる。そんな君たちに万が一があってはならないんだよ。―――分かるね?」
まるで、孫にでも言い聞かせるように、優しくエイグリッヒはヨミヤ達に言い聞かせる。
「………」
そんな老人に、その場の誰も反論などできる筈がなかった。
※ ※ ※
大勝利だった。
戦場に転移した勇者と筆頭魔術師エイグリッヒ達が、転移干渉を受けるトラブルがあったものの、第一階級アベリアスの元へ飛ばされた勇者は―――
見事、アベリアスを打ち取ったのだ。
しかし、代償もあった。
アベリアスを打ち取った勇者・ヒカリが行方不明になったのだ。
魔王軍の残党は、エイグリッヒによる大規模魔法によって大多数が殲滅され、戦争に勝利した帝国は、勇者を捜索しつつ、緩やかに平和を取り戻しつつあった。
「やったねヨミ!!」
帝宮の訓練場。
茶羽とアサヒと共に訓練を行っていたヨミヤは、自身の能力・『領域』を完璧に把握していた。
「やっぱり、図書室で暴発した魔法がヒントだったね千間君」
「だね。―――魔力の消費も抑えてくれるし、範囲内なら、どこからでも魔法を撃てるから………かなり戦略の幅が広がる気がする」
確かな成長の手ごたえに、ヨミヤは自身の手を見つめ―――強く握る。
その時だった―――
「大変です勇者様!!」
一人の騎士がヨミヤ達の元へ駈け込んで来た。
「行方不明だったヒカリ様が………帝都で暴れています!!」
「………どうゆうことですか?」
「ヒカリが………帰ってきたんですか?」
息を切らす騎士に、ヨミヤとアサヒが対応する。
「それが………帝都の北門にボロボロな姿で現れたヒカリ様が………『センマを出せ』と暴れ始め………騎士団総出で止めに入ってますが………どうにも止められず………!」
「オレを………探している………?」
ただ事じゃない事態にヨミヤは冷や汗を垂らす。
「タイガとエイグリッヒさんは?」
一方で、アサヒは眉をしかめて騎士に尋ねる。
「タイガ様は現在、ヒカリ様を捜索するため遠方にいらっしゃいます。―――エイグリッヒ様は魔族の行方を追うために近隣に居ます。現在は別の騎士が状況を報告しに行っているかと」
「千間くん、真道さん、とにかく………行こう。―――何はどうあれ、剣崎くんを止めないと」
「………だね。行こうか」
「わかった」
「私はフミヤくんを呼んでくる!」
嫌な予感に背中をくすぐられながら、ヨミヤは現場へ向かう。
「邪魔するなァッ!!」
俺は―――剣崎ヒカリはアベリアスに勝ったらしい。
『らしい』というのは、はっきりと覚えていないからだ。
確かに俺はアベリアスと戦った。―――だが、戦いの最中に俺は奴の能力に引っかかり………そこからの記憶がない。
次に意識がハッキリしたのは、見知らぬ景色と―――胸の中をグチャグチャに荒らす不快な『感情』。
好きだった『誰か』を奪われるという思考が永遠に脳内を渦巻いている。
俺はその感情に従い、俺から『誰か』を奪う『千間ヨミヤ』を―――殺そうとしていた。
「センマぁ………あいつを………あいつをォッ………!!!」
俺を拘束しようとする騎士を殴り倒し、投げ飛ばし、蹴り飛ばす。―――周囲の人間がなぜか俺を見ているが、そんなことはどうでも良かった。
「剣崎君!」
奪われる前に、コイツを殺すことが出来れば………他はどうでもいい。
「センマぁ………センマぁッ!!」
「やめよう剣崎君………! なんでか分からないけど………オレを探してるんだろう!? もう関係ない人を傷つけるのは………やめるんだ………!!」
「うるせェッ!!!!」
「ッ!?」
ごちゃごちゃと『何か』を訴える『敵』を前に、俺は剣を引き抜いた。
「け、剣崎君………?」
『殺気』という感情を真正面から向けられる。
今までの人生でそんな事態とは無縁だった少年は、その事実に後ずさる。
「殺す………殺す………殺す殺す殺すッ!!」
だが、剣を抜いたヒカリは止まらない。
そして―――
「死ねぇッ!!」
ヒカリが目にも止まらない速度で迫る。
「ヨミッ!!」
振り下ろされる剣。アサヒが咄嗟にヨミヤに飛び掛かることで間一髪、脳天から真っ二つにされる事態を回避する。
「大丈夫ヨミッ!?」
「う、うん………ありがとうアサヒ………」
「よ、よかった………」
ヨミヤとアサヒは両者ともケガがなかったようで、すぐに立ち上がる。
「ヨミ………戦おう。―――なんでか分かんないけど………アイツ、本気みたいだし………」
「だね………」
その柳眉を歪め、アサヒは真っすぐヒカリを睨みつける。
対し、ヨミヤは踏ん切りがつかない表情だったが………隣で今にもヒカリに喰って掛りそうなアサヒを見て―――覚悟を決める。
―――オレが………守らなきゃ………!
「クソ………!! なんで………なんで………ッ!!」
そんな二人に相対するヒカリは、二人が助け合う光景に、胸の中を掻き乱され………必死に頭を抱える。
やがて―――
「オオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!!」
獣のような咆哮をヒカリは上げる。
その大音響は帝都中に響き―――まるで怪物のような声に周囲の住民は耳を塞ぐ。
「ここでは巻き込まれますッ!! 近辺の人はすぐに逃げてッ!!」
尋常ならざるヒカリの様子にヨミヤも声を上げて避難を促す。
「死ねェセンマァッ!!」
「ヨミッ!!」
その時、飛び掛かるヒカリの剣閃がヨミヤに迫る。
「ッ———!!」
刹那―――ヨミヤが自分自身に強化魔法超人化を掛けたのは、英断だった。
タイガに教えてもらった魔法。―――消費魔力の多さから日に数回しか発動できない身体強化魔法。
だが、今に至っては、その魔法でヒカリの凶刃を回避することが出来たのだから。
「ッ………アァッ!!」
転がるように回避して………そのまま地を蹴り、握ったことのない拳を―――ヨミヤはヒカリに打ち付けた。
「がッ………!?」
素人の拳。―――されど、その威力は魔族の膂力を軽く凌駕する。
ヒカリはそのまま魔獣除けの外壁———その城門へ吹き飛ばされ、門を破壊する。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ………」
緊張感で胃がせり上がりそうな感覚を抑え、少年は短く息を吐く。
「ダメ、ヨミ………まだ来る………!!」
我に返るアサヒは、術式が掛かれた魔導書を開き、門の向こう側で受け身を取ったヒカリを確認する。
「やるしか………ない………!」
超人化の強化時間は三分。
―――剣崎君はオレの戦い方を知らない………! なら、強化が残っているうちは近接戦で………!
ヨミヤは、気絶している騎士の剣を拾い―――ヒカリへ肉薄する。
「ㇵァァっ!!」
「舐めるなァっ!!」
しかし、振り下ろしたヨミヤの剣は軽々と受け止められ―――強化されているヨミヤの力以上の膂力で押し返される。
「グッ………!!」
「死ねぇ!!」
そして、吹き飛ばされたヨミヤよりも速い身のこなしでヒカリは、ヨミヤの眼前に現れる。
「させない………! 無限鎖!!」
刃が振り下ろされる寸前———アサヒの魔法がヒカリの身体に巻き付き………その動きを拘束する。
「ヨミ離れて!!」
みっともなく転がったヨミヤは、すぐに立ち上がるとヒカリから距離を取る。
「っ………!」
近接戦での勝ち目がないことを悟ったヨミヤは、そのまま炎の魔法———這いまわる炎の蛇を行使。
空中より現れた蛇の形をとった炎が、大口を上げてヒカリを飲み込み―――炎の柱を形成した。
「………!? 不味い………やりすぎた………!!」
そのとき、咄嗟に放った魔法が人を殺しえる威力だったことに気が付き、自分のしでかしたことに顔を青くするヨミヤ。
だが―――
「大丈夫ヨミ………アイツ………異常に硬いみたい………!!」
次の瞬間、全く効いていないヒカリが炎の中から現れ―――化け物じみた耐久度のヒカリをアサヒが怯えた目で見ていた。
「お前を………お前を殺す………!」
そんなヒカリの身体からは、紫色のオーラが立ち込めている。
「なんだ………あれ………」
「わかんないよ………」
二人の頬を冷や汗が伝う。
その時だった。
「チェイサァー!!」
加藤がヒカリの顔面に蹴りを入れた。
「「!!?」」
速度の乗った蹴りを喰らい、今度は民家の中に突っ込むヒカリ。
「合わせなさいセイカ」
「はいエイグリッヒさん!!」
刹那―――詠唱を合わせた茶羽とエイグリッヒが同時に魔法を発動する。
「「絶対氷結の法」」
顕現するのは二人の魔法使いが行使する氷の上級魔法。
地面より立ち上った氷が、周囲のものを完全に凍結させてしまう。
「ぐっ………がっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
魔法の威力を減衰するヒカリの能力『深き光』。―――それすらも貫通する魔法を駆けつけた帝宮魔導士エイグリッヒは勇者に見せつけた。
「エイグリッヒさん………」
「遅くなって申し訳ない。―――よく頑張ったな」
長い顎鬚を撫でながら笑うエイグリッヒにヨミヤとアサヒは安堵の笑みを見せた。
※ ※ ※
「本当に悪かった千間………俺………お前を………」
帝宮の医務室。
全身包帯だらけのヒカリは、ベッドの横に座るヨミヤへ謝罪を告げる。
「いいよ。―――ケガした人はいるかもしれないけど………それでも誰も死者は出なかったんだから。オレも、この通り元気だしね?」
「………」
わざとらしく笑うヨミヤを、ヒカリは申し訳なさそうに見つめ―――やがて俯く。
「今回の件は………俺の能力が原因でな………」
「………?」
突然語り出すヒカリに、少しだけヨミヤは首を傾げるが―――少年はとりあえずヒカリの言葉に耳を貸す。
「あの戦争中に、俺はアベリアスの能力で―――負の感情を増幅させられた」
「………」
疑問に思う単語が出てくる中、それでもヨミヤは彼の言葉を清聴する。
「その時に、俺の能力………『深き光』が暴走した」
ヒカリは淡々と語る。
自身の能力について。―――彼の中にある『負の感情』を増幅させてしまう厄介な能力について。
「負の感情………」
誰でも『怒り』『悲しみ』など、『負の感情』と呼ばれるものは抱えている。
―――では、ヒカリの中にあった『負の感情』とは?
ヒカリの話を聞いていたヨミヤの中に、疑問が芽生え―――
「剣崎君の中にあった………———『負の感情』って?」
そんな言葉を口にしていた。
「………」
ヒカリは、『やはり』という顔でヨミヤの顔を少しだけ見つめて―――
「俺は―――」
自分の想いを告げる。
「アサヒが好きなんだ」
「………………」
気づきもしなかったヒカリの言葉。
人の気持ちに疎いヨミヤにとって、知りもしなかった事実。
誰とも関係を築けなかった少年は、ヒカリの言葉に茫然とする。
「だから、アイツと付き合っているお前に―――嫉妬した」
ヒカリは、そんなヨミヤへ自分の想いを素直に吐露する。
「そんな醜くて、しょうもない感情が………自分でも抑えきれない程に暴走した結果が―――アレだ」
「そう………………なんだ」
ヨミヤには、そんなことしか言えない。
「けど、自分でも理解してたつもりなんだ。―――アサヒがお前を好きなのには理由があって、お前自身もいい奴だって。そして、どんな嫉妬心があったって、それを他人にぶつけていいはずがない」
『理解、してたつもりなんだ』と、ヒカリは下を向く。
「剣崎、君………」
ヨミヤに、ヒカリの気持ちを全て理解することはできない。
けれども―――
「………」
『ダメだった自分を嫌いになる』気持ちは何となく理解できた。
「………今回のことは………剣崎君は悪くないよ」
「千間………」
「現に俺は今の今まで剣崎君の気持ちに気づくこともなかった。―――それは、俺が鈍感であること以上に………剣崎君が理性的にその感情を抑えていてくれたからだから」
『すごいよ』とヨミヤは笑いながら語る。
「アサヒとのこととか………正直、オレはこれから君とどうやって向きあっていくか分からない。―――けど、今回のことは君は悪くない。だからさ」
ヨミヤは右手をヒカリへ差し出す。
「理性的に、感情的にならず………仲直りしようよ」
「千間、お前………」
嫉妬の対象でしかなかった少年は、ヒカリの醜い一面に触れて―――それでも尚手を差し出した。
許してくれた。
「お前って………いい奴っていうか………甘いんだな」
「そうかな?」
光の少年は、そうして夜の少年と確かに手を取り合った。
※ ※ ※
勇者達は英雄譚を遺す。
帝都に迫る泥の怪物を討伐し、帝国内の腐敗を正し―――
魔王を討伐した英雄として。
そして、『光の勇者』と肩を並べた『夜の大魔法使い』は世界中の魔法使いの憧れとなった。
※ ※ ※
「よかったな」
わかる、これは夢だ。
目を開けば、目の前にはどこかやつれた自分自身が居る。
「全部うまくいってた」
やつれた自分自身が可笑しそうに笑っている。
「君はうまくいかなかったの?」
「まぁね」
暗い足元が光だし、眼下に帝都が見え始める。
「でも、うまくいかなかったことが最悪なわけじゃない」
もう一人の自分は、そうして、帝都の遥か先を見つめる。
「………かげがえのない出会いも、たくさんした」
「それは、アサヒとの出会いよりも———より良いもの?」
「さぁね。―――でも、オレの中ではアサヒとの出会いと同じぐらい大切なものだよ」
「いいね。―――オレも出会ってみたかったね」
「やめとけ。………お前みたいな甘ちゃんじゃ、みんなと出会う前に死ぬ」
「………同じオレなんだから、そんなわけないじゃん」
「どうだかな」
まるで『自分だけの宝物』と言わんばかりに、頑なに『出会い』のことについて話さないもう一人の自分は、やがて背を向けた。
「ま、きっと二度と会うことはないだろうな。―――達者でな」
そうして、もう一人の千間ヨミヤは、夜のような暗闇の中へ消えて行った。
「―――君も、元気でね」
だから、オレももう一人の自分へ言葉を送り―――再び意識を闇の中に委ねた。
閲覧いただきありがとうございます。
祝・一周年でございます。長いような短いような時間でございました。
これからもヨミヤ君の旅路にお付き合い頂ければ幸いでございます。




