降り止む雨と大樹の衰亡 ロク
「放してモーカンさんッ!! お母さんが………っ、ヨミヤが………っ!!」
「………」
降りしきる雨の中、草原をモーカンはヴェールを抱えてひた走る。
まるで腕の中の少女の言葉など、聞こえていないように。
大切な人の願いを、仲間の言葉を遂行するために。
「モーカンさんッ!!」
「黙れッ!!」
「ッ………」
次の瞬間、雨音の中でも確かに腹の奥まで響く怒号をモーカンは発する。
「ヴェール、お前は弱かったッ!!」
「っ………」
とても幼い少女に言うべきではない言葉。
「お前が弱かったから、お前より強いアネキとヨミヤがお前を庇ったッ!!」
そんなこと、いくら頭の悪いモーカンにだってわかっている。
―――だが、それでも男は口を閉ざすことはしなかった。
「弱けりゃ、誰かを犠牲にすることでしか生き残れねぇ!!」
足を止めず、迫る気配に少しも振り向くことなく男は走る。
「でもなヴェール——————」
うつむく少女は、不意に男から涙の気配を感じて―――そっと彼の顔を覗く。
「それは俺も同じなんだ………ッ!!」
次第に強くなる雨の中、それでも男は雨に負けないくらい大粒の涙を零しながら必死に足を動かしていた。
「才能がなくて、ダサくて、ガタイばっかりの弱虫だったばかりに………………俺はアネキを置いて逃げ出した………ッ!!」
「モーカンさん………」
それは、逃げてばかりの人生を今更嘆いた弱い男の涙だった。
「俺が強けりゃ、アネキと一緒に戦えたかも知れねぇ! ヨミヤに加勢できたかも知れねぇ!! ―――でも俺はどこまで行っても『ザコ』だったんだッ!!」
努力を忘れ、惰性に身を任せた故の後悔だった。
「それでも………ッ!!」
それでも、
「『ザコ』でも『無能』でも『クズ』でも『カス』でも、俺は―――!!」
弱いばかりだった男は叫んだ。
「アネキとヨミヤの………力になりてぇんだッ!!」
『足掻く』という人生初めての誓いを吠えた。
「―――ッ!」
かつて、自分を人生のどん底まで陥れた男。―――だが、ヴェールは確かに目の前の男の言葉に目を見張った。
「だから!!」
そして、モーカンはヴェールを視線を交錯させる。
「………お前も泣き言ばっか言ってねぇで―――一緒に『足掻こう』」
「………………………わかった」
そうして、少女は力強く涙を拭う。
「………よしっ!」
涙も鼻水もそのままに、男は一層走る速度を上げる。
「でも、実際どうするのモーカンさん!?」
後方の様子を伺うヴェール。
―――その幼き瞳には、複数の追っ手が迫っているのが確認できる。
「―――俺に一つアテがある」
「………アテ?」
徐々にその距離を詰めつつある気配を感じながら、モーカンは必死に口を回す。
「あぁ、どうやらこの付近にある『バーラド城』ってとこで魔王軍の幹部と勇者が戦ってるらしい。―――そこまでたどり着くことが出来れば………あるいは手を貸してもらえるかもしんねぇ………!!」
その情報は―――エクセルが不用意に口にした情報。
モーカンは、その微かな情報を頼りに必死に走っているのだ。
「勇者………!」
同時に、ヴェールの脳裏にも、『メフェリト』でほんの少しだけ顔を合わせた勇者———ヒカリの顔が思い浮かぶ。
「で、でもモーカンさん………もう、追いつかれる………!!」
しかし、現実は不条理だ。
既に、追っ手の剣が届く位置までモーカンは追いつかれつつある。
「俺ぁ、これでも『ザコ』なりに頑張ってんだよ………!!」
モーカンは抗う。
懐に隠してあったクロスボウを咄嗟に引き抜き―――揺れる視界、降りしきる雨の中、イルとの旅の間に必死に磨いた弓の技術………『狙いをつける力』を総動員する。
「当たれ………ッ!!」
後ろを振り向きながらの片手射撃。だが―――
「ガッ………!!」
その矢は敵を仕留めるまで行かずとも、その足を撃ち抜き動きを止める。
「しゃァ!! ざま見ろッ!!」
そのままクロスボウを片手に走るモーカン。
―――一人止めたところで………いずれまた追いつかれる………ッ!
口では喜びつつも、現状を正しく理解するモーカン。
その時———
「モーカンさん、街が………!」
目の前に、廃墟となった『バーラド城』城下町が迫った。
―――あそこなら………!!
決意を固め、男は一直線へ廃墟へ突入した。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、モーカンはヴェールの攫われた奴隷狩りの場にはおらず、『白馬』がヴェールを魔族領から連れ去って帝国領に戻ってきたときに合流しています。




