勇ましき者とは イチ
時は少し遡る―――
「っ…………………」
ヨミヤとの戦闘直後、彼の爆発を至近距離で浴びたヒカリは、地面に強く頭を打ち、しばらく気を失っていた。
ヒカリが目を覚ますと、辺りは暗闇に包まれていた。
「お、れは…………………」
頭を振る。
しかし思考はボンヤリしていて、直近の記憶を辿れずにいる。
「? 俺は、なにを………」
激しい感情が身体を支配していた。その事実だけは心の内に残る激情の破片が教えてくれていた。けれども、肝心の記憶をうまく思い出せず―――
「おっと………」
フラついた身体で後ろずさると、ヒカリの踵に何かがぶつかった。
「………………――――――ッ!?」
それは腕だった。
人間の右腕。肉と骨を鋭い刃物で叩き切ったような断面の右腕。
「あ、あぁ………」
その瞬間、それまでの記憶が一気にヒカリへ流れ込んできた。
魔族によって遥か遠方へ転移させられたこと、怒りが抑えられずヨミヤに襲い掛かったこと、彼の右腕を切り落としたこと、彼に罵詈雑言を浴びせたこと、そして――――――
千間ヨミヤを殺害したこと。
「ぅ………………お”ぇぇぇ……………」
殺した。人を殺した。
冷静になった今、その事実がヒカリの内臓を圧迫する重りになって降りかかる。
ヒカリは込み上げた吐き気を抑えることができなかった。
同級生を、自分と会話をしようとした人間を殺した。
「あ、あああぁぁぁぁぁ………………」
少年は力なく地面にうずくまる。まるで、自分の中から何も出さぬように、胸を搔き抱いて地面へ丸くなる。
なぜこうなった?
自問が始まる。
全てはアベリアスとかいう魔族に何かされてからが始まりだった。あの霧の中でヒカリは『アサヒ』に精神を攻撃された。
その時、自分の中の『気持ち悪い本性』みたいなものが抑えられなくなった。
気づけば暴走して、ヨミヤに襲い掛かり。
「俺は………俺は………俺は、悪く………な………い――――――」
震えが全身を襲う。ひどく身体が冷たい。頑張って心を保つが、
『お前が殺した』
自身の奥底からそう囁く声が、責任転嫁すら許さなかった。
(俺が殺した、俺が―――どうすればいい? どうしようもない。もうダメだ。みんなに合わせる顔がない、アサヒはどう思うかな、アサヒに――――)
取り留めのない思考の連続。
すべて浮かんでは消える泡沫のような思考の藻屑達。それらは、今の彼を動かす原動力になりはしなかった。
ただ一つの思考を除いて――――――
「アサヒ」
心の泥濘に沈んでいく少年は、一つの事実を思い出した。
『勇者殺しは優先事項だ。お前らは無理でも、他は殺す!! 精々自分の非力でも悔いてろッ!!!!』
この言葉は、アベリアスのものだ。ヒカリとヨミヤを罠にはめた直後、宣言したのだ。
「アサヒ………アサヒ………」
まるで重さに耐えるように、こらえるように、少年は少しづつ立ち上がる。
やがて、完全に地に足をつけると、泥沼から足を引き抜くように一歩、また一歩と少年は歩き始めた。
「アサヒ…………………」
閲覧いただきありがとうございます。
本日は午前に一本、午後に一本投稿しようかなと思います。
それはそうと、夏コミお疲れさまでした。今年も楽しい思い出ができましたね。