降り止む雨に大樹の衰亡 二
「ねぇヴェール、あの城なに?」
村から少しだけ離れた川のほとり。
ヨミヤは遠くに見えた城へ意識を向けた。
「あのお城?」
「そうそう。今まで山に隠れてて見えなかったけど………ここまでくると山の縁からすこしだけ見えるからさ。なんだろうと思って」
川から身を乗り出してヨミヤはひっそりと佇む城を覗く。
「私も詳しいことはわかんない。―――前にお母さんに聞いたのは、自然災害があって今は誰も住んでないお城なんだって」
「へぇ………廃城なんだ」
「歩いて数時間の距離だから、お母さんに頼めば連れて行ってくれると思うけど………行きたいの?」
「う~~~ん、『お城』っていうのには興味あるけど………廃墟はなぁ………」
「うん、お母さんも『あそこは不気味だ』って言ってたし、行っても怖いだけな気がするよ」
『じゃあやめとこうかな』と尻込むヨミヤの言葉を最後に、二人は水汲みを始める。
―――迫る雨雲にも気づかぬまま。
「よっし………」
「大丈夫? 結構な量はいってるけど………」
「この世界に来てから、力強くなったから何ともないよ大丈夫!」
肩に当てた担ぎ棒から、大量の木製バケツをぶら下げながら、ヨミヤは笑顔で答える。
ヴェールも、自身がバケツを両手に一個ずつ持ちながら、少年を心配している。
「きつくなったら言ってね? 私も少し持つから」
「気遣いありがとヴェール」
互いに互いを思いやりながら二人は歩き出す。―――およそ十分も歩けばすぐに村に着く。
「………」
「………」
そうして無言の時間が始まる。
ヨミヤはバケツから水を零さないように歩いているため、言葉を発していないようだった。
だが、ヴェールは違った。
「………」
その幼い表情はどこか浮かない様子だった。
普段のヨミヤであれば気づく彼女の様子。
「………」
ヴェールは、やがてヨミヤの顔を見上げて―――そうして、すぐに視線を下げてしまう。
「………」
だが、少女はやがて再び少年の顔を見上げる。
彼女の瞳に映るのは、頼まれた仕事に一生懸命に取り組む姿。―――手を抜かず、最短で仕事を終わらせようと励む姿。
「………」
そんな少年の姿をみて、ヴェールは少しだけ口角を上げて―――やがて考え込むように再び視線を下げる。
そして………
「ヨミヤ」
少女は足を止めて―――少年の名を呼んだ。
「………? どうしたのヴェール?」
振り向く少年が目にしたのは、どこか悲痛そうなヴェールの顔。
ヨミヤは、その顔を見て………静かに担いでいたバケツを地面へ下した。
「ヨミヤは………このまま………何もなければ………帝都に帰っちゃうんだよね………?」
まるで、手の内にあるものを確かめるような………囁くような質問。
「………そうだね」
ヴェールの言葉に、少年は誤魔化すことなく肯定を返す。
「畑を整え終わったら………帰ろうと思ってる」
「………そしたら………………もう………会えない?」
少女の瞳には光るものが滲んでいる。
懸命に流すまいと努めているが………きっと時間の問題だろう。
「ヴェール………」
目の前の少女は、来るべき『別れの日』に怯えていたのだ。
『助けた側』のヨミヤには………想像のつかない事だった。
誰かと信頼を交わすことが極端に少なかった少年には想像のつかないことだった。
―――………そこまで信用されてたんだな
失敗続きの自分を肯定したことのないヨミヤだったが………今だけは彼女の涙に正面から向き合わないといけない気がした。
「………そんなことない。必ずまた会いに行くよ?」
ヴェールに歩み寄り、彼女と目を合わせ―――ヨミヤは確かに言葉を紡ぐ。
「やだ………やだよ………離れたくない………!」
首を横に振るヴェールは、やがてポロポロと雫を溢れさせて―――バッとヨミヤにしがみつく。
「ヴェール………」
首にしがみつき、感情をあふれさせるヴェール。
「お姉ちゃんも居なくなって………ヨミヤとも会えなくなるなんて………やだ………! やだよ………!!」
「………」
それは別離への恐怖。
大好きだった人を、『姉』と慕う人を亡くしたことで生まれてしまった恐怖。
―――大人びてるけど………この子もまだ、子どもなんだ………
託された言葉を胸に必死に進む少女は、それでもまだ幼い子どもだ。
「ヴェール」
ヨミヤはしがみついてくるヴェールの頭をそっと撫でて―――それから少女の肩を優しくつかみ、真正面から向き合った。
「オレも、シュケリさんに恥ずかしくないように頑張りたい―――そのためには一度、帝都に帰らなきゃいけない」
「………うん」
ヨミヤは今一度、アサヒと向き合う。
それは『メフェリト』を旅立ったあの日、ヴェールも見たヨミヤの目的。―――彼にとってそれは重要なことだとヴェールも理解していた。
それでも小さい女の子は彼にしがみついてしまう。
「だから―――」
だからこそ、少年はもう一度誓う。
「帝都に帰って―――また落ち着いたら会いに来る」
『別れ』を『再会』の誓いに塗り替える。
「二人でシュケリの墓参りに行こう」
笑顔で、なんのこともないように、少年は少女へ言葉を紡いだ。
「ヨミヤ………」
思わぬ提案に、少女は少しだけ呆けた顔をして―――次の瞬間には、クシャクシャと乱暴にヨミヤに頭を撫でまわされるヴェール。
「だから、頑張ろうヴェール。―――オレも頑張るから」
「………」
温かくて大きい手の感触を感じながら、ヴェールは少年の言葉を飲み込む。
「………うん」
シュケリの言葉を思い出し、ヨミヤの言葉を飲み込んで―――ヴェールは頷き………顔を上げて声を上げた。
「うん………うん………頑張る。―――私も頑張る。寂しくても………泣かない」
ヨミヤからゆっくりと一歩離れて―――ヴェールは両手で涙をぬぐった。
「だから………絶対に………絶対にお姉ちゃんのお墓に―――二人で行こうね」
「あぁ―――約束だ」
少年は少女の手を取り―――確かに小指を結んだ。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみにヴェールは旅の最中でも、この別れを憂いていました。




