因縁と証明 ニ
『アサヒ』
少女は視界が煙に覆われる中、ハッキリと見た。
『アサヒ』
「………ヨミ?」
何も見えない中で、確かに少女へ声をかける少年の姿を。
『こっちに………』
「待って………どこに行くの………!?」
『何かがおかしい』
そんな違和感は確かにある。―――だから、泣きじゃくる子どものように少年を追いかけたりはしない。
………けれど、
「ダメ………! 今、君は………ッ!」
心配していた少年が目の前にいて、そんな彼が煙の向こう側に行こうとしたのなら、手の一つでも伸ばしてしまう。
故に、
「きゃッ………!」
少女は、その腕を何者かに引っ張られてしまう。
『ハーディさん!』
目の前に自分の名を呼ぶ娘が居る。
あの事件で、ちゃんと別れを告げたはずの娘の姿がある。
「………」
ハーディは理解している。
娘はとうに居ない。―――自分が守り切れなかったのだ。
「………」
だから、目の前の娘はニセモノに過ぎず、敵が見せて、自分が見たい『幻』だということを、ハーディは痛いほど理解していた。
「………本当に悪趣味」
故に、ハーディはその美しい眦を吊り上げて魔法を放つ。
「風圧ッ!!」
刹那、疾風が巻き起こり、部屋を満たしていた煙を巻いて、その全てを吹き飛ばしてしまった。
同時に、探知の魔法も発動。
自身と、自身の周囲に反応が一つ。
そして、少し離れたバルコニーに反応があり―――
「なるほど………!」
ハーディの居るところの数百メートル先にあるバルコニーから、エクセルが勢いよく飛び出していくのが目視できた。
―――最初から逃げることが目的だったのね………!
そのとき———
「ハーディさん!!」
『幻』から目が覚めたヒカリが、ハーディへ叫ぶ。
「アサヒが………アサヒが居ません!!」
※ ※ ※
「魔族どころか、野生の魔獣すら住んでないんだねココ」
バーラド城の地下。
アスタロトとアベリアス、ネヴィルスは、統治者が有事の際に逃走経路として使う隠し通路を、逆走して城内へ侵入しようとしていた。
「お前は緊張感を持てアスタロト」
呑気に両手を頭の後ろで組み、無警戒に歩くアスタロトにネヴィルスは不機嫌な態度を隠さず注意を促す。
「………」
一方、アベリアスは探知の魔法を使いながら、周囲を見渡す。
『隠し通路』と表現したものの、その実情は『通路』と呼ぶには幅が広く―――何より入り組んでいた。
石レンガで整えられた中は、崖上にあるバーラド城の地下、というだけあって何階層に分かれているのか想像もつかない。
―――なるべくエクセルを取り逃がしたくないから地下からの侵入を選んだが………想像よりも入り組んでいるな
脳内で的確にマッピングしながら、進む一行。
「………!」
「うわ………」
「………」
しかし、しばらくすると揺れが『隠し迷宮』全体を揺らす。
「………地震?」
「普通はそう考えるのが妥当だがな………」
「いやぁ、案外誰かが揺らしたのかもよ?」
相変わらず呑気なアスタロトに、二人がジト目を向ける。
―――その時だった。
「おっと」
アスタロトへ一本のナイフが投擲される。―――彼は、その刃を素手でつかむと、ナイフのやってきた方角へ視線を向ける。
「………やっとかな?」
仄かに微笑む戦闘狂。
やがて暗闇の奥からやって来るのは―――
「うぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
人間を抱える一人の男だった。
「………なんだアイツ?」
その男の表情は、涙や鼻水などで汚れていて、何も知らない第三者から見ても悲惨なものだった。
「………まぁ、こっちを殺すつもりらしいし………いっか」
だが、アスタロトはそんなことも気にせず、感じ取った殺意だけで男を危険分子だと判断。
「よっと」
掴んだナイフをそのまま投擲し返し、男の眉間に的確に切っ先を撃ち込んだ。
男はそのままあっけなく絶命し、抱えていた人間を取りこぼしながら地面へと転がった。
「残念、エクセルだったら戦えると思ったのに」
周囲に敵の気配がないかを確認するアベリアスとネヴィルスを他所に、アスタロトは死んだ男を確認しようとして―――
「………どうゆうこと?」
男に抱えられていた人間―――真道アサヒとアスタロトは目を合わせた。
困惑するアスタロト。
「ッ………!?」
アサヒもアサヒで、相当混乱しているのか、目を白黒させてアスタロトと―――その奥に居るアベリアスを交互に見ている。
「アベリアスー! なんか珍しい子いるけど………どうする?」
アスタロトの様子に気が付いていたアベリアスは、アサヒへ歩を進めながら、難しい表情を浮かべている。
「………尋問をしたいところではある」
状況を鑑みて、情報収集を優先する案を出すアベリアスだが、同時に、『だが』と言葉を続けた。
「………この娘は帝国側のヒーラーだ。―――潰せば我々はより戦争に勝利する可能性が高まるのも事実だな」
「あー………『なんでこんなところに居るかわかんないけど殺す』ってカンジね」
「やめろ途端に自分の案がバカっぽく聞こえるだろ」
端的に要約されてしまった後者の案にアベリアスが困惑していると―――
「やめろォォォォぉォォォォォォォォォオォォォォォ!!!!」
通路の奥からやってきたヒカリがアベリアスに飛び掛かってきた。
「なっ………!?」
「………」
アスタロトは咄嗟に腰から剣を引き抜き―――アベリアスを庇う形でヒカリと剣を打ち合わせる。
「お前らが………なぜここに居る!!?」
「さぁね? ―――知りたければ、僕を殺してごらん?」
襲撃者がヒカリだと分かると、アスタロトはどんどん口角を上げていく。
「まずは小手調べ!」
アスタロトはヒカリの剣を弾くと、返す刃でいくつも銀閃をヒカリに向ける。
「舐めるな!!」
ヒカリは、後方にいるアサヒを庇うようにアスタロトの刃を全てはじき返す。
「ハハハハハッ!! ありえない程強くなってるなァ君!!」
「そっちは弱くなったか………!?」
「言うねぇ!!」
ヒカリがアスタロトの剣を大きく弾き、彼は後方へステップを踏んで距離を取る。
「大丈夫かアサヒ!?」
「う、うん………なんとも………ない」
正面を向きながら、しゃがんでアサヒの様子を伺うヒカリ。
「は、速すぎヒカリ君………全然追いつかない………」
すると、後方から杖に乗ったハーディが全力で現場に到着する。
「ハーディさん………魔族と接敵しました………」
「えぇ………!? さっき探知したときは何もなかったのに………!」
「………多分、相手に『第一階級』アベリアスが居るからです」
「………ウソでしょ?」
「………本当です」
構えを崩さず先を見つめるヒカリの視線の先に、高魔族の魔族が映る。
「アベリアスって………魔王軍の幹部陣の中でも魔法に長けた―――」
「そうですね………さらに言うなら、『第一階級』アスタロトも居ます」
「最悪じゃない………」
「ですね………あと一人の魔族もアイツ等と一緒ってだけで絶対に油断なりません」
ヒカリとハーディは既に臨戦態勢だった。
「………」
そんな中、アサヒは一人、魔族たちの様子をジッと見つめていた。
一方———
「バカアスタロト!! あんた今回魔剣持ってきてないでしょ!? ―――なのに無策で敵と斬り合ってるんじゃないわよ!!」
衝動的に勇者へ斬りかかったアスタロトへ、ネヴィルスは彼の胸倉を掴みながら叫ぶ。
「うわッ、耳痛いから声押さえてネヴィルス!」
戦闘モードに入ったアスタロトへ、まっすぐ注意喚起を行うネヴィルス。彼女は、アスタロトの胸倉から手を離すと、両手の拳を打ち合わせる。
「相手が『勇者』ってんなら、今回は私も加勢する」
「えー………」
「嫌なら私を殺してから戦えばいいでしょ」
「いや、それをやるのも一苦労だし―――そんなことやったら王様に僕が殺されちゃうよ」
「………一々腹立たしいわね」
決して『殺せない』と言わないアスタロトにネヴィルスは額に青筋を浮かべるが、発言の張本人はアベリアスへ視線を向ける。
「で、僕のせいで戦う流れになっちゃったけど………アベリアスはそれでいい?」
「………仕方あるまい。―――接敵時点で話し合いではなく殺し合いが始まった。やらなければコチラがやられる」
「オーケー司令官。―――じゃあ、明らかに魔法使いそうなエルフはよろしくね」
「任せろ。―――そちらはあのヒーラーと勇者を頼んだぞ」
「承った」
こうして、『エクセルを追う』という共通の目的をもつ『人』と『魔族』は争う。
両者は『憎しみ』だけで戦ってはいない。―――話し合いの余地は充分にあった。
けれども、立場や想い―――些細なすれ違いで戦いは巻き起こる。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、ヒカリが速攻でアサヒの元に駆けつけられたのは、探知の魔法でハーディが位置を特定してくれたからですね。
脳筋の少年は最短距離でアサヒの元に向かいました。最短距離(物理)でね。




