因縁と証明 イチ
「―――………気味が悪い」
廃墟となった城『バーラド城』の門前、ヒカリとアサヒ、ハーディが不気味に佇む建造物を見つめていた。
バーラド城の何とも言えない気味悪さにアサヒは息を飲む。
「だな。―――帝城とは違う………なんというか、変な威圧感がある」
本来は人が居るべき場所である城。―――賑わうことはなくとも、人の管理が行き届き、どこかに人の気配を確かに感じさせる『城』という建物なのに、それらが一切ないバーラド城。
その雰囲気は、『城』という建造物に未だ慣れないヒカリとアサヒをほんの少しだけ萎縮させていた。
「バーラド城………たしか帝国に伝わった情報だと、城を丸ごと焼くほどの『落雷』によって統治者が死亡して以来、放棄された城って話よ」
「落雷?」
ハーディの情報に、ヒカリは疑いの目を向ける。
「そんな、落雷一つで、こんな立派な城が落ちる訳が………」
「そうね。真偽もよくわからない話よ。―――けれど、事実目の前の城に人の気配はないし、崖下の城下町も人っ子一人いなかったじゃない」
「………まぁ、それは確かに」
「それよりもハーディさん………ここにヨミを追い掛け回してる元凶が………?」
アサヒは、話題の方向性を変えるように声を発する。すると、ハーディは確かに頷く。
「えぇ………騎士団の奴らの話が確かなら、魔族領北西の人間がアジトにできそうな城ってここしかないと思うわ」
「そうですか………なら―――」
「あぁ、急ごう」
内部の装飾は豪華だった。
しかし、それでも城内は暗く、調度品のすべては劣化や汚れが重なり、『豪華なのに荒れている』不穏さを滲みだしていた。
「………」
一行は、気配を探りながら慎重に進む。
正面広間から二階へ上がり、長い廊下を何度か抜けてさらに上階に上がった先。
「………お前か? エクセルは」
王の居ない玉座に、座る獣が一人。
「まぁ、随分な挨拶じゃねぇーか勇者」
横柄に足を組み、肘をついてヒカリ達を睥睨するのは、帝国近衛騎士団の団長エクセル・ラーク。
男は真っ白な鎧に不釣り合いな獰猛な笑みを浮かべている。
「………千間はどこだ」
「センマ………? ―――あぁ、あのクソガキかぁ」
睨み、怒気を含めた声で問いかけるヒカリに、エクセルは笑みを崩さずに答える。
「別に、どこかで生きてんじゃねぇか? ―――安心しろよ。『まだ』死んじゃいない」
悪意がにじみ出る声で、『これから殺す予定がある』と思わせる言葉を発するエクセル。
「お前………ッ!!」
「なんだ勇者、痴情の縺れで殺しかけて、殺されかけた相手がそんなに心配か?」
「………!?」
エクセルの言葉は、ヒカリの仲間であれば周知の事実。―――だが、同時に、帝宮では一部の者しか知らない情報だった。
「まぁ………腐っても近衛騎士団の団長なんでなぁ………よぉく知ってんだよ俺は」
歪んだ口元をさらに吊り上げ、エクセルは悪意を吐き捨てる。
「憎しみ、憎まれて殺し合いまでした相手がそんなに気になるなんぞ、よっぽどの甘ちゃんだなぁ勇者サマよ」
「―――ぇよ」
「まぁ、俺には全く理解できない思考だ。―――それともアレか? 『アイツだけは俺が殺す』って奴か? まぁまぁまぁ、それなら理解できなくはないな」
「―――せぇよ」
「ホント、ガキだよなぁ………『情報漏洩』の罪で俺を捕まえに来たんだろ? あんなクソみてぇなガキを助けるために俺を捕まえる訳じゃねぇんだろ? ―――私情で罪人を追いかける理由を変えるなんざ、職権乱用じゃねぇかぁ?」
「――――るせぇよ」
「ったく、そんな中途半端だと―――女に嫌われるぞ?」
「黙れェ!!!」
ヒカリは振り上げた剣を、勢いよく地面に叩きつける。
それだけで、力を持ってしまった少年は大理石の床を粉々に破壊してしまう。
「―――………俺を煽るために、都合良い言葉ばっかり並べやがってっ」
何かに耐えるように歯を食いしばり―――ヒカリは放射状に砕けた床に剣の切っ先を突き刺した。
「あぁそうさ………みっともない嫉妬アイツを殺しかけたのも俺さ。罪を贖うために『誰か』の為に戦うと誓ったのも俺。なのに、結局はアイツへの罪悪感で、アイツを助けようとしてるのも俺!!」
粉々になった豪華な床を見下ろし―――ヒカリはそれでも苦渋に歪む顔を上げた。
「全部………全部全部全部………ハンパなのはわかってんだよッ!!」
「………」
少女は、そんな少年の背中を見つめる。
「それでも………それでもやっちまったことの責任を果たすんだよ………ハンパでも、許されなくても、俺はやるんだよッ………!」
少年もまた、力に人生を狂わされた人間だった。
それでも、狂わされたことに嘆かず、歯を食いしばり、責任を負うために剣を引き抜く。
「許されなくても、嫌がられても、嫌われても、俺はアサヒとヨミヤの為にできることをするんだよ………!」
「ハッ………つまんねぇ言葉だなァ………オイ」
そんな少年は獣の男は下らなさそうに見下ろす。
「………つまらないのはアンタよ」
そんな少年を庇うように、アサヒは一歩前に踏み出す。
「………」
「エイグリッヒさんと肩を並べる実力がありながら、『奴隷商会』と繋がって………自分より弱い者をいたぶることでしか自分を証明できない――――――そんなアンタの方が、よっぽどつまらない人間よ」
「………いうじゃねぇかガキ」
「あぁ………でも、誰かを傷つけることでしか他人と繋がる方法がわからないのかしら? それなら――――――『つまらない』というより『可哀そう』」
普段は不敵な態度を崩さないエクセル。
「………」
しかし、この時だけは、確かに額に青筋を浮かべて―――『怒り』をみせていた。
「アサヒ………」
まるで、ヒカリを庇うようにエクセルを『口撃』するアサヒに、ヒカリは驚いたような表情を見せる。
だが、すぐに我に返り、近接での戦闘能力の低いアサヒを庇うようにヒカリは前にでる。
「ありがとうアサヒ。―――下がってくれ」
「別に感謝を言われる筋合いはないけど―――わかった」
「………前衛お願いねヒカリ君」
「はい」
今まで状況を見守っていたハーディは、魔導書を開き、杖を構える。
「ああ………久々に頭に来たぜクソ女。―――だがな、状況は圧倒的にお前らが不利なんだ。………もっと立場を自覚しやがれ」
「何が不利なのかしら? あたりに部下の気配もないし、不利なのはむしろ貴方のように見えるけど?」
「『場』だけを見てそう判断するのはバカのすることだぜエルフ女。―――戦場は『場』を見て、『手札』を予測するもんだ」
そういってエクセルが取り出すのは、一つの宝石。
「『力』ぁ貸せ家畜!!」
次の瞬間―――エクセルはその宝石を勢いよく地面へ叩きつけた。
「なっ………」
「煙………?」
「どんな煙か分からない! ヒカリ君、アサヒちゃん、離れないで!!」
起こるのは、玉座の間を全て覆うほどの煙幕。
「煙幕なんざ………時代遅れな………」
「まぁ、普通の煙幕ならなァ………」
そうして三人は見る。―――何も見えない煙の中に居る影を。
閲覧いただきありがとうございます。
クソを煮詰めたようなエクセルさんの過去はどこかで触れられたらいいなぁ…
まぁ、何もなかったらガッツリカットしたと思ってください。悪役の過去なんて長くなるだけだしね!




