帰郷 ヨン
「昨日は長旅で疲れてる中、時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、そんな………気にしないでください」
見張りの櫓が立つ村の中央広場。
子ども達が元気に遊び回る広場の隅で、ヨミヤとダールは木製のベンチに座り会話していた。
「それで………オレに何か用事でもあったんですか?」
「ハハハっ………そんな大層なものでもないのですがね………」
しわがれた声で笑うダールは、ポリポリと頬を掻く。
「旅でのイルの様子を聞きたくてですね―――」
「あー………」
昨日の様子から見ても、ダールはイルやヴェールと親しい間柄だということがわかる。
しかし、だとしても、出会った経緯や、ヴェールとの出会いを語ってしまえば、ヨミヤが『人間』であるという事実がバレてしまいかねない。
「イルさんは、いつでも頼りになる人でした」
故に、事実であり、当たり障りのない言葉を吐くヨミヤ。
「ハハっ………あの悪ガキがですか………!」
だが、そんな差しさわりのない言葉でも、ダールは嬉しそうにヨミヤの言葉に頷いた。
ダールの反応に、少しだけ罪悪感がよぎるヨミヤ。さりとて、本当のことを言えない少年は話の方向を変えるべく、気になっていたことを口にする。
「ダールさんは、イルさんと仲良しなんですね?」
「そりゃぁ、そうですとも」
シワだらけの顔を、さらにクシャクシャにしながら、ダールはにこやかに笑う。
「私は小さい頃からイルを見てますから!」
「………え?」
曰く、ダールはイルが生まれたころからずっと『カナンの村』の村長であったという。
「すっ、すごいですね………」
「ハハハっ、ヨミヤさんも悪魔族なんですから、これくらい長生きしますよ?」
すっかり年若い悪魔族だと思われているヨミヤは、頬を引きつらせながら『ソッ、ソウデスヨネ~』としか反応できない。
「いやぁ、しかしイルが皆さんのお役に立っているようでよかったです」
「イルさんは………どんな子どもだったんですか?」
「そうですねぇ………」
思い出すようにうなるダールの様子は、『思い出せない』というより、『心当たりが多すぎて困っている』ような雰囲気を感じ取るヨミヤ。
「とにかく剣の腕が立つ子どもでしたな」
「………昔から才能あふれる人だったんですね」
「ですなぁ………性格はとにかくヤンチャで―――勝手に村の外に出て、魔獣を倒して帰ってきたときは、村の者が全員気絶しました」
「………才能に………あふれて………たんですね、きっと………」
思ったよりもヤバいエピソードに、少年は顔を背けそうになるが、ギリギリ持ちこたえる。
「ありゃ、横暴の化身でしたな。―――村の男子相手に一歩も引かず喧嘩しとりました」
今の冷静沈着で落ち着いたイルとは正反対の幼少期に驚きの隠せないヨミヤだったが、『まぁでも………』と言葉を続けるダールの為に口を閉ざす。
「村にたった一人だけ勝てない男が居ましてな」
懐かしそうに、広場で遊ぶ子供たちを見つめるダール。
「………誰なんです?」
「私の息子———ヴァルです」
ダールは、ゆっくりと目を閉じる。
「ヴァル。―――私の息子で、魔王軍の第三大隊の司令官で、軍の候補生の教官で………」
噛みしめるように、味わうように、思い出すように―――ダールは言葉を紡いだ。
「イルの旦那でもあった」
今までハッキリとは聞いてこなかった。
だが、いくらバカで鈍感なヨミヤでも、少しは察しが付く。
娘のヴェールが大変なときに姿がない父親なんて、考えられる理由なんて二つだろう。
『娘を見捨てた最低な父親』か―――もしくは、
「その………ダールさんの息子さんは………?」
「ヴェールが生まれる前に………戦争に行ったきり―――帰っては来ませんでした」
いわゆる『戦死』。ダール曰く、『戦争中なら、ありふれていて多くの者が直面する出来事』だそうだ。
「………すいません」
「ハハっ、いいんですよ。―――もう会えないのは悲しいですが………『思い出』というのは悲しいことばかりではありません。思い出せば、懐かしく………そして嬉しい気持ちになることが出来る」
「そう………なんですね」
未だ、『桜色の少女』のことについて気持ちの整理がついていない少年には、その言葉は少しだけ理解が出来ない。
―――………
けれど、同時にあの少女との記憶を思い出し―――懐かしく………そして、温かくなることが出来るのなら、これほど嬉しいことはないのだろう。
「ヴァルはイルより年上で、力強く、みんなに頼りにされる―――自慢の息子だった」
「………」
「イルが悪さをすれば、大体ヴァルが叱りにいく。―――幼い頃は兄と妹のような仲だった」
本当に嬉しそうに思い出を語るダールに、ヨミヤは静かに耳を傾ける。
「大きくなると、ヴァルは軍の候補生として王都へ移住した。―――我が息子ながら、本当に才能に恵まれていたのだろう。すぐにその名声は田舎であるこの村まで聞こえてきた」
「………イルさんは?」
「イルは………ヴァルが出て行ってから、燻るように畑仕事をしながら生活していた。『なんでどっか行くんだ』なんて怒ってもいました」
『だが』とダールは続ける。
「ヴァルの名声が聞こえ始めた頃。―――『アイツを追いかける』と言ってイルは軍の候補生になるべく王都へ移住した」
男女の機微には残念ながら疎いヨミヤだが………それでも、イルが叱ってくれるヴァルと仲が良かったのは簡単に想像できた。
「だがまぁ、次にやってきたのはヴァルの『戦死報告書』を握り締め、ヴェールを身ごもったイルでしたがね」
「………二人に一体何が?」
「さぁ―――戦地での様子はわかりません。もちろん、二人の間に何があったのかも」
ダールは首を振ると、ゆっくりと立ち上がった。
「………詳しいことは、本人に聞いた方がいいかもしれませんね」
そういって、ダールの視線の先を追うと、迎えに来たであろうイルが見えた。
「イルの様子を伺うつもりが、私の一人語りになってしまいましたね―――申し訳ない」
頭を下げるダールに、ヨミヤは大げさに両手を振る。
「そんなことないです! ―――むしろイルさんのこと知れてよかったです!」
「そう言っていただけると、少しは心が軽くなりますな」
ダールと笑い合うヨミヤは、そうしてイルの自宅へ帰路についた。
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ちなみにイルさんは、叱りにくるヴァルさんとしょっちゅう喧嘩になって負けてたそうです。




