勇者の独白
「『夜霧』」
「どけッ!!」
魔王軍第一階級・アベリアスにかけられた魔法は、ただ『黒い霧の球体に対象を閉じ込める』というシンプルなものだった。
俺は千間ヨミヤを庇い、コレに閉じ込められた。―――これがすべての間違いの始まりだった。
『ごめん、ヒカリと付き合うことは………考えられない』
『私はヨミが好き』
暗闇の中、ハッキリと真道の―――アサヒの姿がうかんだ。
しかし、その口から発せられる言葉は、俺を深く抉った。
「ま、まってくれ………アイツの………千間のどこが―――どこがいいんだよッ!!」
『ヨミはね、優しいんだ。―――ヒカリとは違ってね』
まるで、自分の奥底を見透かしたような言葉に、心臓をつかまれたような感覚に陥る。
『ヒカリは、大事じゃないもの以外はどうでもいいもんね』
「そ、そんなこと………」
『そんなことあるよね? だって、今だって戦う理由は『みんな』のためじゃない。大事な大事な『アサヒ』を守るため』
俺の前に現れたソレがアサヒじゃないことは、今の俺にはもう理解できなかった。
『みんな、命を懸けて、『ヒカリ』のために戦ってるのに―――当の本人は、一人の女のことで頭が一杯。なんて、『小さい男』』
アサヒの姿で、アサヒの声で、ソレは俺をさげすむ言葉を告げる。
『自分の器が小さいことを必死に隠して、繕って………でもね、メッキなんてすぐに剥がれる。『アサヒ』だって、貴方の本性を知ってるから、『ヨミヤ』を選ぶの』
「うるさい………………」
『きっと、『ヨミヤ』は優しいんだろうなぁ、誰も彼も助けるんだろうなぁ、そんな所を『アサヒ』は好きになったのかなぁ?』
「うるさい………!」
『ねぇ、『ヒカリ』?』
「だまれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
そうして、俺は魔法に頼り、アベリアスの黒い霧の結界を脱出した。
もっとも、その時点で運命は決していた。
俺はヨミヤを殺し―――人殺しになった。
※ ※ ※
父は実業家、母は有名ピアニスト。
俺は絵にかいたような裕福な家庭に生まれた。自分自身でもあきれてしまうほどベタな家庭だ。
加えて、俺はやろうと思ったことはすぐに出来てしまった。――――――父は、そんな俺に次々といろいろなことをさせた。
曰く、『できることはすべてやれ、お前はいずれ上に立つ人間だ』とのこと。大方、自分の会社でも継がせたかったのだろう。
俺自身、そのことに特に反発はしなかった。
『楽しいこともない』なんて感じながら、父の言われるまま過ごしてきた。――――――ただ、
『なんだこの点数はッ!!??』
ある日、俺は気づいてしまった。
『ヒカリ………貴方、気が抜けすぎなんじゃない?』
それは、中学一年生の時。
日常に飽き、少しだけ気が抜けていた俺は、数学のテストで九十二点を取った。いつもなら九十八点以上は取るところを、少しだけ点数を落としてしまった。
それでも、クラスではトップ。みんなの称賛を適当に受け取って帰ってきたのだ。
しかし、その点数をみた父は俺に激怒した。―――あろうことか、右の頬まで叩かれたのだ。
「ご、ごめん………少し気が抜けてた………で、でも、これでも、クラスでトップだったんだ!!」
「………………」
俺の主張を聞いた父は、無言で、もう一度俺をぶった。
「クラス、学年………そんなトップはとうの昔に取っただろう。今は常に自分自身と戦う時だ」
俺はそこで気が付いた。――――――気づいてしまった。
俺が頑張ったとき、
俺が一番を取ったとき、
俺が上手にできたとき、
褒めてくれたことはあっただろうか………………と。
「………………ッ!!」
その瞬間からだった。
何年間も育ててくれた両親が非常に遠い人間のように感じたのは。
この瞬間、俺の心は確かに『孤独』になった。
それと同時に、両親への期待も自ら捨てるようになった。
「あー………クソっ………点数低っ………」
両親の期待に無心で応える日々をすごしていたある時だった。
「えー、剣崎くん何点なの?」
席替えで隣になった女子が――――――真道アサヒが俺に話しかけてきた。
「えー………めちゃくちゃ点数いいじゃん………嫌味?」
「………勝手に見ておいて勝手にキレんなよ」
「そりゃ、剣崎くんが『点数低い』なんて言ってたら気になるじゃん!」
「うるさいな………………親がうるさいんだよ」
いつもの『スゴイ―スゴイー』とかいう芸のない話の流れかと思った俺は、なんだかムカついて、ボソッとそんなことを呟いてしまった。
「えっ?」
完全に無意識だった。ゆえに、アサヒに聞き返された俺は、解答用紙をアサヒから取返し、顔をそむけた。
「………なんでもねぇよ」
「なに、親と仲悪いんだ?」
聞こえたのかよ
「いいだろ、他人の家庭事情なんか」
「まぁねー」
興味のなさそうな反応。わかってはいたものの、俺の口から小さくため息が漏れる。
「まぁ、何かあったら話ぐらいきくよ」
だからだろう。
まっすぐ俺を見つめるその眼に、その言葉に、俺は驚き――――――
「そうかよ」
確かに救われた。
閲覧いただきありがとうございます。
どうでもいいですが、コミケの雰囲気ってなんだか好きです。




