帰郷 ニ
「そうですか、お二人がイルとヴェールをここまで………」
カナンの村の村長、ダールの家にて―――
「ソ、ソウユウコトニナルンデスカネ~?」
「へ、へへ………」
悪魔族に扮したヨミヤとモーカンがダールと会話をしていた。
「本当に………本当に………ありがとうございます………」
「キニシナイデクダサイヨ~………アハハ………」
ちなみに、カナンの村が『白馬』によって襲われたことを知っている二人(うち一人は元『白馬』)は、変装がバレないかガチガチに緊張していた。
「ダールさん、以前に奴隷商に襲われたと思うが………その後は?」
「あぁ………」
イルの言葉にダールは頷き、言葉を紡ぐ。
「村の復興はだいぶ前に終わった。―――しかし攫われた者達が戻らなくてな………今は軍が行方を追ってくれている」
「………」
ダールの言葉に、モーカンが顔を伏せる。
「………」
「そうか………一刻も早く戻るといいな………」
「そうだなぁ………」
元『白馬』であるモーカンを、ヨミヤとイルは横目で彼の様子を伺う。
―――モーカンさんは変わった。『魔族』であるイルさんに『恩を返したい』って口にするくらい。だからきっと………
以前、モーカンが口にした言葉を思い出すヨミヤは、なんとなく彼が今感じている罪悪感を感じ取る。
同じようにモーカンを伺うイルも、きっと彼の心中を察しているだろう。
「―――」
だからだろう。ヨミヤは口を開き、言葉を紡ごうとするモーカンを止めることはできなかった。
「ぁの―――」
しかし。
「ダールさん。みんな長旅で疲れてる。―――一度家に戻るよ」
『何か』をカミングアウトしてしまう寸前のモーカンの言葉を遮り、イルは声を重ねる。
「ああ………そうだな。―――事情を聞くためとはいえ、呼び止めて悪かった」
「そうだよヨミヤもモーカンも疲れてるんだからねダルじぃ!」
「ははは………勘弁しておくれヴェール」
「ほら、モーカン。―――いこ?」
そして、ヴェールはモーカンの腕を引き、ダールの家を後にする。
「………俺、このままでいいんですか?」
村長の家からイルの家までの道中。
イルは道行く人達にあいさつされたり、時には抱き着かれたりしながら歩を進める。
ヴェールも村の人達に元気に接している。
「俺、アネキ達をこんなに温かく迎えてくれる人たちに………やっちゃいけない事をしたんすよ?」
「モーカンさん………」
モーカンの瞳は、晴れ渡る青空とは対照的に、深く沈んでいた。
ヨミヤは、そんな彼の胸中を知っているからこそ、何も言えずにいた。
「………」
モーカンの前を歩くイルは、モーカンを見ることもせず―――やがて口を開く。
「そうだな。―――何ならお前は『人』としても間違ったことをした」
イルは、『それは誰の目から見ても明らかだな』と冷たさを感じるほどの口調で告げる。
「コラお母さん。―――言い方可哀そうだよ?」
そんなイルさんをヴェールが諫める。
『事実だろう』とイルさんは珍しく顔を背けていた。
「モーカンさんはいけない事をしたかもしれないけど………私達を助けてくれたよ?」
ヴェールは、モーカンへ真っ白な笑みを浮かべる。
「ヴェール………」
それは、モーカンにとって眩しすぎるものだと知ってか知らずか。
「………癪だが、ヴェールの言うことが全てだ」
イルはヴェールに追従するように言葉を重ねた。
「戦闘は苦手でも………お前はその手先の器用さで、旅のあらゆる雑事を率先して請け負ってくれた。―――間違いなくお前は助けになってくれた」
「アネキ………」
加害者と被害者。
そんな関係の三人。―――だからだろうか。被害者に庇われる加害者はあまりの罪悪感にその顔を苦渋に歪ませていた。
イルは、そんなモーカンの額へ、
「あいたッ!?」
デコピンを叩きこんだ。
「な、なにを………?」
「お前が偉そうに苦しそうにしてるから」
「ぇ………」
―――理不尽な理由!?
暴力の原因があまりに横暴で、ヨミヤは心の中で絶句してしまう。
が、イルはそこで初めて表情を緩めた。
「今はその罪悪感が『罰』だと思うんだな」
子どもっぽく、悪戯っぽく笑うイルは、そうしてモーカンの肩に手を置く。
「そして叶うなら―――もう二度と魔族狩りが起こらないように………お前なりに努力してくれ」
「………」
『言葉』が染み渡る気配がした。
『想い』が伝わる音がした。
今まで交じることのなかった『人』と『魔』が、確かに心を交わした。想いを繋いだ。
「………わかりましたアネキ」
全てを晒し、成り行きに身を任せて贖罪を果たそうとした男の、新しい『目的』が出来た瞬間だった。
閲覧いただきありがとうございます。
基本的には、人は行動することでしか本当の信頼を得られないと考える人間です。
ですが、たまにはコミュニケーションの力を信じようと思いました。