排斥 ヨン
「うはぁ~、あぶねぇあぶねぇ」
魔族領のとある廃村。
そのみずぼらしい廃墟の一室にエクセルは複数人の部下と共に潜伏していた。
「まさかアイツらが居るとはなぁ………追われてはいたが、ここで出くわすとは思わなかったぜ」
ちなみに、エクセル以外の男たちは全員が息を切らしていて、一言もしゃべらない。
「まぁ、念の為に町の中に入らなくて正解だったな」
先ほどまでヨミヤの居る町の近辺で遠距離の落雷魔法を行使していたエクセルは、接近者の気配に気が付き、いち早く逃走を図ったのだ。
「あ、あのエクセル様………」
「あぁ?」
そこで息をやっと整えた男の一人が口を開く。
「ま、町の中の奴らは………ど、どうなったんでしょうか………?」
「まぁ、殺されてるだろうな」
「ぇ………」
「俺の探知魔法に引っかかった奴の中で、俺に一直線で向かってきた反応が二つ。―――魔法を見て、一直線に俺の居場所を探れる奴がヤバくないわけがない」
一つ、論拠を述べるエクセルは次いで、指を立てる。
「そんな奴らと別れて、暴れてた連中に向かった反応が一つあった。―――この三つの反応が仲間だとしたら………生きてると考える方が難しい」
「そ、そんなアッサリ………」
部下の反応は、冷淡に根拠を述べるエクセルにやや動揺しているようだった。
「ま、死ぬ前に、あんだけ魔族相手に暴れられたんだ。―――別にいいんじゃね?」
「………」
エクセルの無神経な言葉に、場の空気が凍り付く。
部下たちは、いとも簡単に部下を見捨てるエクセルに、互いに顔を合わせる。―――次は自分が見捨てられるのではないかという不安が伝播する。
「………なんだテメェら」
普段は他人の醸す空気なんぞ読むことのしないエクセルも、わかりやすい反応を見せる部下たちに空気を察知する。
「俺についてきておいて………今更ビビってんのか?」
しかし、その顔に『怒り』だとか『憐み』などない。
「残念だが、お前ら雑魚は、強者である俺の言うことを聞くしかないんだよ」
男はどこまでも牙を剥き――――――獰猛に、不敵に、不気味に『笑み』を作っていた。
「―――まぁ、だがな。俺も元は『雑魚』だった」
エクセルは、笑みを消さぬまま剣を抜き―――近くにいた部下の首に刃を当てた。
「だから俺はあらゆる手を使って格上を殺してきた。―――だから、嫌なら『逃げる』でも『殺す』でもやってみるといい」
「………」
部下の首に当たる刃が薄皮を裂き、首から少し血が滴る。
「まぁ、そのどちらを選択したところで―――『殺す』がな」
恐怖で失禁してしまう部下を興味なさそうに見下げると、エクセルは剣を収める。
「お前らに度胸があるならやってみるといい。―――もちろん死ぬ覚悟でな」
※ ※ ※
「じゃ、死体の片づけよろしく」
町に駐在する軍の兵に、人間達の遺体をお願いしたアスタロトは、建物の壁に寄り掛かるように休んでいるイルとヨミヤに歩み寄った。
「やぁ~、久しぶりっすねイルさん」
「アスタロト………様………」
「やだなぁ『様』なんて。―――貴女の旦那様には幹部陣共々お世話になったんですから………ぜひ僕のことなんて呼び捨てにしてください」
「ふ………そんなこと………高魔族である私にできる訳ないですよ………」
どうやら顔見知りである雰囲気のイルとアスタロト。
隣で痛む傷を堪えながら聞いていたヨミヤにも、それくらいのことは想像できた。だが―――
「………」
時折、こちらを品定めするように視線を向けてくるアスタロトに、ヨミヤは口を挟めないし、動けないでいた。
「すまないアスタロト」
そこへ二人の魔族がやってくる。
「どしたのアベリアス、ネヴィルス?」
「ぁ………………」
第一階級アベリアス・マイナ。そして同じく第一階級ネヴィルス・オーガン。
魔王軍の最高幹部が揃っていた。
「奴の魔法の腕を侮っていた。―――先にこちらの存在を気取られて、逃げられてしまった」
「………ごめんアスタロト」
「いやぁ、二人が捕まえられないなら仕方ない。―――僕が行っても逃げられちゃうだろうしねぇ」
何かを追っていたらしき二人は、アスタロトへ謝罪を述べるが、彼はプラプラと手を振ると、生気の薄い顔で笑う。
「それよりもアベリアス………ほら」
「………なんだ?」
アスタロトはそこで、アベリアスの目の前から一歩、横にずれることで、彼の前にイルを見せつける。
「なっ………」
彼女の姿を見たアベリアスは硬直して―――
「イルさん!?」
バッとイルの両肩に手を置いた。
「アベリアス………様」
「わ、私を『様』付けなど………いや、それよりもこの傷―――すぐに治療致します!!」
すぐに魔導書を展開すると、アベリアスは自分の魔力のことなど顧みず、何度も回復魔法をイルへ行使した。
「あ………ごめん、手当てするの………忘れてた!」
「ㇵァ………ㇵァ………アスタロト………貴様というやつはァ………」
しばらくして、回復を終えたアベリアスは、魔法使いの貧弱な腕力でアスタロトの胸倉を乱暴に揺さぶった。
「気になさらずにアベリアス様。おかげで私は回復できました」
いつもの落ち着いたトーンで、ヨミヤには聞き慣れない敬語を使うイル。
「それで―――」
そんなイルは、おもむろにヨミヤへ視線を向ける。
「………できればこの者も治療していただけないでしょうか?」
庇うようにヨミヤの傍にしゃがみ、三人を見上げるイル。
「イルさん………」
アベリアスは少し困惑したようにイルと、魔族に変身したヨミヤを見比べて―――
「アベリアス」
彼の名を呼ぶアスタロトに目配せをされる。
「………イルさん、それは出来かねます」
そして、手短に結論を述べた。
「………理由を」
「簡単です」
アベリアスはパッとアスタロトから手を離すと、ヨミヤの前でしゃがみ込んだ。
「お前の仲間―――ケンザキに落とされた右腕………痛かったぞ?」
今は接合されている右腕をさすり―――次の瞬間、アベリアスは魔法を行使。
「………やはり人間か」
アベリアスの魔法によって正体を暴かれたヨミヤ。―――その正体にネヴィルスが『やはり』と言わんばかりに目を細める。
「久しぶりだな人間。―――あそこまで飛ばされて、右も左もわからぬ世界でよく生き残ったな?」
「………」
因縁のあの日。
全てが始まった出来事を引き合いに出され―――ヨミヤは痛みに支配される身体を無視してアベリアスへ視線を向けた。
「お前は治療より先に事情聴取だ。―――いいな勇者」
「………」
立ち上がり、ヨミヤを見下ろしたアベリアスは、彼に背を見せて兵士を呼ぼうとして、
「………勇者じゃない。―――お、れは、剣崎の………仲間じゃない………」
喋るのもやっとの身体で、たったそれだけの言葉をアベリアスに投げかけた。
「………戯言だな。話は後で聞く」
少年の言葉を斬り捨て、アベリアスは今度こそ部下を呼ぼうとした。のだが―――
「………何の真似です?」
アベリアスの頬に、後方から剣が向けられた。
「冗談はやめてくださいイルさん」
そこには、アベリアスに剣を抜くイルの姿があった。
閲覧いただきありがとうございます。
…もっとサラッと行く予定だったんです。
因縁が、因縁が深すぎて、勝手にヨミヤ君とアベリアスが喋り始めたんです…!




