理知と下僕
「………面倒だな」
ヘイム・ヨヴルの端。
エクセルは巨人と魔獣の死骸の上でボンヤリと魔族領を眺めていた。
清々しい程に青い空が、極寒の中降り注ぐ陽光が、エクセルを見下ろす。
「………やっと追いつきました」
そんなエクセルへ、部下である『白馬』のゴロツキが周囲をキョロキョロしながら声をかける。
「おう、よくこの山に入る度胸があったな」
「………正直すぐにでも帰りたいですけどね」
寒そうに二の腕をさするゴロツキは、しきりに周りを見渡す。
「残念だが、帰さねぇぞ?」
「マジっすか?」
「おおマジ」
死骸の山から立ち上がるエクセルはその獣のような八重歯をむき出しにして笑う。
「魔族領に『潜入』してるやつらを一か所に集めろ。―――獲物を追う」
「了解っす」
エクセルの言葉に、素直に頷くゴロツキ。
「………あの」
が、そこで男はエクセルに疑問を投げかける。
「あんだよ」
「なんかヤケにあの親子追いますけど………なんかあるんすか?」
「んだよ………そんなことかよ」
下らなさそうにポキポキと首を鳴らすエクセルは———
「―――」
次の瞬間、神速のごときスピードで抜剣。
「ぁ———」
ゴロツキの首の前で、ピタリと刃を止めた。
「俺はな?」
ほんの少し刃を動かせば、ゴロツキを殺せるエクセルの表情は——————獰猛な獣のようだった。
「見つけた獲物は絶対に逃がさない主義なんだ」
「ぁ………ぁぁ………」
恐怖で一ミリたりとも動けないゴロツキの表情を、まるで『大好物』だと言わんばかりに、エクセルは言葉を紡ぐ。
「反抗的な獲物が好きだ—――屈辱で汚したくなる」
「疲弊する獲物が好きだ———もっといたぶりたくなる」
「追い詰められた獲物が好きだ———どんなことをすればソイツが苦しいか、考えただけで楽しい」
「絶望する獲物が好きだ———生きている実感が湧く」
「死んだ目の獲物が好きだ———その表情が俺の『生きた証』になる」
それは狩人で、
それは獣で、
それは人間で、
―――それでいて、純粋な『悪意』だった。
「は、ははは………はい………」
誰よりも巨大な『悪意』を前に、ゴロツキは腰を折り———その下半身からみっともなく尊厳を垂れ流す。
「わかったらさっさと行けよ? ―――お前の苦しむ顔でも俺は楽しめるぞ?」
「は、はははっははははいッ!!」
魔獣が跋扈する山を、ゴロツキは全力で降りていく。
「―――さて」
剣を鞘に収め、エクセルも山を下り始める。
「どこまでも追い詰めるからな雑魚共」
猛獣のような笑みを浮かべて。
※ ※ ※
「はぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヨミヤはイルへ斬りかかる。―――上段からの一撃だ。
「………」
それをイルは二刀で迎え撃つ。
短剣を逆手に持ち、イルは上から迫る剣の側面に的確に短剣の切っ先を当てて―――弾いた。
「………っ」
想定していない方向からの弾きに、大きく態勢を崩すヨミヤだが、
「こんの………ッ!!」
迫るイルに向けて回し蹴りを放つ。
イルは、その蹴りを難なく回避するのだが、ヨミヤも蹴りの反動を利用して大きく後方に跳ぶ。
「そこだな」
今度はイルが着地の隙を狙ってヨミヤに斬りかかる。
「させない………ッ!」
だが、ヨミヤは黒腕で無理やりイルの攻撃を防御し―――刃を下からけしかける。
イルはその刃を短剣受け止め、
「っ………!!」
「………」
ヨミヤとイルは剣と剣、刃と腕を交差させて鍔迫り合いを始める。
「………視野が狭いな」
しかし次の瞬間―――
「痛っっっ!?」
鍔迫り合い中の右足をイルに踏み抜かれたヨミヤは、情けない声を上げた。
「そら、隙だらけだ」
イルはその一撃で止まることなく、力の緩んだヨミヤの首手を回し固定。
「~~~~~ッ!!?」
ヨミヤの頭を無理やり下げて、その額に膝をぶち込む。
「とどめだぞ」
よろけるヨミヤに短剣を構え———
「ッッッ———!!」
ヨミヤの太ももに短剣を突き刺す———その手前で短剣を手放し、打ち込むはずだった箇所にチョップを見舞う。
「………」
「ぐェ………ッ!!」
イルはそのままヨミヤの腹部、首に次々とチョップを直撃させて———
「………終了だな」
地面に尻もちをついたヨミヤの首に剣の刃を当てた。
「………っ、ありがとう………ございます」
「ヨミヤ、訓練のしすぎだ」
ヴェールとモーカンが寝た後、少し離れたところでイルと模擬戦を繰り広げていたヨミヤは、見下ろしてくるイルへ目を向けた。
「訓練しすぎ………なんかじゃないですよ。―――むしろ少ないくらいだ」
「しすぎだ………明日には町へ向かうために歩かないといけないのに………それじゃあ旅について行けないだろう………」
「………大丈夫です。足手まといには………絶対になりません」
訓練で負った傷を回復魔法で治しながら、ヨミヤは立ち上がる。
「………もう一度お願いします」
「………」
暗闇の中、もがくように剣を構えるヨミヤ。
そんな彼をイルは静かに見つめ———
「………最後だぞ」
イルは仕方なく少年の提案を受け入れた。
舞台は魔族領。
魔族の生きる地。
人間達はそこで息を潜める。
ある者は獣ように牙を磨きながら、
ある者は喪失の痛みに怯えながら、
ある者は親しい者を探し求めながら。
誰が理知ある者で、誰が本能の下僕であるのか。その答えは今は誰として知らない。
閲覧いただきありがとうございます。
なんでエクセルみたいな人間が偉い立場にいるのかって?
そりゃ強いからですよ…




