悲劇の前に休息を サン
「これで、お別れですね」
「あぁ………お互い、やらなければならないことがある。………………だが、ヨミヤ。お前の無事は常に祈っている。―――そして、是非、娘と二人で改めて礼をさせてくれ」
「ええ、必ず………!」
翌日、馬車の前でヨミヤとイルは固い握手を交わしていた。
別れの挨拶。
それは、別れを繰り返してきたヨミヤにとって、寂しいものではなかった。―――『寂しい』と叫ぶ心が、いつの間にか備えた防御反応。辛いものを辛いと認識しなくなる呪い。
だが、どうだろうか、この別れは事実、『寂しくない』。なぜならば、この別れは、同時に再開の誓いなのだから。
彼は、すべてが落ち着いたのなら、間違いなくイルを探すだろう。………誇り高く、心優しく、面倒見の良い彼女の力になりたいから。
「今度は、アサヒ―――オレの彼女と一緒に会いに行きます」
「………そうだな。娘と二人で―――待ってるよ、ヨミヤ」
そう言の葉を交わし、ヨミヤは馬車へ乗り込む。
「では、私も失礼させていただきます。恩人である貴女に頼まれた仕事、間違いなくやり遂げますことをお約束させていただきます」
「あぁ、頼む。―――あの子は、どこか危うい」
ウラルーギは丁寧に頭を下げ、その場から去ろうとして―――
「ああそうだ」
わざとらしく踵を返すと、イルの耳元へ、ゆっくりと顔を近づかせた。
「汚れた『白馬』は、血まみれで『サール』に向かったようです」
「はっ………?」
ウラルーギはそれだけ言い残すと、身軽に馬車へ飛び乗った。
「事情は詮索しませんが、貴女の目的とする者はそこに向かうのを見ましたよ」
「は、え………おい待て! なんで………!? お前は一体………!!」
「ただの大商人ですよ~」
※ ※ ※
「さて、ここからは私が帝都まで送ります。おそらく一週間ほどで到着するかと」
「は………!? 一週間!?」
座り込んだヨミヤは、その言葉に再び立ち上がる。
「それじゃ時間がかかりすぎる!! 他に早く帝都にいく手段はないんですか!?」
「ん~、無理ですね。唯一、転送魔法であれば可能なのでしょうが、生憎、転送魔法の技術は帝国が秘匿していますしね。魔族も使える者もいるとは聞きますが―――まぁ、一般人には無理ですね」
「そんな………………」
ヨミヤが転送されてからどれだけの時間が経過したのか………それを少年はしらない。ゆえに、彼にはこれ以上時間をかけることができなかった。
「ッ………それなら、走って――――――」
外界と馬車内を区切る天幕を持ち上げ、飛び出そうとするヨミヤ。そんな彼に、ウラルーギは、少年が決して無視できない情報を口にした。
「勇者一行は無事ですよ」
「!!??」
ピタリと、動きを止めるヨミヤ。
「なぜ、それを………………?」
「昨晩、貴方と、あの魔族の方の会話が聞こえてしまいましてね」
ヨミヤは正体を隠していたイルのことも見抜いていたウラルーギに、一気に警戒を強めた。
そんな少年の気配が何となくわかったのだろう、ウラルーギはヒラヒラと手を振った。
「勘弁してくださいよ。お客様はもちろんのこと、恩人であるあなた方をどうこうしようとは思いません。ただ、お困りのようだったので、助言を、と思っただけですよ?」
「………イルさんの正体については? どこで知った?」
「わかりますとも。覆面の下に見えたオッドアイに、あのバカげた強さ。『高魔族』だと言われれば納得がいきます」
「は………?」
たったそれだけ。
たったそれだけの情報だ。オッドアイなど、人間の中にも生まれる。それを、男は己の直感だけでイルの正体を見破ったのだ。
確かな観察眼と、鋭い直感。飄々とした態度も相まって、ヨミヤは自分よりも力の劣るはずのウラルーギに、どこか底知れなさを感じた。
「話が逸れてしまいましたね。――――――一週間と少し前に起こった『帝都前決戦』は、人類側の辛勝で終わったそうです。決戦の後半に投入された勇者一行は、目覚ましい戦果を挙げて帝都に凱旋したそうですよ」
ヨミヤの心臓が脈打つ。
「それ、は………………本当なんですか………?」
「えぇ、確かな情報筋からですよ。―――なので、貴方が勇者一行だと耳にしたときは驚きましたよ。挙句に、勇者の乱心ときた」
「はぁ………………」
今度こそ、ヨミヤの足から力が抜ける。みっともなく馬車に座り込む。
「よかったぁ………」
どうやって剣崎が仕留めそこなったアベリアスから逃げ切れたのかは気になるが、とりあえずの杞憂は晴れた。
剣崎の件はあるが、残るは、自分が無事に帝都に戻るだけになった。
「―――どうやら、帝国側は勇者と、貴方が転移で飛ばされたことを公表していないようですね」
「………なんででしょうね。公表してみんなに周知してもらったほうが早く事が収まるのに………」
「ふーむ………………」
馬を上手に操りながら、ウラルーギは片手で自分の顎を撫でる。
「おそらく………ですが、此度の戦争で帝国は帝都前まで魔族の進軍を許してしまった。帝国民の不安は今、最も高まっています。――――――ゆえに、『勇者凱旋』というわかりやすく、希望に満ち溢れた情報で不安を払拭しようとしてるのでしょう」
国の動きなど、まったくわからないヨミヤであったが、なんとなく、ウラルーギの言葉には納得してしまった。
『勇者』として戦えるであろう剣崎と、自分はようするに後回しというわけだ。
「それはそうとして、ヨミヤ様。貴方のバッグの傍に、袋に詰められた荷物があるでしょう?」
ウラルーギはおもむろにそんなことを言い出す。
特に嫌がる理由もないヨミヤは、今朝、先に積んであった自分のバッグに目を向ける。すると、その隣に、確かに、麻袋にまとめられた荷物が目に入った。
「? これがどうしたんですか?」
「それ、差し上げます」
まさかの提案。普通の人間なら、ここで受け取るだろう。しかし、
「え? いや、いいですよ」
残念ながら、ヨミヤは日本人だった。謙虚さが美徳とされるお国柄の人間だった。
「あらら??」
この世界の人間なら、きっとこういった場面で断ることは少ないのだろう。まさかの拒否にウラルーギは、危うく馬車から落下しそうになる。
「だって、帝都まで送ってもらうのに………これ以上は悪いですって」
「………ヨミヤ様が大変謙虚であることは理解しました。――――――けれど、『馬車で帝都までヨミヤ様を送る』というのは、イル様が求めた見返り。私はあなた自身にはまだ何も返していないのです」
『はぁ………』と珍しくため息をつくウラルーギ。『受け取ってもらえないのなら、これから執拗にお礼を返しに行きます』なんて、真に迫った声でいうウラルーギにヨミヤは根負けした。
「………わかりました。さすがに追い掛け回されるのは勘弁してほしいので………ありがたく頂戴します」
そういうと、ヨミヤは、麻袋を持ち上げて、中身を確認した。
「これは………………本と………なんだこれ? 腕??」
「イル様より、ヨミヤ様は魔法がまだ二種類しか使えないと伺ったので、風の初級魔導書と………………これは、私の事情も絡んでくるのですが、現在、魔法都市で開発された『魔工義手』と呼ばれる魔工具です」
「魔導書はありがたいんですが………これって………?」
魔導書をバックにしまい、『魔工義手』と呼ばれた義手をヨミヤは凝視した。
「魔法都市では、現在魔道具よりも高次元の技術、『魔工具』が大いに注目を集めています。戦争の多い昨今、その技術の中でも、特にその魔工義手と呼ばれる、腕を無くした者専用の装備が推されているのですよ」
ウラルーギの話としては、実験段階であるその魔工義手の被験者を探すことを依頼として請け負っていたらしい。
そんな彼にとって、ヨミヤは格好の実験体だったらしい。
「戦時下での運用を想定された調整らしいので、耐久性・仕込まれている魔法の相性・使い心地などを、定期的に私か、各地に展開している私の商会『ネラガッタ商会』までご報告ください」
「………わかりましたけど、これ、どうやって使うんですか?」
「使い方は簡単ですよ。魔工義手の付け根を、切断面に押し付けるだけでいいそうです」
「へぇ………」
『素人にも簡単だ』なんて感想を抱きつつ、ヨミヤは言われた通りに、義手の付け根を、二の腕の半ばから無くした腕に押し付ける。
すると、義手は切断面に吸い付くようにくっつき、そこから円環の固定具を展開。まずは外れないような形に変形する。
そして、今度は義手より波紋のようなものが広がり、ヨミヤの身体を伝播する。
波紋が無事に収まると、今度はヨミヤの腕の長さと同じになるように義手自体の長さが変形し――――
「うわっ………………」
ヨミヤは、自身の右腕が動くことを確認し、初めて感動の声を上げた。
「………………ッ!!」
無くしてからずっと戦い続きで、マヒしていた脳が、喜びを伝える。自身の右腕が戻ってきたと、歓喜の感情を伝えてきた。
「………ありがとう、ウラルーギさん」
「ふふっ、その表情は確かに開発者に伝えておきますね」
こうして、馬車は進む。
この先にまつ悲劇など知らず、馬車は進む。
しかし、少年には確かに、この時間が必要だった。
閲覧いただきありがとうございます。
今日明日は夏コミですね。明日は一応行こうかなと思います。