追跡 ニ
『魔族領が目的地なら、間違いなく国境の町———『ヴェルン』に向かうわね』
ものの一日で『転移魔法』を習得してしまったハーディは転移術式をまとめた自分の魔導書を指先で回しながら呟く。
『ヴェルン………ここからどのくらい離れた町なんですか?』
柳眉を困ったように下げながらアサヒが尋ねると、ハーディは魔導書を宙に放り投げながら答える。
『歩いて二か月。―――ヒカリ君のダッシュなら………一週間くらいかしらね?』
『………現実的じゃない』
エクセルの件にヨミヤが関わっているとなれば、悠長に旅をして、ゆっくりとエクセルをさぐる時間は無い。
ハーディの口にした言葉を、苦虫を噛みつぶしたように否定するヒカリ。
『ま、安心して頂戴』
放り投げた魔導書を華麗にキャッチしたハーディは、それを腰のホルダーに仕舞う。
『『ヴェルン』になら———転移できるわ』
エイグリッヒが発案した『転移魔法』は特定の地点に術式を描き、魔法発動時にその術式目掛けて飛ぶことで成立する魔法。
発案者のエイグリッヒ曰く、『目標物となるもの』を明確に術式に入れこまなければ、次元の狭間に閉じ込められて帰って来れなくなるらしい。
「さ、ついたわよ」
エルフの魔法使いは、この『目標物』を自身の『記憶』に紐づけた。
「セーカも規格外と思ったけど………」
「この人は、まさしく『常識の埒外』だな」
結果、『自身の行ったことのある場所に飛ぶ』という、まるでゲームのような現象を起こしてしまったのだ。
「いやぁ………久々に来たわねヴェルン」
検閲を抜けて、背を伸ばすハーディ。
『エルフ』という種族のせいで少し揉めてしまったが、ヒカリのおかげで無事に町に入ることが出来たのだ。
「それで………これからどうするの?」
ポキポキと背中を鳴らすハーディを他所に、アサヒは力なくヒカリに問いかける。
そんなアサヒの様子に気が付かないまま、ヒカリは真っすぐとある建物へ目を向けた。
「まずは『騎士団支部』へ向かう。―――情報収集だ」
※ ※ ※
騎士団支部。
ヴェルンの騎士団支部は魔族領に近い門の近くにある。
無骨で堅牢な石の塔だ。
「いやぁ、よくお越しくださいました勇者様」
その塔の二階。応接間にて精悍な男―――支部団長ダンがヒカリ達に対応してくれた。
ちなみに、ヒカリ達のことを召喚された勇者だと知らなかった守衛の騎士は、中々ヒカリ達を支部内に入れてくれなかった。
故に、皇帝より預かった任務書の印を見せることで、なんとか支部団長のダンを引き出すことが出来たのだ。
「それで、なぜこのような領土の端まで?」
「………」
見た目は精悍でさわやかな印象を受けるダン。
ヒカリは、その瞳の奥を少しだけ覗く。
「―――――――いやぁ」
その上で、
「陛下より近衛騎士団長エクセルに伝令があるようで………この付近で任務に従事してると聞いて来たんですよ」
嘘をついた。
「………」
「………」
ハーディは、その嘘に一切反応しない。一人遠くの窓を見つめるのみだ。
対して、アサヒは少しだけヒカリへ視線を送るが………すぐに視線をダンへ戻す。
「………そう、なのですね。―――ですが、エクセル団長はこちらにいらしていません。付近の町にいらっしゃるのでは?」
その視線は、ヒカリ達に紅茶を出そうとしているせいか、一向にこちらを向く気配がない。
「………そうですか」
ヒカリはそんなダンの様子をみつめながら、短く返答する。
「ここから東の町で魔族の出現があったようですので、そちらに居る可能性が高いかと………」
ダンは自身の見解も交え、東の方角にある窓へ目線を動かす。
———………どうするか
そこまで話を聞き、ヒカリは考え込む。
———十中八九、ダンの言っていることはウソだ。
ヒカリは知っている。
『嘘を秘めている人間』の雰囲気を。
自身が『好意』を隠して生き続けてきたから。
自分が『殺意』を偽ったことがあるから。
そうゆう人間の纏う雰囲気に敏感だった。
「………」
正直、問い詰めるのは簡単だ。
今のヒカリの実力は、そこら辺の騎士に後れを取ることなどありえないレベルだから、瞬きの間に目の前の騎士を制圧できるだろう。
———けど、一応『勇者』っていう立場だからなぁ………
だが、皇帝直々の任務でこの場に来ている身で、安易な武力行使も考えものである。
そんな葛藤にヒカリが苛まれていると、
「時間がないの」「時間がないのよ」
抜剣したアサヒが、不意打ちでダンに飛び掛かる。
「ぬおッ」
ソファをひっくり返し、転倒するダンとアサヒ。
「小娘っ………何を………!!」
『身体強化』の差で直ぐにアサヒを押し返そうとするダンだが———
「氷結」
凍結の魔法がダンの両手を凍てつかせ———彼の腕を地面に固定してしまう。
「追加よぉ」
氷結の魔法を行使したハーディは、そのまま魔法を行使し続けて、やがてダンの身体を顔以外凍らせてしまった。
「………ウソ、ついてますよね」
アサヒは、そんなダンの首元に刃を軽く触れさせる。
「う、ウソなどッ………!!」
まさしく指一本動かせないは、目を血走らせながら必死に口を開くが、そんなダンをアサヒは冷たく見下ろしている。
「私、知ってるんですよ。―――嘘をつく人のあの独特の雰囲気」
アサヒは、驚くほど無感情な声で言葉を零すアサヒは、チラリとヒカリを見て―――すぐに視線をダンへ戻す。
「………」
アサヒの漏らした言葉に、胸を締め付けられるような錯覚に陥るヒカリ。
「アタシ達ぃ………ヨミヤ君の所に行かなきゃいけないんだよねぇー………」
『火球』と唱えたハーディは、巨大な火の玉を浮かべて―――ダンの顔の真横へ持っていく。
そして、一層声のトーンを下げたハーディは小さく呟く。
「嘘はつかないほうがいい。―――黒焦げになりたくなければな」
「く、クソ………お前ら………!!」
先ほどの精悍さはどこ行ったのか………ダンは醜い程顔を歪めてハーディ達を睨みつけている。
「………」
先ほどから沈黙を保っていたヒカリは、そこでやっと、立ち上がる。
———………そうだったな。『時間がないんだ』………体裁を気にしている暇はない
「俺らは、皇帝から『近衛騎士団長エクセル・ラークの裏切り行為について』調査をしている。―――何かを知っているなら、さっさと言え」
「クソが………どっちが嘘つきだ………ペテン師勇者がっ………」
「そうだなぁ………俺は『噓つき』さ。『勇者』なんてガラじゃない。―――本当はそんな資格もない」
自虐的な言葉を漏らすヒカリに、決してアサヒは目を合わせない。―――それでもヒカリは少しだけ視線をアサヒに向ける。
「さて、エクセルはどこに居る?」
「っ………」
ダンに反応がある。―――それは、目の前の男がエクセルについて何かしらの情報を持っている証左だ。
その時だった———
「おいお前ら何をやっている!!?」
争う音や、魔法の音を聞きつけて他の騎士が部屋に乗り込んできた。
「おいお前ら!! こいつら『勇者』を捉えろ!!」
「………?」
『面倒くさい』という感情が湧きあがるヒカリだったが、ダンの言った言葉が引っかかり首を傾げる。
———『勇者』と認めた上で………捕まえる?
しかし、皇帝の印が押された任務書を見せれば、とりあえず争いを避けられると考えたヒカリは、再び任務書を先頭の騎士に見せようとして………
「死ねぇ『勇者』!!」
問答無用で斬りかかってきた。
「………」
その一閃を軽く回避するヒカリ。―――しかし、皇帝の任務書は真っ二つにされてしまう。
「………なるほど皇帝直々の任務を受けた『勇者』を害するってことは———」
総勢十名以上。―――広く作られている応接室が狭く感じるほどの人数が、一様にヒカリを睨みつけていた。
「全員グルか」
その光景が指し示すのは、『この支部全員がエクセルの配下』という事実だ。
「オーケー………上等だ」
ヒカリは、ポキポキと指を鳴らし―――立ちはだかる騎士達を睨み返す。
「手を貸したほうがいいかしら?」
「平気ですよ。―――真道をお願いします」
剣を構える騎士達に、ヒカリは鞘から剣を抜くことなく———ファイティングポーズをとる。
「―――来いよ。『勇者』様のお通りだぞ」
そうして、『勇者』と自嘲する少年は獰猛に笑った。
閲覧いただきありがとうございます。
なんだか想像より忙しくなって投稿する暇がありませんでした。
すいません。




