追跡
「………………行く」
帝宮・アサヒの部屋。
以前、ヒカリを殺しかけたバルコニーで、同じ月を見上げながらアサヒはヒカリの話———近衛騎士団団長エクセル・ラークの追跡の話に乗った。
「ヨミを………守らなきゃ………」
「………ホント、なんでこう厄介事に巻き込まれるんだアイツは」
「………結局、前回の『メイドさん攫った話』も、無理やり私達が誤魔化したしね」
今回も騒動の中心にいそうな少年に、それぞれ想いを馳せる。
「―――それで、いつ出発? なるべく早く行きたいけど………」
アサヒは、すっかり表情の少なくなった顔で月を見上げながら———話を進める。
一方のヒカリも、憎たらしく光を伝える月を見つめながら呟くように口を開く。
「明日の明朝。―――まずは『メフェリト』に向かう」
※ ※ ※
「ムフフ………いいのぉ~? 大人しくしないと………あげないぞぉー………?」
「やめっ………やめて………私にはっ、心に決めた人が………」
「いいじゃない………? アタシが忘れさせてア・ゲ・ル」
『メフェリト』の賢者の塔の残骸がある広場。
「「………………………」」
その仮設住宅の扉を開けたヒカリとアサヒは、ハーディと茶羽が、囁き合いながら床で絡まっている場面に出くわした。
「ぁ………」
少しだけ頬を上気させた茶羽は、感情を失った目で見つめてくる二人に気が付いて———
「失礼しましたー」
「………出直すわ」
「待ってッッッッッッ!!!!!!」
全力で二人を引き留めた。
「………つまり、勇者召喚の術式解読の為に協力をお願いしたら、転移魔法の術式について、『もっと詳しく教えてくれたら協力する』と交換条件を出された………と」
ブンブンと今にも首が取れてしまいそうな勢いで頷く茶羽に、ヒカリもアサヒも納得するしかない。
「いやね? セイカちゃんに前に術式を教えて貰っときは状況が状況だったから、ホントに転移魔法の触りしか聞き出せなかったのよぉ」
「いや、でも………転移魔法は帝国の管理する魔法で———」
「いいじゃないのぉ! だって魔族の強い人に干渉されちゃったって話じゃない!」
どこからともなく『転移魔法への干渉』なんてあまり大声で言えない話を引き合いに出すハーディ。
「ハーディさん………一応、そうゆうことは大きい声で言わないでください」
「あら、ごめんなさいねぇー」
エルフの気ままな女性は、アサヒに『しっー』とジェスチャーされて、呑気に笑って見せる。
「でもでも、実際に『そうゆうこと』なら、転移魔法も『術式解析成功』で喜んでる場合じゃないんじゃなぁい?」
「ま、まぁ………そうですが………」
エイグリッヒの死により、帝国の魔法技術は衰退した。―――いくらエイグリッヒの魔法を解析できたとしても、それは『マイナス』を『ゼロ』に戻しただけ。
―――技術的には何も進歩してないのだ。
「それにぃ………私のお願いを聞いてくれればぁ………『勇者召喚』と『転移魔法』一気に二つの技術の解析が進むわよぉ?」
「で、でもぉ………」
ちなみに、秘密保持の契約を、茶羽はザバルやフェリアと結んでいる(二人は茶羽を信用してか、魔法による契約を一切しなかった)。
故に、一人では判断がつかず―――まるで親に置いて行かれた雛鳥のように情けない声を出している。
「………これは時間がかかりそうねぇ?」
そんな茶羽を面白そうに見下ろしながら、今度はヒカリとアサヒへ視線を移した。
「それで、アサヒちゃんとヒカリ君はどうしたのかしら? 珍しいじゃない?」
「………それが、茶羽にちょっとお願いがあって来たんですよ」
本来の目的を伏せて、ヒカリは茶羽を一度借りてもいいかと尋ねる。
「そうねぇ、このままだと答えも———」
「なぁにアサちゃんに剣崎君? 今ならなぁんでも聞いちゃうよ!!」
ヒカリの言葉にハーディが答えきる前に、テンション高めの茶羽が二人の背中を押して部屋の外に出る。
「お、おい………」
「いいのセーカ?」
「いいのいいの全然!」
『あっ、逃げた!』というハーディの声を無視して。
茶羽は扉を閉めて、『はぁ………』と盛大にため息をつく。
「………………あんなに魔法知識に貪欲な人だと思わなかった」
「は、はは………」
『大誤算』とでも言いたげにやつれた顔でつぶやく茶羽に、ヒカリは空笑いしか返せない。
やがて茶羽はピシャリと自分の頬を叩くと、顔をあげてヒカリとアサヒへ顔を上げた。
「それで、二人はどうしたの? てっきり私は陛下の任務とか訓練とかで忙しいかと思ってたけど」
「ん~………まぁ、その『陛下の任務』がらみだ」
事情について、どこまで話して、どこまで伏せておくか悩むヒカリ。
なのだが、
「お願い力を貸してセーカ。―――ヨミが危ないかもしれないの」
「………へ?」
ヒカリの考えなど無視して、短くそう茶羽にお願いするアサヒ。
「………」
ヒカリは状況を理解できていない茶羽の顔を見て、『全部話すしかない』と腹を括った。
「実はな———」
そうして、茶羽に全てを話すヒカリ。
最初はエイグリッヒと肩を並べて近衛騎士団の団長が『帝国を裏切った可能性がある』と聞いて青ざめた顔をしていた。
しかし、ヨミヤがそのエクセルに狙われている可能性が浮上すると、次第にその表情を険しくする。
「というわけで事態は一刻を争う。―――エイグリッヒさんの残した転移魔法で、魔族領に一番近い町に飛ばしてほしい」
「なるほど」
顎に手を当てる茶羽はゆっくりと口を開く。
「―――エイグリッヒさんの残した転移魔法は現状、私しか使えないと思う」
曰く、ヒカリに教えた転移魔法は、目的地が術式を持つ『人』であるため、行使しやすかったのだとか。
しかし、エイグリッヒの残した転移魔法は、目的地が術式の刻まれた『土地』である。そのため、ヒカリの使った転移魔法よりも難度が高いそう。
「だから、帰りのことを考えると私の同行も必須になる」
そこで、茶羽は一度口を閉ざして———
「けど———」
やがて言いづらそうに言葉を続けた。
「エイグリッヒさんと肩を並べた人と———もしも戦闘になれば………私はきっと足手まといになると思う」
「茶羽………そんなことは———」
彼女の言葉をヒカリが否定しようとして、
「ううん。………そんなこと、あるんだよ」
茶羽は無理やり自身の言葉をヒカリに言い聞かせて―――アサヒに視線を移す。
「アサちゃんには『回復魔法』がある。―――それは何物にも代えがたいこと。だから、この任務にアサちゃんが行く意味は………確かにある」
「セーカ………」
顔を伏せて俯く茶羽。
その顔は、アサヒにも身に覚えのあるものだった。
「………」
すなわち、『無力な自分自身を呪う』。
その想いは、彼女が勇者召喚を解析する『目的』を考えれば、察するにあまりある感情だろう。
その瞬間。
「ならアタシが行く」
予想外の乱入者———ハーディが、頭上から、顔を逆さまにして現れた。
「ぎゃあッ!!?」
女の子にあるまじき叫び声をあげる茶羽に、ケタケタ笑いながらハーディは魔法を解除して頭上から降りてくる。
「まさかハーディさん………………聞いてました?」
恐る恐る尋ねるヒカリに、ハーディは勢いよく親指をあげて、
「魔法でバッチリ!」
「マホウッテスゲ~………」
まさかの部外者に任務の内容を知られてヒカリは卒倒しそうになった。
「………でも、ハーディさん、転移魔法………使えないですよね?」
「『遠方に飛ぶ』用の転移魔法はね」
杖を地面につき、ハーディは腰を抜かした茶羽に身体を向ける。
「アタシに転移魔法を教えてくれるなら………エイグリッヒの師として、このハーディ・ペルションが協力してあげる。―――どうかしら?」
「ハーディさん………」
長い時を生きるエルフを………茶羽は見上げる。―――己の無力を心の中で見つめて。
「………」
茶羽の………彼女の目的は、『みんなで現実世界に帰ること』。
己の目的と、無力を見つめて―――
「………お願い………します———!!」
交流の少なかった級友のために———この世界で共に藻掻く仲間として、茶羽はこの日、初めて約束を破った。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、茶羽さんもハーディさんの魔法知識の豊富さを知ってたので、『知識欲が満たされる』と若干興奮してた………かもしれませんが、詳しいことは皆さんのご想像にお任せします。




