魔境大雪山ヘイム・ヨヴル ロク
「モーカンさん、ヴェール!! 絶対に離れないで!!」
「わ、分かった!!」
ヨミヤの言葉に、引きつった声で返答するモーカンと、顔を青くして必死に頷くヴェール。
既にヘイム・ヨヴルに入って二時間。
この雪山は、北に行くにつれて緩やかに平地になっていく地形である。ヨミヤ達は一度、標高の低い『北西の山頂』を経由し、そこから下って魔族領に入る予定だった。
だが、現在———折り返し地点である『北西の山頂』を超えられていない。
「火球ッ!!!」
理由は単純。
魔獣との遭遇率が多いからだ。
実際に、今もヨミヤとイルはヘイム・ヨヴルの大熊『ユーレット』の群れと激戦を繰り広げている。
———見た目はただの白熊だけど………強すぎる!!
ヨミヤの熱線で腹部に穴が開いたはずの大熊『ユーレット』は、その六メートルはある巨体を異常なスピードで走らせて、少年に肉薄してくる。
———というか、タフすぎる!!
眼前で巨大な爪を振り下ろしてくるユーレットの一撃を、真横にステップを踏むことで回避したヨミヤは、ユーレットの右目に向かって思い切り剣を突き刺す。
『ギュァァァァァァァァァァァァァッ!!』
「うわッ———」
獣特有の腹の奥底を揺らす絶叫と共に、ユーレットは大きく身をよじる。―——それだけで遥かに体格の小さいヨミヤは上空に吹き飛ばされる。
「ッ! 障壁武器:斧ッ!!」
剣がユーレットに突き刺さったままのヨミヤは、上空で体勢を立て直し、落下に合わせて斧の結界武器を作り出す。
「うぉぉォォォォッ!!」
そして、断頭の一撃。
文字通り、首を両断されたユーレットはやっとその巨体を雪の大地に沈めた。
「はぁ………はぁ………はぁ………」
「まだだヨミヤ!! アネキがまだ戦ってる!!」
クロスボウで遠距離からイルを援護しているモーカンは、ヨミヤに必死に叫ぶ。
「っ………了解!!」
何連戦目とも知れない戦いの中で、疲労感に息を切らすヨミヤは―――それでもイルの元へ走り出した。
「ヨミヤ………」
少女は、そんな少年を心配そうに見つめていた。
※ ※ ※
「………イルさん………ここは………?」
「あぁ………折り返し地点だ」
ヨミヤも、モーカンも、ヴェールも、全員が息を切らす中、一行は『北西の山頂』へたどり着く。
一応、山頂ということもあり、透き通った青空と白のコントラストが見ごたえのある景色が広がっているが、この場において、景色を楽しむ余裕がある者など、一人もいなかった。
ちなみに、一行が居る地点から南の方角へ目を向ければ、遥かに高い、『本来のヘイム・ヨヴル』とでも呼べる山頂が微かに見上げることが出来る。
「………行きましょうイルさん」
「………だな。―――だが、一度休憩できる場所を探そう」
ヨミヤの言葉に頷いたイルは、少しだけ言葉を付けくわえて―――再び歩き出す。
誰も、その決定に異を唱える者は居ない。
―――その時だった。
「ぐァッ………!!?」
突如としてヨミヤが上空に連れ去られたのは。
「ヨミヤッ!?」
悲鳴のような声で少年の名を呼ぶイル。
「お母さんアレっ!!」
ヴェールが指さす方角に、すぐに目を向ければ、ヨミヤが一体の魔獣に連れ攫われたのが確認できる。
「アイツは………!」
風の大鷲『レェ・ルグ』。
ヘイム・ヨヴルに見える生物に上空から襲い掛かる魔獣だ。
「クッソ………!!」
現実のワシをそのまま大きく、真っ白にしたような見た目で、特徴的なのはその真っ赤なクチバシ。
獲物を食い散らかして血に濡れたようなクチバシは、『時折人里に降りて来て人間を喰らう』という事実から、『暴食のクチバシ』とも恐れらる。
そんなレェ・ルグに肩口を掴まれたヨミヤは、不安定な態勢から剣を抜くことも出来ず必死に空中で藻掻く。
「はな………せっ………!!」
肩にレェ・ルグのかぎ爪が突き刺さり、容易には抜けない。
故に、ヨミヤは爪を出した黒腕でレェ・ルグの足を握りつぶした。
『ギュァァァァァァァァァ!!』
握りつぶされた痛みに、ヨミヤを拘束する力が弱まる。
その瞬間をヨミヤは見逃さない。
「ㇵァァァァァァァァァ!!!」
握りつぶしたレェ・ルグの足を持ったまま、ヨミヤは落下を開始する。
地上まで十メートルほど。
少年は、着地の直前に、レェ・ルグの身体を振り回し―――そのまま地面に叩きつけた。
『キュアァァァ………』
全ての力が乗った一撃で、そのまま白の大鷲は絶命する。
「ヨミヤっ!?」
ヨミヤが疲れたように地面に寝転ぶと、すぐにイル達が駆けつける。
「ヨミヤ………ケガが………」
「大丈夫だよヴェール。―――大したことないから回復魔法を使うまでもない」
心配そうにヨミヤの顔を覗きこむヴェールに微笑みながら、ヨミヤはヴェールの頭をゆっくり撫でる。
「待ってろ。すぐに止血する」
回復魔法を使えるヨミヤが魔法を行使する気がないことを悟ったイルは、すぐにモーカンのリュックから包帯を取り出し―――手早く止血を開始した。
「すいませんイルさん、足を引っ張ってしまって」
「バカいうんじゃない。―――無事で安心したよ」
手早いイルの治療が終わると、すぐにヨミヤは動けるようになる。
「さぁ、急ごう。―――さっさとここを抜けて、ヨミヤに回復魔法を使ってもらわないとな?」
「うん………私、頑張るから………急ごう」
先ほどまで疲労の色を見せていたヴェールの顔は、いつの間にか前を向いていた。
その時―——
『グォォォォォォォォォォォオォォォッ!!』
ヨミヤ達の後方からユーレットの方向が上がる。
「………無粋な奴らだ」
「ですね」
イルとヨミヤはお互いに疲れた顔を見合わせ———抜剣して振り向く。
そこには十頭ほどの大熊の姿見えた。そして―――
『ギュァァァァァァァァァァッ!!』
今度は三頭のレェ・ルグが現れる。
先ほどの一頭の仲間だろうか。
「「………」」
イルとヨミヤの顔に、既に表情はない。
最悪の三つ巴が出来上がる。
『グァァァァァッ!!』
そのとき、群れの先頭にいたユーレットが真っすぐにイルとヨミヤに向かってくる。
「………」
身構える二人は———目撃した。
「やぁぁぁぁぁぁぁぁぁと見つけたぞ」
「―――ふざけるな」
上空から、ユーレットの頭部に剣を突き刺しながら着地してきた男を。
「………ここはヘイム・ヨヴルだぞ」
「まぁ、噂に聞く『魔境』ってのも、大したことないってだけの話だろ」
大熊の頭から剣を引き抜き、肩に担ぐ男―――エクセルは何ともないように告げる。
「………化け物め」
「おいおいおい、流石の俺も『人間じゃねぇ』ヤツに言われるとは心外だぜ?」
おどけたように宣うエクセルはわざとらしく両手を広げている。
「お前っ………!」
その言葉に、ヨミヤの剣を握る力が強くなる。―――そんな少年に目に目をむけたエクセルは、獰猛に笑って見せる。
「まぁ………魔獣共が居るみたいだが———さっさとおっぱじめようぜ?」
「望むところだクソ野郎………」
閲覧いただきありがとうございます。
ヨミヤ達が通っているヘイム・ヨヴルのルートは難易度的にはイージーですね。
本当に一番高い山頂に行こうとすれば、かなり過酷です。