魔境大雪山ヘイム・ヨヴル ゴ
「走れ走れっ!!」
ヘイム・ヨヴルの麓。その大樹海の中で、ヨミヤ達は走る。
「あ、アネキ!! 本当に入るんすか!?」
「当たり前だ!! こうなった以上はココを通るしかあるまい!!」
木々の間を、枝を折りながら走り続けるモーカン。
イルも幼いヴェールの手を引きながらモーカンに続く。が———
「あうっ………」
「ヴェールっ!?」
足がもつれたヴェールは勢いよく地面に転げてしまう。
急いでイルは戻り、ヴェールを抱えようとする。
「大丈夫! イルさんは走ってください!!」
しかし、後ろから追いついたヨミヤがヴェールを横抱きにして走り始める。
「すまないヨミヤ!!」
ヨミヤがヴェールを抱えたのを見て少しだけ安堵の表情を浮かべるイルは、再び前を向く。
「あ、ありがとうヨミヤ」
「大丈夫だよヴェール。―――気にしないで」
そうして走り続け、やがて―――
「うわっ—――」
眼前に、目を覆いたくなるほど光を乱反射する白の大地が現れる。
「………」
何の混じりけのない白と、すがすがしい程の青空。
まるで違う世界にでも飛び込んでしまったのかと、ヨミヤは言葉を失う。
「うわぁぁ…………!」
腕の中のヴェールも、その雄大すぎる景色に声を上げている。
「見とれてる暇はないぞ」
モーカンの背負っているリュックから全員分の上着を取り出したイルは、呆けているヨミヤとヴェールにそれらを投げ渡す。
「ここからは魔獣の巣窟だ。少しの油断も出来ない。―――それに、あの男が追ってこないとも限らない」
自身も白の上着を羽織りながら、手早く支度を済ませるイル。
「………はい」
ヴェールを下したヨミヤは、黒いロングコートを羽織る。
ヴェールはイルに呼ばれ、羽織った上着を整えられている。
「ここからは北西に進む。―――何もなければ二時間程度で山を越えられるはずだ」
現在地は山の端。
ヨミヤ達の居るところから南西に進めば、ヘイム・ヨヴルの頂上を目指すことが出来るが、今回の目的はあくまで『魔族領への到達』であるため、標高が一番低い所を一度目指し、そこから魔族領へ降りていく。
「ヨミヤ、ここからは十分おきに探知の魔法を使うんだ」
「………もっと短い間隔じゃなくていいんですか?」
魔獣の襲撃を警戒しての提案なのだろう。
しかし、未知数の領域に挑むのなら、もっと相手の位置を探るべきだと―――言外にそう主張するヨミヤ。
「『予定』で二時間なだけで、十中八九それ以上かかる。―――いくら消費魔力の少ない探知の魔法だろうと、何度も使えば疲弊するだろう」
ヨミヤは戦闘に魔法を使う。
そして、今のイルの言葉を考慮すれば、魔力の消費はきっとヨミヤの想像以上だろう。
「………そうですね。了解しました」
『領域』があれば、消費魔力を軽減してくれるのだが———あいにく今のヨミヤにはないものねだりだ。
イルの思慮深さに感謝しながら、ヨミヤは進路を見据える。
「さぁ………急ぐぞ———嫌な予感がするからな」
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