魔境大雪山ヘイム・ヨヴル サン
国境付近の町から南に八キロ地点。
ヘイム・ヨヴルの麓に広がる樹海の入り口を、進むヨミヤ達。
ヨミヤとイルは常に抜剣した状態で歩いており、モーカンは、新しく作ったクロスボウを片手に装備している。
「………モーカン、その武器なぁに?」
緊張感が漂うなか、疑問に思ったことを止められなかったヴェールがこっそりモーカンにクロスボウのことを囁く。
「ん? あぁ………ヨミヤに素材集めるの手伝ってもらって作ったクロスボウだよ。木材やら、魔獣の素材を使って作ったもんだな」
「いつの間に作ったんだね」
「まぁ、俺が見張りの時にちょこちょこ作ってたもんだからな」
モーカンの手先の器用さに感心するヴェール。―――モーカンも、少女の反応に少しだけ誇らしげだ。
「弓の才能も乏しかったお前にはちょうどいいかもな」
そんなモーカンに、目の前で歩いているイルは相変わらず警戒をしながら言葉を飛ばす。
「そうっすねぇ………全然当たんねっすもん」
「だが、前回あのイカレ男に襲われた時は———助かったぞ」
少し笑みを見せてモーカンに視線を送るイル。
「へへ………あの時はちゃんと狙えてよかったっす」
刹那―――
「戦闘準備」
少し弛緩した空気の中、突如としてヨミヤが臨戦態勢を取り、町方面へ視線を送る。
「イルさん………騎士団です」
「………」
ヨミヤの言葉に、イルもすぐに町の方角へ目を向ける。
モーカンは、まさか騎士団が来るとは思わず、先ほどとは打って変わり、表情を強張らせながら、ヴェールの前に立つ。
「数は………十名ほど。―――既にこちらを補足してるみたいです」
「なんでだ………!? なんでよりにもよってこのタイミングで………補足される!? 騎士団は俺らのこと知らねぇはずだろ!?」
取り乱すモーカン。
だが、
———言っていることは正しい。
ヨミヤは思考した。
———以前の騎士団の襲撃といい、今回のタイミングの良すぎる騎士団の登場といい………不自然すぎる。
『ヨミヤが指名手配されてる』だとか、『イルとヴェールが魔族であることがバレた』だとか、理由はいくらでも考えられるが―――どこか『違和感』がある。
———何か裏があるはず………
「相手は既に剣を抜いている。………油断するなよヨミヤ」
そこまで考えてから、イルの言葉に我に返る。
「………話し合いの余地は———なさそうですね」
能力を封印されてから初めての対人戦に、口元を強く引き結びながらヨミヤは剣を向ける。
そして―――
「………一応警告しておこう。抵抗すれば命の保証はない」
リーダー各と思わしき騎士が開口一番、降伏するように吐き捨てる。
「こちらも一応聞いておきます。―――なぜ捕まらないといけないのですか?」
「そこの女二人………そいつらが魔族だからだ。それに、この緊張化の中、無断で国境を向けるのは犯罪である」
「………」
騎士の言うことは、一応間違ってはいなさそうだった。
―――イルとヴェールが魔族である情報が、どこから伝わったのか気にはなりはしたが。
———聞いても無駄だろうな。
「………」
無言で騎士達を睨むイルを横目で確認したヨミヤは、再び騎士に厳しい目を向ける。
「………残念ですが、こちらに投降する気はありません」
「そうか。ならば———かかれ」
リーダー格の言葉に、残りの九人の騎士が一気にかかる。
「私の手が空いたらそっちに手を貸す。―――死なないように立ち回るんだぞ」
「………はい!」
その言葉を皮切りに、イルも動き出す。
「―――フッ!!」
短剣が高速で空を斬ると、水の刃が形成され———一直線に騎士達に飛んでいく。
「はぁッ!!」
騎士達が水刃を回避しようと左右に捌けると、その片方に超速で接近。
高速の剣戟線が始まる。
「あっちはいい!! 俺達はこっちをやるぞッ!!」
すると、イルの襲撃を逃れた騎士達がヨミヤ向かってくる。
数は三人。
———ビビるな………
「全高正」
ヨミヤは冷静に、剣に刻んであったルーン文字をなぞり、強化魔法を行使する。
以前『ウーズ・ブレイク』の中に潜行したときに、ハーディにもらった魔廻石に刻んであった魔法を改良した身体強化魔法。
防御力を超強化する岩山傾きし身体と比べ、強化率はかなり劣るが、身体操作に関わる全ての能力を強化する魔法だ。
「だぁぁぁぁぁぁッ!!」
身体強化で己を高め、ヨミヤは騎士の騎士に突っ込む。
飛び上がり、上段からの振り下ろし。
相手の騎士は、冷静にヨミヤの剣を受け止め———鍔迫り合いが発生する。
「隙だらけだッ!!」
「挟むぞ!!」
後ろから続く騎士が肉薄。ヨミヤの不利な立ち位置へ移動しようとする。
「風弾!!」
以前の戦闘スタイルで、常に周囲を見ながら戦っていたヨミヤは、後続の騎士の動きを見逃さない。
前方にしか出せない風の弾丸を行使。
「「ぐァ………!!」」
魔力を込められた風の弾丸は、左右に分かれる前の騎士達をまとめて吹き飛ばす。
「チッ………———ㇵァァァァァァァッ!!」
「くッ………」
その光景を見た鍔迫り合いをしていた騎士は、ヨミヤを無理やり弾き飛ばし、態勢を崩したヨミヤへ再び斬りかかる。
「っ………火球!!」
剣に刻まれたルーン文字から、熱線を唱え———高速の一線が騎士の肩を貫通する。
「―――ッ!!」
痛みで後退しながらたたらを踏む騎士。
ヨミヤは好機を見出し、魔導書を携えて突貫。魔導書のページがひとりでにパラパラと捲れ———とあるページを示す。
ヨミヤは、横目でそのページのルーン文字を確認し―――魔法名を叫ぶ。
「障壁武器:槌」
次の瞬間、ヨミヤの右手に結界で形作られたメイスが現れる。
「くっ………そぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
見たこともない魔法を唱えられた騎士は、ヤケクソ気味に袈裟斬りを放つ。
だが、ヨミヤは、その剣を自分の剣で弾く。そして、騎士の顔面にメイスを叩きこむ。
「がッ———!!?」
———まだだっ!!
形が崩れるメイスを手放し、ヨミヤは残りの二人へ肉薄する。
「強い………!!」
「息合わせろ!!」
残りの騎士達は、衝撃から立ち直ると、再びヨミヤへ向かう。
「ハァッ!!」
まずは一人の騎士と打ち合うヨミヤ。
しかし、今度は、右の黒腕で空いている騎士の胸に拳を打ち込む。
「ぐぁ………!」
「まだだぞッ!!」
時間差で斬り込もうとした騎士の剣に、身体を捻りながら剣で対応するヨミヤ。そして、
「風圧!!」
「くっ………!?」
風を発生させる魔法で、不意打ちのように騎士の態勢を崩す。
代わりに、自身も反動で後方に大きく飛ぶヨミヤ。
「障壁武器:槍!!」
しかし、空中で結界槍を作り出したヨミヤは、不安定な態勢のまま槍を投擲。
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
今しがた剣を交わした騎士の足元に槍が命中。
激痛に騎士はしゃがみ込む。
———今だッ!!
着地すると同時に、ヨミヤは一気に騎士に接近。
「がッ………?!」
その側頭部に黒腕の拳を打ち込み、意識を刈り取る。
「この………野郎ォォォォォォォォォ!!」
仲間をやられたことに逆上した残りの騎士が、ヨミヤへ向けて突貫。
「っ———!!」
ヨミヤは、振りかざされる剣に恐怖しながら、全力で相手の懐へもぐりこむ。
そして―――
「だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その胸元を黒腕で持ち上げて―――全力で地面に叩きつけた。
「ぐぁ—――!!!!」
背負い投げのような形で投げられた騎士は、人外の力で地面に叩きつけられ、いとも簡単に意識を手放した。
「ハッ………ハッ………ハッ………」
緊張で息が乱れる中、かすり傷一つないヨミヤは、密かにガッツポーズをしながら、イルへ意識を向けた。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、魔導書の術式から発動した魔法は古代の魔法です。
以前にハーディと習得しようとしてた魔法の一つですね。




