魔境大雪山ヘイム・ヨヴル イチ
「戦闘準備」
ヨミヤの魔法名の発音と共に、腰に差してあった剣と、鉄板仕様にされた魔導書が勝手に浮遊を始める。
「おぉ………すごいねヨミヤ! 本当に浮いた!」
それを見つめるのはヴェールとモーカンだ。
イルは少し先を歩きながら周囲の警戒をしてくれている。
「よく数日で術式を調整して………魔法を自分好みにしたな………」
「うん、まぁ、ルーン文字単体を扱う術式なら、この魔導書の魔法より全然いじるのは楽でしたよ」
ヨミヤは、自分の元に本を引き寄せ、中の『混合様式』で描かれた術式の羅列を遠い目で見つめる。
「それより、この魔導書の装丁ありがとうモーカンさん」
戦闘用に鉄の装丁を施してくれたのはモーカンだ。
「気にすんな。俺にはそれぐらいしか出来ないからな」
手先の器用なモーカンは、こうして度々旅の道具やそれぞれの身に着けている物の調整をしてくれるのだ。
「それよりヨミヤ………剣と本を浮かして———何をするの?」
今もフワフワとヨミヤの周囲を浮遊する剣と本を、不思議そうに見つめながら、ヴェールは疑問をヨミヤに投げかける。
少年は、そんな少女の疑問に、剣を手に取りながら答える。
「目的は、術式が正しく発動するかの確認だね。―――術式には浮遊の魔法と物体操作の術式を混ぜたものを使ってるから………しっかり発動するかを確認したかったんだ」
「ヨミヤ………」
少年は、既に仲間たちに変わらず『戦うこと』を伝えてある。
『領域』を失っても———それでも戦うのだと。
『戦闘準備』の魔法は、その第一歩だ。
「………」
ヨミヤの変わらない意志に、戦う力の持たないヴェールは目線を下げる。
そんな彼女の様子には気が付かないまま、ヨミヤは魔法を解除して、剣と本をしまう。
「ヨミヤ、お前が戦ってくれることは分かった。―――けど、以前のようにはいかないだろう」
そんなヨミヤへモーカンは言葉をかけた。
「………そうですね。悔しいけど………………その通りです。『術式を認知』、『イメージを高める』、『魔法名の発音』………この三つの手順が魔法発動に必要で………オレはこの手順を踏んでこなかったから、発動までに時間がかかる。―――以前のようには戦えません」
『領域』は『魔法をイメージする』だけで魔法の発動を可能にしていた。
それゆえ、普通の魔法使いが初心のころから訓練する『術式認知』、『イメージを高める』、『魔法名の発音』………この三つの手順を踏むのに、普通の魔法使いより時間がかかるのだ。
「俺も、戦えるわけじゃねぇが………サポートぐらいはできる。―――いや、できるようにした。だから、何かあったら言えよ」
「………わかりました。ありがとうございますモーカンさん」
「見えたぞ」
そんなとき、前方を歩くイルから、ヨミヤ達に声が掛けられた。
切立った崖の上から、眼下を望めば、一つの町が見える。
「イルさん、あそこって………」
「あぁ、国境に一番近い町だ。あそこを抜ければ———魔族領だ」
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、義手を使っていた時代から、時々普通の手順を使って魔法を使っていたことがあるので、ヨミヤ君は全く魔法が出来ないわけではないんです。




