帝国 二
『近衛騎士団団長エクセル・ラークに裏切りの疑惑が出ている。―――よって其方にはエクセルの追跡・および捕縛の任務を言い渡す』
『―――謹んで拝命致します』
『任務に同行する人間は自由に選別していい。が———できるだけ早期の任務遂行を目的としてほしい。よって、なるべく動きやすい少数精鋭で頼むぞ』
※ ※ ※
———と言われたものの………
謁見の間を離れたヒカリは、一人廊下で頭を抱えていた。
「タイガと加藤は別の任務中………茶羽は魔法の解析に取り掛かってるし………」
『近衛騎士団』の団長の噂は、ヒカリも聞いていた。
勇者が召喚される前は、帝宮魔導士筆頭のエイグリッヒと、双璧をなす帝国守護の要。
何度も魔族の侵攻を食い止め、第一階級の魔族を討伐———とまでは行かなくとも、何度も撃退している程の人物。
過去には、エイグリッヒと同じく『特殊強化魔獣』と呼ばれる強力な魔獣を討伐した経験もあるのだとか。
要するにかなり強いのだ。
よって、下手な人員を連れて行けば、戦闘になった際に守り切れない可能性が出てくる。
———勇者の中から誰かを連れて行くのが良いんだろうけど………
タイミングが悪く、タイガと加藤は不在。茶羽は勇者召喚の術式解析で忙しい。あとは———
「………………アサヒは———無理だよなぁ」
戦闘になった際に、回復魔法を使えるアサヒは心強いが、相手が相手なだけに不安は残る。
何より——————彼女自身がヒカリと共に任務に望むことを嫌がるだろう。
———皇帝からの任務だと言えば………ついてきてはくれるだろうけどなぁ
上の命令に嫌でもしっかり従うことのできるアサヒのことを考え———ヒカリはそれでも彼女の嫌がることをしたくないと首を振る。
「ヒカリ」
そんな時、少年の背中に聞き覚えのある声が掛けられる。
振り返れば、そこには、魔廻石を持て余すザバルが居た。
「ザバルさん………どうしたんですか?」
「近衛騎士団団長———エクセルの任務のことはもう聞いたか?」
「はい………ちょうど任務を言い渡されて、人員の選別に悩んでいた所です」
「………そうか」
そこまでヒカリの言葉を聞くと、ザバルは廊下の隅に寄って、『こっちにこい』とヒカリを誘導する。
「………?」
疑問に思うヒカリだったが、仕方なくザバルに従い自らもザバルの傍に寄る。
「………さっきエクセルの身辺を探らせていた密偵が持ってきた魔廻石だ」
それは、謁見の間で聞いた魔法と同じ。音の記憶———録音なのだろう。
「………聞かせてください」
エクセルに関係することならばと、ヒカリも目の色を変えて録音に聞き入る。
『おい』
『はい、なんでしょう?』
その声は、間違いなくエクセルのものだろう。―――しかし、後者の男の声に聞き覚えはない。
『帝国に召喚された勇者の中に一人———帝国から抜け出したガキが居たよな?』
『ええ、ハイ。―――何を隠そう、私が帝国が持ち帰った情報ですから』
『———そのガキの能力の詳細を教えろ』
『………正直思い出したくもないですが、お望みとあらば』
『早く話せ』
エクセルと会話している騎士は、ゆっくりと、帝都での戦いを語り始める。
『帝国から抜け出した勇者の名はセンマ・ヨミヤ。―――彼は『魔法をあらゆる場所から放つ』能力を使い、帝都で暴れ回りました」
『………理由は?』
『なんでも、先の『帝都前決戦』で敵に遠方まで転移させられてしまい、そこで勇者ケンザキ・ヒカリに裏切られたとのことです』
『つーことは………』
『えぇ、動機は『報復』でしょう。―――現に、勇者ヒカリ以外に重傷者は居なかったようなので』
『………っていうか、『ヒカリ』とかいうガキは死んでねぇのな』
『はい、止めを刺す前に帝都から逃亡したようです』
『ハッ、なんて中途半端なガキだよ!』
男の侮蔑の笑いが響く。
『まぁ、いい。―――わかった、あのガキは厄介な力を持ってるわけだ』
『えぇ………何か策でも?』
『まぁ、な? ―――力に酔ってるガキに現実見せるだけさ』
録音はそこで途切れる。
「………ザバルさん」
「あぁ………理由はわからんが、エクセルはヨミヤを狙ってやがる。―――お前がどう思ってるかはわからんが………任務に行く前にとりあえず耳に入れておこうと思ってな」
「でもなんでアイツが狙われるんですか………?」
当然の疑問。しかし、ザバルから帰ってくるのは首を横に振るリアクションのみ。
「さっきも言ったが、アイツの目的は不明だ。―――だが、以前からの調査で、エクセルには『奴隷商会』との繋がりが疑われていた」
「『奴隷商会』」
聞き慣れない単語———否、むしろ、現代で生きていたヒカリ達には、無意識のうちに嫌悪を覚えてしまう単語。
「魔族を連れ去り、貴族や金持ちに売りさばく悪趣味な連中さ。―――おそらく、今回もその関係であのガキを狙ってる可能性がある」
「………魔族」
ヒカリの脳裏に浮かぶのは、『メフェリト』で話したヨミヤの目的。
『オレはイルさんとヴェールを故郷へ送り届ける』
『奴隷商会』と関わりのあるエクセル。
魔族の親子を故郷に送り届けようとするヨミヤ。
その二つの事実が、ヒカリに嫌な想像をさせてしまう。
「………俺、行きます。―――行かないと」
焦燥感が腹の奥底から滲みだす。
「あぁ………俺はエクセルと話してる男の情報源を探る」
ヒカリは、ザバルの言葉を確かに聞きいれて、その場を後にする。
「………………」
向かうの先は、あの少年を想い続ける一人の少女だ。
閲覧いただきありがとうございます。
投稿した後に、あとがきを忘れているのを思い出して、慌てて書き足しました。




