ロスト・テリトリー 二
明滅する視界の中、ヨミヤとエクセルの間に現れた大樹が、エクセルの致命的な一撃を防いでくれた。
「い………る………さん………」
「ヨミヤ」
すぐにイルの魔剣の力だと、察したヨミヤは走り寄ってきたイルに視線だけ向けた。
「いる………さん………他の敵は………?」
「全部片づけた。問題ない。―――それよりヨミヤ。すぐにここを離脱する。魔法は使えそうか?」
「ダメ………です。―――厄介な能力にやられたみたいで………『領域』が………使えません」
ヨミヤの言葉に、驚いた様子を見せるイル。
きっと、『相手の能力を抑え込む』なんて能力を、イルでさえも聞いたことがないのだろう。
「………分かった。無理はするな」
だが、冷静なイルは、すぐに表情を改めると、倒れているヨミヤの胸に優しく手のひらを置いた。
その時―――
「―――まぁ、大樹の壁なんて余裕なんだよ」
前面に広がる大樹を、雷を纏いながら突破してきたエクセルがイルへ迫った。
「っ………!」
あまりのスピードに、何とか防御を成功させたイルが、その場から大きく後退する。
「イルさん!!」
「大丈夫だ!! ―――そのまま休んでいるんだ」
イルは、片手でヨミヤを制止すると、そのまま戦闘に入る。
「クソ………!」
―――だが、今しがた始まったばかりの戦闘の状況は………芳しくない。
エクセルの素早い動きに、徐々にイルが追い詰められている。
イルも、長年の戦闘経験で何とか凌いでいる印象を受けるが………やられるのは時間の問題だろう。
———『領域』なしじゃ………何もできないのかッ………!
強くなったつもりだった。
だが、現実はどうだ?
『領域』という武器を奪われたヨミヤは―――
「クソ………」
今は、地面がこんなにも近い。
大地をひっかき、土を握り締め———拳を作ることしか………
「ヨミヤッ!」
その時だった。
「ヴェール………」
少女がヨミヤに駆け寄ってきた。
「お母さんが………お母さんが危ないの………っ!」
瞳に涙を貯める少女がイルの状況を伝えてくる。
その言葉に気が付いて、ヨミヤが再びイルへ視線を向けると、彼女は既に全身に切り傷を見せながらも懸命に戦っている最中だった。
「ごめんなさいヨミヤっ………いつもボロボロなヨミヤに頼ってごめんなさい———」
こちらをのぞき込むヴェールは、懇願するようにヨミヤの手を握る。
「私………私、力がないから………お母さんを助けられないの………だから………だから………」
それは、無力を痛感しながらも———大切な人を『助けたい』という小さい女の子の………当たり前のワガママだった。
「………」
『顔をあげろ』
不思議と今、イルのその言葉が少年の中に蘇ってきた。
———そうだ………まだ………まだ———何も失っていない
ヨミヤは、涙ぐむヴェールの頭に手を置いて———ゆっくりと身体を起こす。
———『領域』が無くたって………オレにはまだ『武器』はある………!
『顔を上げて』ヨミヤが確認したのは、『まだ間に合う状況』と、『残った自分の武器』。
「お、おいヨミヤ………」
そこに、状況を未だに理解しきれていないモーカンがヨミヤの前に現れる。
「モーカンさん………弓………持ってますか?」
※ ※ ※
「くっ………」
雷光を纏う男が、高速で動き回る。
イルも、三本の大樹を操り、迎撃を試みるが―――
———とらえきれない………
その『速さ』の前では無意味であった。
「はははっ! 家畜のわりにはやるじゃねぇか!!」
「………」
魔族を完全に見下している男の言葉には一切耳を傾けず、イルは思考を回す。
———今は『ヤグルージュ』の樹木の力だけを使っている………敵は『アーヤル』の力を知らない
魔剣『アーヤル』の力は、『水の生成・操作』。
その力を的確なタイミングで発動することを狙うイル。
———勝機はそこしかない
だが、敵は———エクセルはあまりに速すぎた。
そのせいで、『アーヤル』の力を使えずに、イルは削られる一方だった。
刹那―――
「アネキッ!!!」
モーカンの声と共に、一本の矢がイルの前を横切った。
「チィッ!!」
「!!?」
その時、イルの周囲を高速で移動していたエクセルが、突然の矢に、咄嗟に身を捻る。
「クソがッ………」
しかし、人の身を上回る速度を維持していたエクセルは、その代償を、『転倒』という形で支払うことになる。
———今ならっ………!
千載一遇のチャンスに、イルが『アーヤル』の力を行使しようとして―――
「イルさんっ!! 離脱します! こっちに!!」
ヨミヤの声がイルの動きを止めた。
見ると、ヨミヤとヴェールとモーカンが一塊になってイルのことを待っていた。
「家畜の分際でェ………!!」
その時、額に青筋を浮かべながら、エクセルが立ち上がろうとする。
———コイツに魔剣の力を打ち込んで………倒せなかった場合………ヴェールを危険に晒してしまう………か
『最悪の事態』を考え———イルは走り出す。
「待ちやがれクソ共が………」
そんなイルに、エクセルが追いすがろうとして、
「ぐァッ!!?」
地面から生えた大樹が、その幹を勢いよく曲げて、エクセルの身体に覆いかぶさった。
「………」
今まで見下してきたエクセルが、まんまと『ヤグルージュ』の大木の下敷きになるのを見て、イルは振り向きながら、
「フッ………」
少しだけ小気味いい笑いを見せた。
「イルさん! できるだけ高い樹を!!」
ヨミヤが、イルが到着するや否や、声を上げる。
イルは、そんな少年に『わかった』とだけ返事をして魔剣『ヤグルージュ』の力を使う。
「おわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
足元から伸びる樹木に声を上げるのはモーカンだ。
大木はそのままグングンを伸びていき、やがて、森の中でも一番高い大樹が出来上がる。
「そのままオレに捕まってて!!!!」
そんな樹木の上で、ヨミヤは声を張り上げて―――
「風圧ッッッ!!!」
最大限、魔力を込めた風の魔法を発動させた。
「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
魔法『風圧』。
本来は『手のひらから風を出す』初歩的な魔法。
―――もちろん、込める魔力によってはありえない出力を出すのは他の魔法を変わりはないが………
なにぶん、『手のひら』からしか風を出せない点で、使い勝手が悪い。
今までは、『どこからでも魔法を再現できる』ヨミヤの『領域』によって消費魔力の少ない上に、発射起点を自由に選べる破格の魔法となっていた。
それゆえ、現在、この魔法を詠唱を行い———離脱の為に行使したヨミヤは背後を確認できた。
「―――しつこすぎる」
そのため、少年の視界には、今なお高速で空をかける少年達に迫るエクセルが視認できた。
「逃がすかよ家畜共ォ!!!」
「ヤバいヤバいヤバい!! ヨミヤッ!!」
「クソッ………!」
「ヨミヤッ………」
焦燥の空気が漂う。
「大丈夫だ」
そんな中、イルは一言、そういって後ろを振り向く。
「………」
その手には『アーヤル』が握られていた。
「落ちろ。―――お前の『悪意』にヴェールを触れさせたくない」
次の瞬間、短剣の切っ先から人体を軽く貫く『水の槍』が放たれた。
「がァァァァァァァァッ!!?」
肩を貫かれたエクセルは、そのまま地面に落下。
逆に、『水の槍』の推進力を手に入れたイルとヨミヤ達は、さらなる加速を得てその場を離脱した。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、ヨミヤ君が魔法の詠唱を完了してから、実際に発動するまで『発動待機』の技術をつかって魔法を維持していました。
この技術は、ハーディさんが使ってた奴ですね。




