少女達 ヨン
「飛べッ!!」
窓から飛びだしたイルは、同じく飛び出したヨミヤへ叫び、同時に魔剣の力を解放。
宿を出るとすぐに望める大通りを、大樹で物理的に塞ぐ。
「舌噛むなよモーカン!!」
「うっす!!」
宿とは大通りを挟んで反対側の建物に着地したイルは、すぐに屋根伝いに逃亡を開始しようとするが―――
「逃がすかァ!!」
建物の裏手から屋根に上ってきた騎士がイルへ肉薄する。
「チッ………」
すぐに迎撃の態勢を整えたイルは、振り下ろされた剣を、樹木を生成する魔剣『ヤグルージュ』で弾き、騎士の腹部に蹴りを打ち込む。
「ガぁッ………!?」
それだけで騎士は隣の建物まで吹き飛び、その屋根を滑り落ちていく。
なんてことのない格下相手の戦闘。だが———
———足が止まった………!
一瞬の静止。
しかし、大勢に追われる今、この瞬間だけは致命的だった。
「ここだっ!! ここから追えッ!!」
すぐに駆け出すイルだが、既に遅い。
追従する騎士は追いすがり、彼女を逃がそうとはしない。
「あ、アネキッ!! もしだったら俺を………捨てて行ってください!!」
「バカ言うな」
「でも………」
「………お前にはまだ利用価値がある。―――ここで失うわけにいかない」
『身体能力補正を持っていることが入団条件』と言われるだけあり、騎士達はイルに追いつけはしないものの、それでも追跡を続ける。
だが、きっと。―――モーカンを置いて行けばイルは逃げ切れる。
イルは、それでも、モーカンの提案を飲むことはしない。――――――たとえ、イルの目的が『故郷に帰る』だけだったとしても。
奴隷商など追う気がなくても。
そのときだった。
魔力の鎖がイルの右腕に巻き付いたのは。
「っ………これは………!!」
むしろ温かみすら感じる鎖に見覚えのあるイル。
次の瞬間、
「っ!?」
「どぇぇ!?」
イルは、モーカンごと、遥か上空に鎖によって巻き取られる。そして―――
「やっぱ、騎士も侮れないですね」
気が付けば、抱えているモーカンともども、イルはヨミヤに担がれていた。
「ヨミヤ………お前………」
「これなら、騎士も傷つけないし、イルさんも逃げれる」
「だ、だがこれでは………重くて逃げられないだろう!?」
現在、ヨミヤの抱える人数は、幼女一人、魔族女性一人、巨漢一人。―――普通の人間なら動くことなどまともにできない。
だが、
「イルさん、オレもイルさんと別れてから———強くなったんですよ?」
ヨミヤは軽々と跳躍し――—風を使い上空を高速で飛ぶ。
「………」
夜風が肌を撫でる。―――その実感は、口が裂けても『遅い』なんて言えない。そんなスピードだった。
「………でしょ?」
「――――――とことん規格外だな」
頼もしくなった少年に、イルは呆れた笑いしか出なかった。
※ ※ ※
「―――よっと」
当初の合流場所である森の中。
その中腹に降り立ったヨミヤは、その場にゆっくりと全員を下す。
「すまないヨミヤ………偉そうなことばっかり言って———私はお前に助けられてばっかりだな」
下ろしてもらうや否や、イルは、申し訳なさそうに呟いて、困ったように笑う。
「………」
そんなイルの言葉を、受けたヨミヤはちょっとだけ呆れたような様子を見せて言葉を紡ぐ。
「あのですね、せっかく助けたんですから、謝罪より、オレは感謝の言葉が欲しいですねイルさん」
ヨミヤは、頭の上に手を乗っけて、イルを真似るように困った表情を浮かべる。
―――そんな少年の言葉に、イルは少しだけ驚愕したように目を見開き………やがて微笑みながら瞑目した。
「――――――だな。悪かった。………助かったよヨミヤ」
「イルさんのお役に立てたならオレも嬉しいです!」
イルの感謝の言葉に、ヨミヤは今度こそ満面の笑みを浮かべて言葉を返す。
「アネゴっ! こんなに強いんだ、もっとコイツに頼りましょうよ!」
「ありがとっ、ヨミヤ!!」
イルの様子に、モーカンが続いたり、ヴェールは嬉しそうにヨミヤへ感謝を述べる。
「………いけないな。年を取ると、ついつい悲観的になってしまう」
「………………きっと、守らなきゃいけないものをたくさん背負ってるから、誰かの手を借りることを『不甲斐ない』って思っちゃうんですよ」
イルは、ヴェールの命や、モーカンの命……………もしかしたらヨミヤの命まで『守らなければならない』と感じているのかもしれない。
シュケリとヴェールを連れて旅をしたヨミヤは、そんなイルの心情を何となく察してしまう。
「オレも、頑張りますから………思いつめちゃ駄目ですよイルさん」
「―――生意気な子どもめ」
「ふぁ………!?」
大人からすれば、まだまだ子どもであるヨミヤの言葉に、イルは笑いながらヨミヤの頬っぺたを引っ張る。
「なんふか」
「生意気だと思っただけさ。――――――気遣い、ありがとう」
怒ったような態度とは裏腹に、微笑みと共に出たイルの言葉を———ヨミヤはまだきっと理解できない。
引っ張られたのに、痛くもない頬を不思議そうにさすりながら、背中を向けてしまったイルを見つめるヨミヤ。
そんなヨミヤの視界の端に———
「………?」
一人の女の子が佇んでいるのが見えた。
———………見間違い?
時刻は深夜。
町からも外れた暗い森の中。
『女の子がいる』にはあまりにも違和感のある時間と場所。
「いや………見間違いじゃない………?」
しかし、佇む少女は間違いなく実在している。そして―――
「あれ………? 魔族の………子………?」
少女の存在に気が付いたヴェールが、少女の種族を魔族であることを呟く。
額に日本の角を携えた悪魔族。
「………ッ」
意味不明な状況に思考が停止しかけるヨミヤだが———宿での『騎士の包囲に気がつけなかった』反省として、意識を無理やり切り替えて、かなりの広範囲に探知の魔法をかける。
そして―――自分たちを囲むように発生する敵の気配。
「イルさんッ!! 敵です———!!!」
そう叫んでいた瞬間には、複数の男たちがヨミヤ達に襲い掛かっていた。
「ッッッ!!」
ヨミヤに襲い掛かるのは三人。
魔法の発動が間に合わないと判断したヨミヤは、咄嗟に抜剣。―――同時に、黒腕の爪を構える。
振りかぶられた剣を、腕力のみで打ち返し、空いた相手の胴に爪の一撃を叩きこむ。
そのまま突貫すると、紙一重で斬撃を潜り抜け、残り二人の背後に回り込んだヨミヤは、跳躍からの蹴りを顔面に見舞い、一人を昏倒させる。
最後の一人は、振り向きざまに剣を振りぬくが、その剣をヨミヤは爪で弾く。―――するとどうだろうか。鋼鉄で出来た剣を逆に破壊し、襲撃者に致命的な一撃が到達する。
ほんの数秒で、襲ってきた襲撃者を蹴散らし―――ヨミヤはまずヴェールとモーカンに視線を送る。
———不味い………ッ!!?
ヨミヤの瞳に映るのは、今にも襲われるヴェールとモーカン。
二人の位置関係が少し離れている。
そのせいで、離れた座標に瞬時に魔法を発生させることが出来ず、ほんの少しの逡巡がヨミヤを支配する。
———こうなったらッ!!
だが、それでも少年は動く。
迷っていれば『死ぬ』と知ってるから。
誰かを失う『痛み』を知ったから。
「ふッ———!!」
モーカンに迫る襲撃者には剣を投擲し、ヴェールに迫る襲撃者には、頭上からの熱線を心臓に穿つ。
「「ガぁ………ッ!!」」
一か八かの賭けは成功。
剣はモーカンの眼前の襲撃者の顔面に突き刺さり、ヴェールを襲おうとしていた男は、胸を焼き貫かれて絶命する。
そして、そのまま少年はイルへ意識を向けようとして―――
ナイフを持った少女が、ヴェールへ迫っていた。
※ ※ ※
「おい家畜」
エクセルは、目の前の奴隷の少女———悪魔族の少女を冷たく見下ろした。
「お前の能力をヨミヤに使え」
「………はい」
「………」
小さい声で返事をする少女をエクセルは無言で見つめ———
「………ッ」
その小さな体を、髪の毛を掴むことで無理やり引き寄せる。
「よく聞け。………最初に狙うのは家畜………魔族のガキの方だ」
「………ぇ?」
悪辣な笑みを隠そうともしない白い騎士は、少女の耳元に顔を近づけて囁く。
「同族だからと容赦するなよ………? でなければ、お前………もしくはもう一人の家畜を殺すぞ?」
「………はい」
痛みにも、絶望にも抗うことを忘れてしまった少女は、小さく………ただ小さく、暴君の言葉に頷くことしかできなかった。
「ヴェールッッッ!!!」
魔法を撃つ選択肢はあった。
いくらでも、ヴェールを狙う少女を打ち抜くことはできた。
「………ッ!?」
だが、その幼い外見が、彼女の種族が———少年の『半端』な優しさが、彼に冷徹さを忘れさせてしまった。
「っ………あぁ!!」
少年の選択は、『ヴェールを庇う』こと。
『守る』と決めた少女を庇い、迫る少女を『排除しない』選択肢。
「ぐ………ッ!!!」
幸い、ナイフは少年の左腕に突き刺さり、鮮血で地面を濡らす。
少年が痛みに一瞬怯む中———少女はナイフを引き抜き、
「………ごめんなさい」
ヨミヤの刺創に、思い切り嚙みついた。
「ぐぁ………ッ!?」
「ヨミヤッ!?」
少年の腕の中で庇われるヴェールは悲痛な叫びをあげる。
―――だが、いくら痛みに晒されようと、ヨミヤはヴェールを離すことはしない。
そして―――
———………っ、なんだ………コレ………?
ズグンッと、
胸の中の『何か』が押さえつけられるような感覚がヨミヤを襲う。
「………っ、クソ………!」
強烈な違和感が胸の中を支配する。―――それでも、少年は噛みついている少女をすぐに引きはがそうとして、
「付与の炎爆」
少女が爆発した。
文字通り、肉片が粉々になって———爆発した。
「~~~!!?」
衝撃を伴う炎が、肌を焼きヨミヤへ飛び散った血が、熱で干上がる。
「きゃッ———!!」
至近距離で爆発を喰らったヨミヤは、ヴェールを伴い、大きく吹き飛ばされる。
だが———
「っ………!」
黒腕を地面につき、態勢を立て直すヨミヤ。
「ヨっ、ヨミヤ………大丈夫なの………?」
「痛いは痛いけど………大丈夫」
ヴェールに心配されるヨミヤは手短にそう言うと、チラリとヴェールを確認して———彼女に怪我がないことを確認する。
「ヴェール………オレから離れないで」
腕の中に抱くヴェールを解放し、短く告げるヨミヤはやがて、正面———正確には、正面の暗闇の中から出てくる人物に意識を向けた。
「おいおい、せっかく苦手な炎術で不意打ちしたってのに………ピンピンしてんじゃねぇか?」
闇の中から出てくるのは、漆黒の背景に似合わぬ純白の甲冑に身を包む男―――エクセルだ。
「お前が………あの子に爆炎の魔法を埋め込んだのか?」
「んー? まぁな」
ヨミヤにナイフを刺した少女は、エクセルによって爆発の魔法を付与され———生きた爆弾として殺された。
その事実を、目の前の男は、『どうでもいい』と言わんばかりの態度で肯定する。
「お前———ッ!!」
そして、男のその回答と、態度に———ヨミヤの怒りは爆発する。
「人を………なんだと思ってるッ!!」
即座にエクセルの頭上から熱線を打ち込もうとして―――
「は………………?」
魔法が再現されなかった。
「人? バカ言ってんじゃねぇよ」
能力が正しく機能しない現状に、ヨミヤが困惑していると、エクセルは剣を引き抜き言葉を吐きだした。
「アレは、俺の奴隷だ。―――第一、魔族は『人』じゃねぇ。人類に仇なす『ケダモノ』だ!!」
刹那、姿が掻き消えるほどのスピードでヨミヤに肉薄するエクセル。
「ッ!?」
「オラッ!!」
男は、振りかぶった拳を、容赦なくヨミヤの顔面に叩きこむ。―――すると、あまりの膂力に吹き飛ばされたヨミヤは、森の木々を次々と倒しながら飛んでいく。
「俺は、そんな『ケダモノ』共を、捕まえて飼うのが趣味でなぁ………飼い殺しにした『ケダモノ』は、もはや、俺の『家畜』なんだよぉ!!」
スピードを上げることもなく、ゆっくりと、ゆったりと、エクセルは倒れ込むヨミヤへ歩み寄る。
「お前、能力が使えないだろ?」
あまりの拳の威力に、ヨミヤが立ち上がれないでいると、エクセルは少年の眼前にしゃがみ込み、彼の顔を覗き込む。
「あの家畜には、特別な能力があってなぁ………『相手の能力を封印する能力』、能力封印を持ってたんだよ」
「………そんな、馬鹿げた………能力が………」
「『あるわけない』か?」
白の甲冑に似つかわしくない程、悪辣な笑顔を見せるエクセルは、ヨミヤの言葉に声を返す。
「そもそも、能力ってのは、『叶わない現実』『性根に焼き付いた体験』『渇望する力』をもとに形が作られる」
「………」
「ま、俺らの力の出どころがそれなんだ。―――あの家畜は、『力のない自分を呪った』のか、『力そのものを呪った』か、そんな下らない想いを持ってたんだろうよ」
呆れたように、首をすくめるエクセル。
「まぁ、そうゆうことで、俺は家畜が一匹減っちまったから、お前のトコの家畜二匹………貰っていくわ」
エクセルはわざとらしくヨミヤに宣言すると、少年に止めを刺すことなく踵を返す。
「………ふざけるな」
そんな男の宣言に、少年は拳を握り―――強く地面を叩いた。
閲覧いただきありがとうございます。
はい、気持ちよく最後まで無双できないのがヨミヤ君です。
大丈夫です、彼はそれでもきっと立ち上がってくれますよ。
ちなみに、ヨミヤ君は離れた二点に魔法を再現することはできます。
けれど、発動スピードは普通に再現するよりも遅くなるようです。




