少女達 ニ
「ねぇ騎士様?」
町の治安を守る騎士の駐屯所。
その入り口で町の様子を観察していた騎士は、不意に、一人の女性に声を掛けられる。
「さっき市場のほうで、小さい女の子に土下座してる変な男がいたのよう」
袋にたくさんの食材を入れて歩いている———パッとみて主婦だと分かる女性は、先ほど市場にて騒いでいた男の話をする。
「はぁ………それは変な男ですねぇ………」
一方の騎士は、その女性の話に、どこかピンときていないような素振りで相槌を打つ。
「そうなのよぉ………なんか、その男と女の子と、まだ子供っぽい男の子と………なんだか母親っぽい女の四人組だったわ」
「………———あぁ」
騎士は、『何か』に納得したように首を縦に振り―――主婦の意見に怪しい笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ。―――その四人組なら………すでに我々騎士団が見張っております」
「あらそうなの? じゃあ、他にも怪しんでる人たちは居たのね」
騎士の言葉に、主婦は勝手に状況を思い込み………その場を去っていく。
「………」
※ ※ ※
「なぁヨミヤ」
ヨミヤとイル達が宿泊する宿———その男部屋で、明かりを消した暗闇で、不意にモーカンはヨミヤへ言葉をかける。
「………なんですか」
いつもは先に寝転げて、いびきを立てるモーカンに、ヨミヤも自分のベッドに寝ながら言葉を返す。
「俺ぁ、アネキやヴェールちゃんにやってはならねぇ仕打ちをした」
「………そうですね」
昼間のヴェールとのやり取りを思い出しているのか、モーカンはいつもの調子を引っ込めて言葉を紡いでいる。
「最初は、『俺ら人間を苦しめる魔族め、ざまぁ見ろ』なんて思ってた」
「………はい」
「けどよぉ、情報を貰うためとは言え、そんな俺をアネキは守り続けてくれたんだ」
「………そうなんですね」
隣のベッドで、自分の手のひらを見つめるモーカンが見えるが、ヨミヤは目を瞑って、相槌を打つ。
「―――お前と別れて、『サール』って町でアネキは『白馬』にケンカを売った。―――その日から襲撃がやま無くてなぁ………」
群衆の中で騒ぎを起こされ、囲まれたことや、樹海の中に逃げ込んで迷ったこと、山の中で襲われて滑落しそうだったこところを助けてもらったこと———
ヨミヤと別れてから、イルに助けられたことをモーカンは静かに語る。
何を言いたいのか要領を得なかったが、それでもヨミヤは頷きを返し続ける。
「『魔族』とか、『人間』とか関係ない、アネキはこんな臆病でクズな俺を助け続けてくれたんだ」
この世界の人間は、『魔族』に対して強い差別意識がある。
そんな世界の人間であるモーカンから出てきた言葉に———ヨミヤは少しだけ目を見開く。
『『魔族』は人間ではないんだよッ!!』
以前、とある領主———統治貴族に言われた言葉。
ヨミヤに、この世界の価値観を叩きつけた言葉。
争いの根幹ともいえる闇———その闇を、モーカンは振り払った。
「なぁ、ヨミヤ———俺はアネキの役に立ちてぇ………恩を、返してぇんだ」
ベッドからゆっくりと上半身を起こすモーカンが、隣のベッドのヨミヤを見下ろす。
「………こんなクズでも———恩を返せるかなぁ………?」
以前にも見た人相の悪い顔。―――まるで創作の中に出てきそうな三下のチンピラのような顔は、罪悪感と………それ以上の感謝を滲ませていた。
「………」
―――少なくとも、ヨミヤはそう、感じた。
「………きっと、返せますよ」
少年は、暗い部屋の天井を見上げながら、それでも言葉を紡ぐ。
「俺は、その『返したい』って気持ちが第一歩だって思うから」
シュケリの想いに、イルから受けた恩に『応えたい』と願う少年の言葉だった。
「―――そうか」
モーカンは、ヨミヤの言葉に声を漏らして———再びベッドへ寝転がった。
「じゃあ、この気持ちが続くように頑張んないとな」
「………ですね」
その後、特に会話はなく、二人ともそのまま就寝する———筈だった。
「―――起きてくださいモーカンさん」
探知の魔法に、大量の反応があったヨミヤはすぐに身体を起こす。
「なんだよヨミヤ………」
「―――誰かが宿に押し入った。足音的に、まっすぐ三階に来てる」
「………隣のアネキ達を起こしてくる」
「お願いします。―――時間稼ぎはオレが」
階段と部屋の位置関係的に、ヨミヤの居る三階は、彼らの居る部屋が階段に一番近い。
幸いなことに、ヨミヤが廊下の真ん中に陣取ればイルとヴェールの滞在する部屋には行くことが出来ない。
モーカンは手早く荷物をまとめイルの部屋へ。
ヨミヤは剣とショルダーバッグを身に着けて廊下の真ん中へ侵入者を迎え撃つ。
———もう、二階に来た。
そうして、足音の主達がヨミヤの前に現れて―――
「………………騎士団?」
少年は唖然とした。
「居たぞ!! 捕まえろ!!」
襲ってきたのは奴隷商『白馬』の人間ではなく、帝国に所属する騎士団の部隊だったのだ。
「おおおぉぉぉぉぉぉッ!!」
「っ………」
狭い室内の中、二人の騎士が狭い廊下を埋め尽くすように突貫してくる。
ヨミヤは、すぐに風の弾丸を真正面から騎士にぶつけて、難なく脅威を弾き飛ばす。
———なんで騎士団が………?
増援のように、階段から再び三人の騎士が現れ———計六人の騎士が建物に侵入してきたことを確認するヨミヤ。
———イルさん達は変装の魔法で、魔族とはバレないはず………だとすれば———オレが狙い?
ヨミヤは以前に帝都で、勇者勇者と戦った。―――その後、帝国中で指名手配になっている。
———けど………あの指名手配は人相もなにも伴わない手配だって加藤君達が言ってた………
しかし、勇者一行の嘆願により、指名手配は形だけのものになった。
以前に、『フレークヴェルグ』で捕まったのは、帝都での戦いで、直接ヨミヤの顔を見た騎士がしたからだった。
「気を付けろ!! おそらく能力の類だ!!」
「っ、気にしてる暇はないか………っ!!」
すぐに駆け付けた騎士が再び突撃してくる。
廊下が狭いため、一度に大勢来ることはないものの、それでも一々相手にするのも時間がかかる。
―――ゆえに、
「………寝ててくれ」
ヨミヤは、頭上からの風弾を、騎士全員にぶつけた。
「がっ———」
「ぐぁ………!?」
あっという間に沈黙する騎士達。
「ヨミヤッ!!」
直後、イルが廊下に飛び出てくる。
「イルさん………大丈夫です。終わりました」
「そ、そうか………———流石だな」
イルは、ヨミヤに怪我がないことを確認すると、少しだけ微笑んで息を吐く。
「ただ………襲ってきたのは騎士団でした」
「………そうか———どこかで正体がバレたのかもな」
「イルさん達の変装は抜かりなくやったはずです。―――だから、もしかしたらオレが指名手配されてるせいで騎士が来た可能性もあります」
「………どうだろうな」
様々な可能性が浮かぶ中、イルは身を翻し、部屋の中に入る。
ヨミヤも、その後ろからついて行き、中に入る。
「ヨミヤ………」
すぐに不安そうなヴェールと目が合うが、『大丈夫』とわざとらしく笑って見せる。
「ともかく、一刻も早く町を出よう。―――おそらくどれだけ騎士が来ようが物の数ではないだろうが………それでも囲まれるのは具合が悪い」
「―――ですね」
イルの意見に賛同しながら、ヨミヤは念のため探知の魔法を作動させて———
「アネキッ!!」
偶然にも、外の光景を見たモーカンの危惧と、少年の驚愕が重なった。
「宿が——————囲まれてますッ!?」
閲覧いただきありがとうございます。




