白馬
緑の町『ケースヘイル』。その町の『新緑の白馬亭』にて―――
「また失敗したのかッ!!!!」
男は、禿頭からぶら下がった不必要なほどに可愛らしい三つ編みを揺らし、通信魔法の術式が刻まれた魔廻石に向かって声を張り上げた。
『す、すいませんッ!!』
「謝罪はいい!! なぜ失敗した!? 事細かに、今、説明しろッ!!」
贅肉の余る首周りから汗をまき散らし、目を血走らせながら『三つ編みのハゲ』ファルゲン・ゼーリングは詳細の報告を部下たちに迫る。
『じ、実は、俺らをやったのが、あの魔族の女じゃなくて―――一人のガキだったんです!」
「ガキだと………?」
『は、はい!! そいつ、何十人もいた仲間を一気にやっちまいやがって………』
「―――クソっ、能力持ちか………厄介なのを仲間に引き入れやがって………ッ!!」
部下からの当時の状況は情報が少ない。
―――逆に、そういった状況は『未知の能力』でやられた確率が非常に高くなる。
魔法の可能性も否定はできないが―――魔法発動する際の魔法名を聞き取れないほど馬鹿な部下ではない。
「クソ………クソクソクソッ!!」
『サール』にて、例の魔族の女に拠点を潰され始めてから、奴隷商会『白馬』は様々な方面から信頼を失いつつあった。
というのも、あの日以来、世界に散らばる『白馬』の拠点が定期的に魔族の女に潰されている。
―――そのせいで、他の商会から奴隷を仕入れることも出来なくなったし、関係を探られ、報復を嫌がった事情を知る一般の商会まで『白馬』から手を引いたのだ。
「あの忌々しい女め………」
拳をテーブルに叩きつけるファルゲン。衝撃でコーヒーが零れるが、そんな些細なことに男を目を向けることが出来ない。
「まぁ、落ち着けってゼーリング」
その時、貸し切りにしてあった『新緑の白馬亭』に一人の男が入ってくる。
その風体は、『白の鎧』。
長身に、短い黒髪にそんな格好なもので、第一印象は快活な『騎士』といった感じだろうか。
しかし、笑みを零すその口元からは、人間にしてはやけに発達した犬歯が覗き―――快活さの中に、『果てしない獣性』を滲ませる不思議な男だ。
「………エクセルか」
「あぁ、やぁーっと帰って来れたぜ全く………」
『エクセル』と呼ばれた男は、疲れたようにドサッとファルゲンの対面に座ると、疲れたように首を鳴らす。
「んで? 何があったんだよ」
「………」
視線だけをファルゲンに向けるエクセルは、そんな問いかけをするが………ファルゲンは返答をしない。
「まぁまぁまぁ、そんな警戒すんなって。―――言ってみろよ?」
『ホレホレ』とファルゲンの顎をタプタプゆするエクセルに、男は目つきを鋭くして言葉を返した。
「ふざけるなッ………! お前なんぞに言ってみろ、散々面白がって事態を掻き回すに決まっている!!」
「まぁ………そうだなぁ。―――否定はせん!」
「なら、尚更言える訳ないだろう!!」
「残念」
息をついて瞑目するエクセル。
『諦めたか』と安堵するファルゲンは、しかし―――
「―――なら、出資者の一人として正式に脅してやるよ」
獣のような歯を見せて笑うエクセルに肩を組まれた。
「話せ。―――出資を止められたくなければな?」
「―――ッ!?」
ファルゲンとエクセルの関係は、『事業者』と『出資者』。
エクセルは奴隷商会『白馬』に金を出しているスポンサーだ。
「………」
それだけでない。―――ファルゲンは、エクセルの考え一つで全てを滅ぼされる立場にある。
「クソ………―――了解した。全部を話す」
観念したファルゲンは、今までの状況と、引き続きの部下からの報告をエクセルと共に聞いた。
「まぁ、なんていうんだ? 面白いことになってんじゃねぇか」
むき出しの犬歯を隠そうとする意志も見せないままエクセルは、呟きを落とす。
そんなエクセルに、頭の奥底が痛くなる感覚を覚え、ファルゲンは滴る冷や汗をハンカチで拭う。
「―――っていうか、このガキの方………どこかで………」
「………なんだ、どうかしたのか?」
「いや、まぁ………なんでもねぇよ」
報告にあった少年の方を気にするエクセルは、しかし、かぶりを振り―――ファルゲンへ視線をうつした。
「ゼーリング、この女とガキ………オレがどうにかしてやるよ」
「はぁ………そう言うと思っていた」
呆れたようにエクセルの言葉を了承したファルゲンは、静かに席を立った。
「―――この件はエクセル………お前に全て任せる。部下は好きに使え」
「おっ、気前がいいじゃねぇか」
「腹を括っただけだ。―――それに、お前の腕だけは信用できる」
「はっ………パートナーとして嬉しいこと言うじゃねぇか」
そうして、ファルゲンはエクセルに背を向ける。
「私はこれから商談に言ってくる。―――何かあったら連絡しろ」
「わぁーったよ」
『新緑の白馬亭』を出たエクセル。
すっかり闇が周囲を支配する町の中、二人の幼い奴隷が店の外に待機していた。
一人は悪魔族の女の子、一人は堕妖人の男の子だ。
「………」
そんな奴隷たちに目もくれないエクセルは、雲の隙間から見える三日月を見上げる。
「………………………………………ハッ」
刹那―――
「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッッ!!!」
男は興奮の高笑いを夜天に打ち上げた。
「あぁッ!! また………また、誰かを追い詰めることが出来るッ!!」
『歪んだ本性』をむき出しにしたまま、遥か彼方の月に突き付けるように声を張り上げる。
「あぁ………あぁ、あぁッッ!! 昂ぶりを抑えられねぇッ!!」
そうして男は、興奮の―――欲望の赴くままに近くの奴隷の首を持ち上げる。
「ハハハハハハハハハハハッッッ!!」
そして、その女の子の顔面を殴りつける。
何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も―――
路上が血塗れになることも厭わず。男はただの獣に成り下がる。
「………………ふぅ」
そうして、肉の塊になりかけている幼子を道端に放り捨て、男は大きく息を吐いた。
「―――死んだら、今度はお前を殺すからな」
エクセルは打って変わって、冷徹な表情でもう一人の奴隷を睨みつけ―――遠回しに、今しがた自分が好き勝手殴った奴隷の治療を命じる。
「………はい」
奴隷の少年は、エクセルの言葉に頷くと、すぐに魔法の行使に映る。
「ハハッ………待ってろよ家畜共」
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、ファルゲンの名前は、48話で既に出て来てますね。
ここまで登場を引っ張るとは思いませんでしたが…




