喧騒遊行 ニ
「あれっ、ヨミヤ………モーカンさんは………?」
北の地と、南方―――『メフェリト』や帝都を繋ぐ宿場町『ティリス』。
その市場にて、旅の物資を買っている最中のイルとヨミヤとヴェール。―――もちろん、二人ともその特徴的な髪を隠し、ヨミヤの魔法で瞳の色を変えている。
イルを手伝うために、両手に抱えるほどの荷物をもつヴェールは、姿の見えないモーカンのことについて言及する。
「あぁ、今日は模擬戦の日だったからね………今はいつもの訓練メニューをこなしてるんじゃないかなぁ………」
「そ、そうなんだ………」
これまでの旅の中で、モーカンの訓練のことを知っているヴェールは、ヨミヤの言葉に少しだけ遠い目をしていた。
「ヨミヤ」
不意に、イルがヨミヤへ声をかける。
「なんですかイルさん?」
「―――見張られている」
旅の物資を選定するイルは、目線も向けず静かにヨミヤへ告げる。
横顔から覗く切れ長の瞳を見つめ―――ヨミヤはそのままイルと言葉を交わす。
「―――すいません、気が付きませんでした」
「いい。探知の魔法はこの群衆の中では意味がないからな。―――気づかないのも仕方ない」
イルとモーカンは、奴隷商会『白馬』に追われている。
砂の町『サール』にて、ヴェールを攫って『フレークヴェルグ』の統治貴族に売った奴隷商会を潰したイルは、それ以降、定期的に『白馬』の刺客に狙われるようになったらしい。
「近くにいるんだヴェール」
娘の手をそっと握り、引き寄せるイル。
「どうするのお母さん」
ヴェールも、母にできる限り近づき、不安そうな表情を見せている。
「大丈夫だ。―――必ず守ってやる」
イルは、一層強くヴェールの手を握る。
「そうだよヴェール」
そんなヴェールの頭にヨミヤも手を置き―――そっとヴェールの目を見て、力強く笑って見せた。
「………視線が明け透けだな」
「素人ってことですか?」
「いや、さっきチラッと見たが―――荒事には慣れてそうな連中だった。大方、金で雇われた傭兵か何かだろう」
イルの見立ては、尾行・監視に慣れていない傭兵ないし、傭兵崩れだろうとのことだった。
「逃げますか?」
「いや、追跡されるのも面倒だ。―――それにあの手の連中は、隙を見せればすぐに食いつく。ならやることは一つだろう」
イルの言わんとすることを理解したヨミヤは、視線を巡らし―――一本の路地裏見つける。
「………」
「………」
少年が路地裏を見て―――次にイルへ視線を移せば、返ってくるのは小さな頷き。
少年は、そのまま一つ商品を手に取って、店主へ金銭を渡し―――その足で路地裏へ足を踏み入れる。
―――………反応が集まる。
探知の魔法で、気配が路地裏に集まることを確認したヨミヤは、そのままイルとヴェールを庇うように、二人を壁際に追いやる。
「………なんだ、その反応は気づいてやがったな」
そんな折、一人の男がヨミヤへ言葉をかける。
「ま、俺ら監視慣れてねぇからなぁ」
どう見たってガラの悪い目つきの男だ。
そして、その男の言葉に反応するように路地裏を男たちが埋める。―――ちなみに、反対からも仲間と思わしき男たちが現れたため、完全に囲まれている。
「ま、ガキ一人と、魔族とはいえ女二人………ボコしちまえば問題ないだろ」
下卑た笑みを浮かべる男たち。
―――どこか下心の見え隠れするその表情に、イルの態度が氷点下まで下がっている。
目の前の男たちは、そのことに気が付いていないようだが、イルを庇うように前にいるヨミヤは、絶対零度まで下がりかねないイルの機嫌に、冷や汗を搔いている。
「い、イルさん………アイツ等、オレが片付けるんで………そ、その今にも人を殺してしまえそうな目をやめてください」
「………なんだ、いいじゃないか。―――そのまま殺してしまえば。そんな獣たちなぞ、人の中でも、魔族の中でも害にしかならんだろう」
『ㇶィ』と喉が引きつる声を発するヨミヤ。
「おいおい、お前らはバカか?」
そんな中、空気も読まず口を挟むのは最初に現れた男だ。
「普通に考えて、この人数に勝てる訳ねぇだろ? 『片付ける』とか出鱈目言ってんじゃねぇ!!」
男の唾が、目の前にいるヨミヤの顔面に掛かり、心底嫌そうな顔をする少年。
男は、そんなヨミヤに構いもせず、イルへ視線を向けた。
「―――安心しろよ? 奴隷になる前に、最高の思い出を作ってやるからよぉ………」
舌なめずりする男。
同時に周囲の男たちから笑いが起こる。
―――ヤバいっ………!
次の瞬間、イルの刃が閃いて―――
「ぐァッ!!?」
ヨミヤの風の弾丸が男の側頭部にぶち当たった。
「お、お前ら!! オレが相手だぁ!」
「………チッ」
ヨミヤは背後から聞こえる舌打ちには極力意識を向けず、高らかに宣言した。
「このクソガキ!!」
「ぶっ殺してやる!!」
「刻んで家畜のエサだガキィ!!」
同時に、男たちの怒りが噴出。
荒くれ達がヨミヤに殺到し―――
「感謝しなよ………ホント」
刹那―――
風の弾丸が、余談なく、仮借なく、一寸の狂いもなく、男たちの頭部を直撃し、
襲撃者全員の意識が刈り取られた。
「………………」
「わぁーお………」
静まり返った路地裏に、ヴェールの感嘆が響いた。
閲覧いただきありがとうございます。
『能力3』にて、ヨミヤの『領域』範囲を『5メートル』と記載していましたが、ミスです…
現在、彼の領域の範囲は『半径60メートル』でございます。
ぶっ壊れですね。




