魔王安座
当代の魔王『サタナエル』。
様々な種族を内包する魔族の王。
人類の敵対者にして、絶対強者。『絶命期』に次ぐ人類の窮地を作り出した宿敵。
「アガレスぅぅぅぅぅ………なんで………なんで死んでしまったんだぁぁぁぁぁぁぁ………」
そんな魔王・サタナエルは、玉座の前で四つん這いになって、暗い天井に自分の想いをぶつけていた。
「またアスタロトと共にワタシに戦いを挑みに来ておくれよぉぉぉぉぉぉ………」
ワンワンと涙を流すサタナエルは、まるで家族との別離をしてしまった幼子のようだった。
「魔王様………そろそろ幹部が揃います。―――威厳のためにも切り替えいただけるとその………とても助かります………」
どこからともなく現れる白髪と赤髪のグラデーションの魔族―――高魔族のアベリアスは、涙を流し続けるサタナエルへそっと耳打ちをする。
「………ぁ、もうそんな時間か………」
『一人で泣く時間すら取れないとは………』なんて言いながら、サタナエルはズビズビと鼻を拭き、グシグシと目元を拭う。
「………」
そして魔王は、絹のような白髪を整え、額から後方に向かって生える二本の黒い角に汚れがないかを手触りで確認して、玉座へ座り込み―――その蒼白色の瞳を眼前の大扉に見据えた。
そして、
「やっほー王様! 遊びに来たよ」
最初に入ってきたのは、不健康な程青白い肌をした大男―――悪魔族・アスタロト・ビジョン。
「アスタロト………お前は健在だったか………」
「? うん、まぁね!」
生気のない顔で笑みを浮かべるアスタロトに、安心した顔を見せるサタナエル。
次の瞬間、そのアスタロトの首を後ろから捕まえる手があった。
「おい戦闘狂………さっき散々『言葉遣いに気を付けろ』と言ったよなぁ………?」
浅黒い肌に長い耳、紫紺の髪と右目の眼帯―――そして、左目を飲み込もうとする蛇のタトゥーが目を引く堕妖人・ネヴィルスだ。
第一階級魔族である彼女は、アスタロトより小さく、彼と同じぐらい身体が細いのにも関わらず、アスタロトの首を引っ張り、その顔と真正面から相対する。
「いいかげん私達の首が飛ぶだろいいかげんにしろ………!」
その美しい左目には殺気が込められており、ギリギリと歯ぎしりまで聞こえてきそうな剣幕である。
流石のアスタロトも、『あ、あははァ………ご、ごめんよぉ………』と冷や汗をかきながらネヴィルスと共に後方に下がる。
「魔王様………お久しぶりでございます」
そして、下がった先でアスタロトの後頭部を掴みながら跪き、恭しく一礼する。
「あぁ、久しぶりだなネヴィルス。―――別に、そんなにかしこまらなくてもいいんだぞ?」
「いえ、敬愛する魔王様に私が忠誠を示したいのです」
「………そうか」
少し困惑したような顔を見せたサタナエルだが、目の前で膝を折るネヴィルスの意向をとりあえず受け入れる。
「………他の幹部はどうだ?」
「はっ、もう少しで到着するかと思われます」
ふと、サタナエルはそんなことをアベリアスに確認し―――偶然先に集まった第一階級魔族たちを見渡す。
「………ちょうどいいか」
呟きを落とすサタナエルは、何事かと見上げるアスタロトとネヴィルスを見つめ―――
「先の戦争―――帝都前決戦にて『勇者召喚』の情報をもたらしたあの男」
サタナエルの言葉に反応を示すのは、アスタロトとアベリアスだ。
「―――あの男に………裏切りの可能性が出ている」
「………それは、『二重スパイ』ということでしょうか?」
サタナエルの言葉にいの一番に言葉を返すのはアベリアスだ。
「いや………調べた限りでは我々の情報を帝国に流している気配はない」
「えぇ………じゃあ『裏切り』ってどうゆうこと王様?」
ネヴィルスに睨まれながら疑問を呈するアスタロト。
サタナエルは何かを言おうとして―――静かにその口を閉ざした。
「………まだ推測の域をでない。ここは『裏切り』とだけ言っておこう」
「いやいやいや、ここまで話広げたなら言ってよ王様」
「………すまないなアスタロト。―――だが、私の推測が合っているなら………明らかな『裏切り行為』があるはずなんだ」
「大丈夫だよ王様。王様の推理なら絶対―――」
「話が進まないから黙ってろ」
「おごぁ………」
アスタロトの脇腹に肘鉄を打ち込み彼の言葉を遮り、ネヴィルスは真っすぐサタナエルを見上げる。
「それで………その男のことを第一階級が集まったこのタイミングで話したということは………」
「あぁ、察しが良くて助かるよネヴィルス」
微笑みながら、サタナエルは三人の魔族をそれぞれ見つめ―――
「三人で内密にあの男を探ってほしい」
※ ※ ※
魔王軍幹部。
その集団は、軍を動かすうえで要となる魔族たちを指す。
ちなみに、魔王軍幹部=第一階級魔族ではない。
あくまで『軍』という組織を動かすうえで必要な魔族の集まりなのだ。
「アスタロト」
そんな幹部会が終わったあと。
廊下にて、サタナエルはアスタロトを呼び止めた。
「なぁに王様?」
ちょっと嬉しそうに振り返るアスタロト。
「いや、最近お前の占いをやってないなと思ってな」
「なんだぁ、てっきり模擬戦のお誘いかと思ったのに………」
「ハハハっ、露骨に残念そうな顔をするんじゃない」
アスタロト自身ですら予想外のお誘いに、『戦い』を期待していた彼の顔はむくれる。
が、サタナエルの要望ということもあり、アスタロトはすぐに切り替える。
「まぁ、王様のお願いならやるよ」
そういうと、アスタロトはサタナエルの黒い角にそっと触れて―――目を瞑る。
「ちょっと待っててね王様」
「ああ、存分に見てくれ」
アスタロトの占い。
それは魔王軍内にて、ある意味有名な占いだ。
なんでも、悪魔族専用の占いで、悪魔族特有の角に三分間触り続けて――――――十分間先の未来まで占うものらしい。
悪魔族だけしかできないうえに、三分間角を触られ続けて、たったの十分しか先を知れないせいで、的中率はいいものの、誰も受けたがらない占いだ。
アベリアス曰く、『的中率だけ異様に高い宴会芸』らしい。
一応、精度がかなり落ちて信頼に掛けるが、かなり先の未来まで占えるらしい。
「………王様も物好きだよねぇ。今の魔王軍の中で僕の占い受けてるの王様ぐらいだよ?」
「いいだろう。―――なんだか好きなんだから」
会話を広げるアスタロトは、そこで丁度三分間が終わったのか『いつも通り、先の未来を見てみる?』と提案する。
サタナエルも、その言葉に頷き―――やがて結果が告げられる。
「―――二本の剣………女王………平和………戦乱無き………時代………」
その言葉は、いつにも増して抽象的だった。
普段の占いは、アスタロトの見えた景色が、もっと具体的に伝えられる。
「………随分と曖昧だな?」
「ごめんね王様………なんだか間違ってかなり遠い未来を見ちゃってたみたいで………」
「ああ、いいさ。―――どうせ外れるしな!」
「………そうだけどさぁ」
サタナエルの言葉に、アスタロトは再びむくれる。―――労力を割いて占ってくれたアスタロトに、サタナエルは、『冗談だ。ありがとう』と謝意を述べる。
「それじゃ王様。―――僕は受けた仕事の相談をアベリアスとネヴィルスと相談してくるね」
「ああ。―――しっかり頼む」
「了解!」
『裏切り者』の調査についての相談をしにいったアスタロトを見送り、サタナエルは一人玉座に戻り―――安座する。
「『双剣の女王』………か」
薄暗い玉座にて、魔王は一人『光』を見る。
閲覧いただきありがとうございます。
超久々の魔族サイドの話な気がする…
ちなみに、ネヴィルスは作中で一回だけ、本当に少しだけ出てます。
…わかるかな?




