伝えた言葉
シューリの墓は、『メフェリト』郊外の小さな森の中―――小さくも非常に美しい泉のすぐそばに建てられた。
街中の墓地は、今回の騒動で酷く荒れていた―――という理由もあるが、一番の理由は、
『騒動の原因であるウーズのお墓は………被害者や遺族に反感を買うわ』
というハーディの一言だった。
最初はヨミヤもヴェールも、ハーディに喰って掛ったが、『『第三者』から見れば関係ないわ………』という言葉と、
『何より、そんな理由で万が一シュケリちゃんのお墓を荒らされるのは………嫌じゃない?』
という、困った顔をするハーディにヨミヤもヴェールも納得するしかなかった。
「………」
「………………」
「………………」
その小さな墓標の前で、ヨミヤとヴェール――――――そして、イルが旅立った一人の少女に祈りを捧げていた。
そして、ほんの少しの間を空けて―――
「………行きましょうか」
「あぁ」
「………またねお姉ちゃん」
三人は、供えられた花束を見下ろして―――歩き出した。
「お母さんは………お姉ちゃんになんて言ったの?」
臨時避難場所まで戻る道中、不意にヴェールがそんなことをイルへ問いかける。
イルは、そんな娘の問いに微笑みながら答えを返した。
「娘が世話になった礼と――――――『ヴェールを愛してくれてありがとう』と………そう伝えたんだ」
「………そっか」
イルの返答に、少しだけ赤くなりながら俯くヴェール。彼女はそんな娘の頭をクシャクシャに撫でる。
「ふふっ………」
ヴェールも、そんな母の手を満更でもないように受け入れている。
「そんなヴェールは、その『シュケリ』という娘に―――なんて伝えたんだ?」
「んー? 私はね………」
今度はイルがヴェールに問い返す。すると、ヴェールはスッとヨミヤとイルの前に躍り出ると、手を後ろに組み、母そっくりの微笑みで語った。
「悲しいけど………辛いけど………お姉ちゃんの言葉を胸に『頑張る!』って―――そう伝えたの!」
その瞳の端に、ほんの少し………ほんの少しだけ雫を見せながら、少女はハッキリとした声でヨミヤとイルに自分の言葉を紡ぐ。
「お姉ちゃんにまた―――笑って会えるように私………頑張るの!」
少女は進む。
託された言葉と共に、悲しみに向き合い――――――真っ白な『強さ』を携えて進み続ける。
「………」
そんな少女を、夜の少年は真っすぐ見つめた。
※ ※ ※
夜。
避難所の広場………その中心にある魔工具で作られた噴水をヨミヤは一人で眺めていた。
「よぉ………」
そんなヨミヤに声をかける人物が一人。
「………どのツラ下げて声をかけたんだ」
ヨミヤは、その人物―――剣崎ヒカリに視線だけ送り………すぐに目を噴水へと戻した。
「………まぁ、色々あってな」
ヒカリはヨミヤの少し後方で、一緒に噴水を見上げる。
「………」
「………」
そして、沈黙の時間が流れる。
互いに口を開きもせず、共に同じものを見上げる。が―――
「………なぁ」
意外にも沈黙を破ったのはヨミヤだった。
「なんだ?」
ちょっとだけ目を見張るヒカリは、それでも冷静に言葉を返した。
「………他のみんなはどうしてる?」
「なんだ、散々みんなをボコっておいて………気になるのか?」
「うるさい。―――いいから答えろ」
少しだけ殺気を帯びるヨミヤにヒカリは肩をすくめると、それぞれの近況を話し出す。
「『メフェリト』の新しい統治貴族はまだ決まらないけど………どうやら『貴重な資料』とやらがまだ残ってる可能性があるとかで、復興人員の送迎に茶羽は駆り出されてる」
ヒカリ曰く、転移魔法を十全に使いこなせるのは茶羽しか居ないらしく、帝国からの復興人員―――騎士団を『メフェリト』に運ぶのに使われているらしい。
「タイガと加藤は復興の手伝いと、近くに沸いた魔獣の討伐だな。―――特に加藤は足が速いから、魔獣討伐にしょっちゅう駆り出されているらしい」
「………」
「そうそう、あのエルフの人………ハーディさん………だっけ? あの人ともう一人のナーガマ―さん………って人が主体となって街の復興に取り掛かっているらしい」
当初は騎士団だけで行うはずだった復興作業も、『賢者の柱』の主任研究員だったナーガマ―と、『魔工具』の開発に携わったハーディの声掛けにより、生き残った住民全員で進めるとのことだった。
「………さすがハーディさんとナーガマ―さん」
その話に、今まで表情を消していたヨミヤの顔が少しだけ緩む。
だが、すぐに表情を引き締めると、ヨミヤは少しだけヒカリに目を向ける。
「それで………アサヒは?」
アサヒ近況だけ催促するヨミヤに、ヒカリは一瞬胡乱気な瞳を向ける。
が、ため息をつきながら口を開く。
「………アサっ―――真道は俺達が助けきれなかった負傷者の治療に当たってる」
「………そうか」
この数日間、ヨミヤは自分の心の整理と―――あの親子に付きっ切りで周囲のことが全く見えていなかった。
今となっては回復魔法が使える自分もアサヒに協力できたのではないかと罪悪感を募らせる。
「―――気を付けろよ」
その時、不意にヒカリが声色を低くしてヨミヤへ目を向けた。
「あのウーズは『賢者の柱』から発生した。………それは生き残った住民全員が理解している」
「………」
「誰もが少なからず『人為的』にこの事態が発生したと感じてる」
「………」
「そんな折、帝国は住民に正式に通達した。―――『フォーラム』の存在を」
「………明かしたのか、あの組織のこと」
「あぁ、変な陰謀論とか囁かれる前に、ヘイトを集めるために明確な『敵対組織』を出したんだろうよ」
ヒカリ曰く、首謀者としてシルバーとアザーは帝国に連行されたらしい。―――本来の首謀者・統治貴族アルドワーズ・ネーロの名前は公表されなかったらしい。
『だがな』と、勇者は言葉を続ける。
「住民の間では、首謀者の中に魔族が居たせいか―――魔王軍と『フォーラム』の関係がささやかれてる」
「………そんなバカな話があるのか? あの組織は魔国も帝国も潰そうとしてたんだぞ」
「あるんだよこれが。―――なんせ、風聞が悪いから帝国が『フォーラム』の本当の目的を公表してないんだ」
「………」
『首謀者だけが捕まり、動機などが公表されていない』現状に、ヨミヤは頭の奥底が痛くなる感覚がする。
―――これじゃあ、アルドワーズのやろうとしてたことが『正しい』みたいじゃないか………
きっと、国を治めるためにはヨミヤの想像のつかない選択が必要なのかもしれない。
だがそれでも、アルドワーズと直接言葉を交わしたヨミヤはなんとも言えないモヤモヤ感を抱く。
「だから、気を付けろ」
「………何がだ?」
「お前が肩入りしてる、あの親子だよ」
「………何が言いたい?」
要領を得ないヒカリの言葉に、ヨミヤは少し苛立ちを見せる。
一方のヒカリも、理解の遅いヨミヤに呆れたように言葉を付け加える。
「今、街の住人は『魔族』って存在に敏感だ。―――あの親子はキレイだから誤魔化せてるけど………気づかれたらどんな仕打ちがあるか………」
「………ハッ、なるほどな」
ヒカリの憶測でしかない話だが………ヨミヤは実際に魔族への差別を目にしたことがある。
あの意識が根底にあるのなら、魔王軍と関係のないヴェールやイルに標的が向いてもおかしくはない。―――少なくとも、ヨミヤはそう感じてしまった。
「………心底、呆れるよ」
呟く言葉は、しかしヒカリには届かず、一人で大地に落ちて行った。
「――――――それを踏まえた上で、どうすんだよこれから」
そこまで言葉を繋いで、ヒカリは視線を噴水に移しながらヨミヤへ『これから』を問う。
「………」
一瞬、噴水に視線を移したヨミヤだったが―――すぐにその瞳を避難所のメインストリート………その先へ向ける。
「オレは、イルさんとヴェールを故郷へ送り届ける」
「………アサヒはどうする」
『もしも』を考えていたヒカリは、ヨミヤの決断に、一人の少女を引き合いに出す。
だが、振り返った少年の瞳は………一つも揺らいでいなかった。
「イルさんはオレを支えてくれた。ヴェールはここまで旅をした大切な仲間だ。―――そして、彼女達の幸せは、シュケリの願いだ」
「………」
その顔に、かつての少年の面影はなかった。
誰とも仲良くなれず、一人の女の子に縋るように毎日を過ごしていた少年の面影はなかった。
「これは―――オレのやりたいこと、なんだ」
「お前………」
少年が変わった切っ掛けは、語るべくもない。―――そんなの『勇者』と称えられる少年が一番理解している。
「それに、オレはお前のことまだ許してないしな」
「………そーかよ」
目を地面に向け、ヒカリは口元を強く引き結び―――やがて、獰猛に口の端を吊り上げた。
「まだ許せないんだったら―――全部終わったらまた殺しに来いよ」
ヒカリのまさかの言葉に、ヨミヤは瞠目する。
「はっ………正気かよ」
「あぁ。―――だが、今度も簡単にはやられてやらない。俺にもやることがあるんでな」
先ほどとは打って変わり、男として獰猛な一面を隠しもしないヒカリは、ヨミヤに顔を近づけて静かに宣う。
「――――――来ないなら、俺がアサヒを口説いてやるよ」
「………………テメェ」
きっと、天地がひっくり返ろうとも、アサヒがヒカリに靡くことはないのだろう。
それはヨミヤも頭ではわかっていた。
だが、それでも『勇者』の一言は『復讐者』の心に火をつけた。
「上等だザコ勇者」
「せいぜい途中で死ぬなよ負け犬復讐者」
そうして、復讐者は新たな道を歩き出し、勇者はその背中を見送る。
「………」
そうして、ヨミヤが去ったあと、ヒカリは一人胸を無造作につかむ。
―――また、燃えている。
それは、全ての元凶である『とある能力』。
負の感情を増幅させる、ヒカリにとって忌々しい能力がまた、人知れず燻っていた。
―――もう、発動することはないと思ってたんだがな………
ヒカリは、ヨミヤへの嫉妬心を『克服した』と思っていた。
―――否、心の奥底を突き刺す『罪悪感』が嫉妬心を殺したのだと勘違いしていた。
「………」
だが、こうも簡単に再燃する感情。
理由は明白だった。
―――俺にはもう、アサヒを気遣うことすら出来ないってのに………
ヒカリにはない『資格』をヨミヤは持っている。
その『資格』を、ヨミヤはヒカリの前でいとも簡単に捨ててしまった。
「………」
その事実が、殺したはずの嫉妬心を再起させてしまったのだ。
「………落ち着け………落ち着け」
―――ただ、
ただ、それだけではない。
その想いを塗り潰されそうな心に上塗りしようと、ヒカリは一人苦悩する。
「オイ」
その背中に、ヒカリにとってなじみのある声が掛けられた。
閲覧いただきありがとうございます。
親友は、今度こそ彼の心をほぐすことができるんでしょうかね?
皆さんの想像にお任せします…




