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Odd :Abyss Revengers  作者: 珠積 シオ
罪科の犠牲編
183/270

悲しみの傍らの再会 ニ

「お姉ちゃん………」


 見たことのある闇、既視感のある光景。


 私は今、暗闇の中を、たった一つの背中を追いかけて走り続けている。


 だが、知っている。―――伸ばすこの手は届くことはない。


 『姉』と慕う背中は、以前見た夢では『母』だった。


 そして、その夢の中で私は―――


「あっ………」


 あっけなく暗闇に落ちていく。


 そう、全部知っていたことだ。


 冷たい牢獄の中で、私に触れてくれたあの温かい手は―――ない。


 『なぜあの人が死ななければいけなかった』だとか、『理不尽な死に怒りを抱く』だとか、そんな感情はない。


 あるのは、ただただ胸に穴をあける『悲しみ』と『虚しさ』。


 それらの感情を見つめて私はまた、涙をこぼして落ちていく―――



 ※ ※ ※



「………」


 ゆっくりと、頬に涙の気配を感じながらヴェールは目を開く。


 直前に見た夢を思い出し、嫌でも『シュケリ()』が居ないことを突き付けられたヴェールは、頭の奥が重くなるのを感じながら、あることに気が付く。


「おはようヴェール」


 自分の手を母がしっかりと握っていたのだ。


「お母さん………?」


 なぜ母が自分の手を握っているのか分からず、不思議そうな顔をするヴェール。


 そんな彼女に、イルは呆れたように言葉を紡ぐ。


「あのだな………お前が寝ぼけながら握ってきたんだぞ………? そんな不思議そうな顔をするんじゃない」


「ぇ………? あっ、そうなんだ………? ―――なんだかごめんなさい」


 ほんの少し、ハッキリしない頭でヴェールはすぐに手を放そうとして―――


「気にするな」


 今度はイルがヴェールを抱き寄せて、その小さな体をギュッと抱きしめる。


「お母さん………」


「………限界だ。―――今までずっと探してたんだ………こうやって抱きしめてもいいだろう」


「うん………!」


 胸の中の暗闇を温めてくれるような人肌に、ヴェールは縋るように抱きしめ返す。


「………」


「………」


「………お母さん」


「なんだ?」


 互いに寝起きのまま、身体を寄せ合う。


 そのままヴェールは口を小さく開く。


「私………お姉ちゃんが………死んじゃって………悲しいの」


「………ヴェールに良くしてくれた少女のことだな」


「うん………」


 大切なものをゆっくりと並べるように、ヴェールは少しづつ言葉を紡ぐ。


「優しいあの人が好きだった………あの人の優しい手が好きだった………私の名前を呼ぶあの落ち着いた声が好きだった………」


「………」


 少女は母の胸の中で再び涙を流す。


「でももう居ないの………! あの優しい手にもう触れないの………! あの声はもう私を呼んでくれないの………! そう考えるだけで胸の中がグチャグチャになって………涙が止まらないの………!」


「そうか………それは………辛いな………」


「もう………どうしたらいいのか分かんないの………! もう一度………もう一度お姉ちゃんに会いたい………………会いたいよぉ………………!」


 悲しみの泥に嵌る少女。


 あまりに粘性の高いその沼は、少女の小さい体では抗うことすら難しい。


「そうだな………『旅立って行った者達に会いたい』………よくわかる………」


 イルは、そんなヴェールの頭を優しく撫でる。



「落ち着いたか?」


 間借りしている家のリビング。


 ヨミヤは買い出しに出ていて、二人しかいない部屋の中で、ヴェールは数日ぶりに寝室から出て、テーブル越しにイルと向かい合っていた。


「うん………………ごめんなさい取り乱して………」


「大事な者を亡くして悲しまない者は居ない。―――むしろ今はヴェールが部屋から出てきた。それだけで大きな一歩だ」


 少しだけ言葉を交わすと、イルは立ち上がりキッチンから温かい飲み物を用意して戻ってくる。


「ヴェール」


 イルは、シロップ入りの甘い飲み物をヴェールに差し出しながら、彼女に微笑みながら訪ねた。


「良ければ、お前を助けてくれた『シュケリ』という少女の話―――私にも教えてくれないか?」


「………うん」


 小さく頷くヴェールは、ゆっくりと言葉を並べていく。


 シュケリとの出会い、『お姉ちゃん』と呼ぶようになった切っ掛け、彼女の健啖っぷり――――――短い旅の中の、たくさんの思い出を一つ一つ丁寧に話すヴェール。


 中には母親であるイルが卒倒しそうな内容もあったが―――そのあとに必ずヴェールが少しだけ口角を上げて話を続けるため、そのままイルは聞き手に回る。


「―――これは、会えなかったのが悔やまれるな」


「えっ………? 何かいったお母さん?」


「いや、なんでもないよ」


 あんなに塞ぎこんでいたヴェールが、嬉しそうに思い出を語るその姿に、ヴェールにとって『シュケリ』という存在がどれだけ大きかったかを思い知るイル。


 全てを語り終えるころには、入れた飲み物を全て飲み干してしばらくたった頃だった。


「楽しかったんだな」


「うん」


 イルの問いかけにまっすぐ答えるヴェール。


 そんなヴェールを見つめて―――イルはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「―――なら、歩き続けなければな」


「えっ?」


 イルの言葉の意味が分からず、疑問の声を上げるヴェール。―――イルはその疑問に答えるように口を開く。


「悲しくても、辛くても、しんどくても―――歩き続けていれば、あとで思い出した時に、思い出は一層温かくなる」


「歩き………続ける………?」


「そう、歩き続ける―――泣くのをやめて頑張るんだ」


 言葉を噛み砕くイル。―――ヴェールはその言葉を真剣に聞く。


「悲しみを抱えて、頑張って頑張って頑張って頑張り続ける。―――そうやってふと振り返ったときに、旅立って行った者達に向かって胸を張って言ってやるんだ。『あの時、こんなことがあったな』って」


「………頑張って頑張って頑張る」


 きっと、イルの言葉をヴェールは全てを理解できていない。


 それでも、彼女の胸の中には、胸を張るヴェールの頭を撫でてくれるシュケリの姿がある。


 だが―――


「………できるのかな私に」


 少しでも気を抜けば、今にも涙が溢れそうになるヴェールは呟きを落とす。


 胸の中の喪失感という名の『穴』が、熱を帯びて少女の胸中を掻き回す。



「できる」



「………」


 そんなヴェールの手を、イルは強く握る。


「ヴェールなら、絶対にできる。―――そのために『母親(わたし)』がいる」


「………お母さん」


 微笑むイル。―――そんな彼女は、『それに』と続けて席を立つ。


 そして、玄関の扉の前まで行き………勢いよく扉を開けた。


「いでッ!?」


「………ヨミヤ?」


 そこには、ヴェールとイルの話を盗み聞ぎしていたであろうヨミヤが、地面に倒れ込んでいた。


「―――盗み聞ぎとは趣味が悪いじゃないかヨミヤ」


「あ、いや………………ヴェールが久々に部屋から出てイルさんと話してたから………邪魔しちゃわるいと思って、あの、その………」


 色々と言い訳を述べていたヨミヤは、最終的に『ドウモスイマセンデシタ』と謝罪を述べていた。


「ヴェール。お前の背中は私が支えよう。―――それでも、まだ悲しいなら同じ悲しみを抱える者に目を向けるんだ。………きっと一緒に頑張れる」


「………」


 イルの言葉に、自然とヴェールの瞳がヨミヤへ向く。


「………えっと」


 外から、話の流れを大体聞いて居たであろうヨミヤは、ほんの少しだけ困ったような顔を浮かべて―――


「―――シュケリの最後」


「………!」


 ヴェールはヨミヤの言葉に反応し―――少年とその視線を交わす。


「………彼女はヴェールに『笑顔の素敵なままで』って言ってた」


「………!」


 重く深く、暗い感情の奥底。


 透明な(ヴェール)に包まれた夕焼けの記憶の中で、死に向かう少女は自身を笑顔で慕ったヴェールに―――『笑顔』を祈った。


「辛いし………悲しいし………弱い自分を呪うばかりだけど………」


 少年は少しだけイルを見やり――――――やがてヴェールへ視線を戻した。


「―――残されたオレ達には、きっと彼女の『言葉』を秘めて………頑張ることしかできない。少なくともオレはそう思い続けることにした」 


 ヴェールを見つめる夜のような瞳は、静かに『君はどうする』と問いかけているようだった。


 『笑顔の素敵なままの貴女で居てください』


 脳裏に―――記憶の奥底で大好きだったあの人は、儚く微笑んでいる。


「………」


 ヴェールは何度も口を開こうとして、込み上げる感情がソレを妨げて―――それでも、彼女は『悲しみ』として流れ出る涙を無視して言葉を絞り出した。


「わたっ、私も………笑って………笑ってお姉ちゃんにっ………『頑張ったよ』って………言いたいっ………!!」


 何度もしゃくりあげて、それでもなお言葉を並べたヴェールは、やがて堰を切ったように大声で泣きだした。


 イルは、そんな娘の背中を優しくさすり、ヨミヤは彼女の涙を優しく拭った。

閲覧いただきありがとうございます。

最近、本当に涙もろくて…

一周回って、最早泣きに行ってる感じがしてきました。

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