悲しみの傍らの再会
「………」
ウーズ・ブレイクの再臨から三日。
帝国中を恐怖させたかの巨獣は、『勇者』と『聖女』によって討伐された―――帝国は表向き、世界にそう発信した。
「ヴェール」
「お母さん………」
しかし、ウーズ・ブレイクの再臨は様々な傷跡を残した。
その最たる例が、世界に誇る『メフェリト』の壊滅だ。
帝都に続き、人口の多い『メフェリト』。―――この騒動で生き残ったのは勇者に保護された約五十名と、自力で生き残った約百名あまり。
最早都市機能を維持できる人口ではなかった。
「朝食の準備が出来たが………食べれそうか?」
「………ごめんなさい。お腹空いてない」
「………そうか」
よって、生き残った住民は、以前にウーズ・ブレイクが現れた時に使った避難所にて生活している。
今は、勇者一行が転移魔法を駆使して、帝国と協議を行っており、国の沙汰を待っている状態だ。
そして―――
「イルさん………ヴェールの様子は………?」
「ヨミヤか………………ヴェールは相変わらずだ」
『メフェリト』近郊に緊急避難所として、建物が建設されている町とも呼べない町の一角で、一軒の家を借りているヨミヤは、ヴェールの部屋から出てきたイルへ声をかけた。
イルは、ヨミヤの存在を認めると、瞑目しながら静かに首を振る。
「シュケリといったか………その娘は、ヴェールが『姉』と呼んでいたのだろう?」
「………はい。よく一緒に寝るくらいには………慕っていたはずです」
「なら仕方ないだろう。―――今は時間が必要だ」
眉を八の字にするヨミヤに、少しだけ微笑むイルは、ヨミヤの肩に手を置き………通り過ぎていく。
「………なんだか………すいません」
ヨミヤは、そんなイルの背に―――なんとなく謝罪の言葉を投げかけてしまう。
「………なんで謝るんだ?」
「いえ………もっとオレが上手くやれば………強ければ、シュケリを助けられて―――ヴェールも悲しまずに済んだじゃないのかって………」
目を伏せるヨミヤ。
「………」
イルは、そんな少年の顔をジッと見つめる。
ヨミヤは、その視線を地面に向けているせいで、イルが彼の顔を見つめていることに気が付かない。
「………」
イルは何も言わず、視界を落とし続けるヨミヤへ近寄る。
そして―――
「顔を上げろ」
むぎゅっと、ヨミヤの両頬を人差し指と親指でつまみ、ヨミヤの顔を持ち上げた。
「へっ………?」
イルの思わぬ言葉と行動に、目を点にするヨミヤ。
しかし、イルはヨミヤの目を見つめ、言葉を続ける。
「昔、兵士として戦っていた時に教わった言葉だ」
短く言葉の出どころを告げるイルは、すぐにヨミヤの顔から手を放すと、近くにあった椅子を引き、ヨミヤをその椅子に座らせて話を続ける。
「戦場では、仲間も敵も簡単に死んでいく」
そして、自身もテーブルをはさんで反対側に座る。
「―――戦場には精神を揺さぶるものがそこら中にある。その中で、『自分の命を大切にするのか』『誰かのために命を賭けるのか』『国のために死ぬのか』………どんな選択をするにしろ、まずは『顔を上げないと何も見えない』ということらしい」
「顔を上げないと………何も………」
「そうだ。―――親しい者を亡くして………悲しい気持ちは分かる。だが、今はとりあえず顔を上げて私の顔を見てみろ」
イルに言われるままヨミヤは視線を上げて―――
「どうだ? 『ヴェールを悲しませてお前に怒っている』顔に見えるか?」
その先には、困った顔で微笑むイルの顔が映る。
「イルさん………」
「―――なぜ娘を助けて………守り通してくれた人間に怒れる?」
きっと、大多数の人間が―――魔族が、イルと同じ状況にあってヨミヤへ感謝をする。
だが、少年は今、シュケリを助けられなかった喪失感と悔恨に囚われていた。
「ヨミヤ………お前のこれまでの戦いを少し聞いた」
胸に空いた穴が、少年の目を曇らせていた。
「―――どんなに苦しくても諦めなかったんだろう? ………なら、悲しみと向き合ってお前は『顔を上げる』ことができる。―――そう私は信じるよ」
「………そうですね。―――そんな大層な人間じゃないですけど………頑張ります」
―――未だ悲しみは晴れない。それでも、少年は顔を上げて目の前の女性の顔を見つめた。
「―――改めて、礼を言わせてくれヨミヤ」
少年の目の色が少しだけ変わったことに気が付いたイルは、今度は背を伸ばして………静かに頭を下げた。
「娘を―――ヴェールを助けてくれて………本当にありがとう」
「いえ………成り行きとはいえ、無事にイルさんの元に送り届けることが出来てよかったです」
「本当にお前には助けられてばかりだよ」
「気にしないでください。―――それにイルさんにはたくさんお世話になってますから」
イルの微笑む顔に、少しだけつられて嬉しくなったヨミヤは、足元に置いてあった赤いショルダーバッグを持ち上げてイルに見せる。
「なんだまだ持ってたのか?」
「ええ、このバッグはお世話になりっぱなしですよ!」
バックを膝の上に置き、しっかりと抱きしめるヨミヤは、『それに―――』と続ける。
「帝都に行く前の夜とか、今みたいに――――――イルさんにはたくさん元気づけてもらいましたし………オレもイルさんにたくさん助けられてますよ!」
年相応に笑って見せるヨミヤ。
「そうか―――そうだといいな」
そんな少年の顔を見て、まるで子どもを見るような目でイルはポンポンとヨミヤの頭に手を置く。
「でも、こっちは娘の命を助けてもらったんだ。―――他に何か助けてほしいことがあったらすぐ言ってくれ」
「はい!」
イルの手が少し恥ずかしくて―――それでいて何だか嬉しくて、少年は元気に返答してしまった。
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少し事後処理の回が続きます。それが終わると、プロット整理のため投稿に間が空くかもしれません。
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