無窮の記憶
光が視界を包み、世界が白に染め上がられる。
そして、ほんの少しの浮遊感の後―――
「――――――………」
オレは気が付くと、『賢者の柱』………その残骸の前で立ち尽くしていた。
「オレ………………」
少しだけ状況が飲み込めずボンヤリして―――オレは思い出した。
「ッ!!!」
『どんな状態か………私にも想像はつかないわ』
ウーズ・ブレイクの精神世界にてシューリに告げられた言葉がオレをその場に留めてはくれなかった。
「シュケリッ!!!?」
すぐに周囲を見渡して―――数十メートル先にて仰向けで倒れているのを発見する。
「シュケリ!!」
ウーズ・ブレイクが消滅したことにより、空が正常に夕焼けを告げる。
西日が視界を遮るのにも構わず、オレはすぐにシューリに駆け寄り、その細い体を抱き上げる。
「ヨミヤ………様………?」
「そう………そうだよ………ヨミヤ………」
あまりにか細い声で名を呼ばれ、脳裏を焼く焦燥が一層に強くなり、オレは必死にシュケリの言葉を肯定した。
「終わった………終わったんだ………君を苦しめる奴は………もういないんだ………」
「そう………でござい………ますか」
シュケリはオレの言葉を聞くと、少しだけ悲しそうな顔をして、オレの顔を見上げる。
「私は………ヨミヤ様に迷惑をかけて………ばかりでございますね………」
「そんなことない………そんなこと………ない………!」
「そんなこと………ありますよ………地下牢で………貴方のスープを………飲んでしまった………あの日から………」
まるで燃え尽きる直前のロウソクのような弱弱しい声で、シュケリは語る。
それがまるで何かの前兆のように感じるオレは、今度はシュケリの言葉を否定するために、必死に首を振る。
そんな自分が今、どんな顔をしているのか―――オレにもわからない。
「お姉ちゃんッ!!」
そんな時、ハーディに連れられたヴェールが彼女の杖から飛び降り、つんのめりながら駆け寄ってきた。
「ヴェー………ル………?」
「お姉ちゃん!!」
ヴェールは、そのままシュケリの首に手を回すと、彼女にしっかりと抱き着いた。
「無事で………よかった………」
わんわんと涙を隠しもしないヴェールを、優しく―――そっと撫でているシュケリは、不意に、オレと目が合う。
その眼はか弱くありながら―――何か悲壮なものを秘めているように感じて、その眼から無性に目を背けたくなった。
だが、『目を逸らしてはいけない』という感情も同時に染み出し―――オレは、首を横に振りたくなる衝動を抑えて………向き合った。
「ヨミヤ様………ヴェール………お伝え………したいことが………」
「………? お姉ちゃん………?」
ヴェールは一人、不思議そうな顔をしている。
オレは、彼女が何を言いたいのか予感しながらも、必死に彼女の目を見つめる。そして―――
「私は………どうやら―――手遅れのようです………」
冷たく、変わりようのない事実が突き付けられた。
「ッ………!?」
ヴェールは示された現実に―――すでに示唆されていた事実に………動揺した。
オレはというと、現実を認めたくなくて、歯を食いしばり―――強く目を瞑った。
「身体を構成していた細胞が………ほとんど無くなってて………身体を………維持、できません………」
シュケリ曰く、いくら人間の形をしていたって『ウーズ』。身体の細胞がなくては生命の維持が出来ないらしい。
「いや………いやだ………お姉ちゃん………死んじゃヤダっ………!!」
最初に出会った大人びたヴェールも、今は年相応―――否、それより幼く見えるほど涙を流し………取り乱している。
「そう………ですね………私も………今更………命が―――惜しい………貴女の成長を………見たい………」
きっと、言葉を紡ぐのやっとだろう。―――それでもシュケリは、必死に声を絞り出しヴェールへ想いを届ける。
「ヴェール―――貴女ともっと………一緒に………居たい」
「………」
ハーディは、そんな三人の様子を遠くから見ている。
―――私は………『死んだ』シューリとイアソンに再開した………誰でもないヨミヤくんのおかげで………
精神世界でハーディは、ほとんどの心残りを―――家族との最後を過ごすことができた。
だが、それはシューリを殺すつもりだったヨミヤの協力があったから。
それは、裏を返せば、『ウーズ・ブレイクが分身体を使いすぎる前に殺せる可能性があった』ということ。
仮に、可能性が実現されていれば、シュケリが助かる可能性だってあったはずなのだ。
だが、事前にイアソンと―――シューリの話を聞いていた、あの心優しい少年は、悲劇の親子の仲を繋いだ。
―――その代償が『これ』なら………私には………悲しむことは………許されない………
あの馬車の中で、確かに言の葉を交わした女の子。
娘にそっくりで、それでいて、いつも一人の男の子を気にかけていたあの少女の最後に―――踏み入ってはいけない。
「ごめんなさいシュケリちゃん………私の………私『達』のせいで………」
少女を犠牲にし―――家族との最後を過ごしてしまったエルフは………静かに瞑目した。
「あの………」
その時、ハーディの肩に手を置く者が居た。
「………あなた達」
そこには、外壁の中に居たであろうアサヒや………他にも戦って居たであろう者達、全員の顔があった。
「ウーズ・ブレイクは………どうなったんですか?」
アサヒの問いに、ハーディは力なく笑い―――答えた。
「大丈夫―――倒したわ」
その瞬間、全員が僅かにざわつく。
その感情の中には、確かに喜色の気配がある。
「ただ――――――お願いがあるわ」
「………なんですか?」
それぞれが思い思いに話に花を咲かせる中、アサヒだけがハーディの言葉に耳を向けて―――
「今だけは………あの三人を見守ってくれないかしら」
「ヨミヤ様………」
「どうしたの………?」
縋りつくヴェールを優しく撫でながら、おもむろにシュケリはオレに言葉を向ける。
「こんなどうしようもない私ですが………………最後に一つだけお願いしてもいいでしょうか?」
「えぇ、もちろん………」
その言葉は、涙に濡れた。
シュケリが安心できるように、必死に表情を作った。―――けれど、『最後』という言葉に酷く感情を揺さぶられて………結局頬に熱いものが流れてしまう。
「『カロンド』で見た空を―――無限に広がる世界を………また三人で………見たいのです………」
以前、シュケリとヴェールが人攫いに捕まったことがあった。
オレは、二人をそこから救出したあと、乗合商業馬車を追いかけるために、二人を抱えて街の外壁を飛び越えたことがあった。
シュケリは、どうやらその時にみた景色をもう一度見たいらしい。
「あぁ………いくらでも連れて行くよ………」
下手糞に笑い、オレは涙をこらえてシュケリを横抱きにして立ち上がる。
「ヴェール………ついてこれるね?」
「………………うん」
シュケリとオレを見上げて―――ヴェールは真っ赤に泣き腫らした顔で頷く。
ヴェールの同意を確認すると、今度は自分の能力を使い―――遥か天空まで結界の階段を作り出す。
「………行こうか」
涙を堪え、悲しみを抑えて―――オレ達は他愛のない会話を広げて階段を上る。
しかし、次第に弱くなっていくシュケリさんの声が、嫌でも終わりの時が近づいていることをオレ達に伝えてきた。
やがて―――
「ああ………」
賢者達の集った塔よりも、なお高い場所で、燃えるような山吹色の空を見てシュケリは息を零す。
「無限の空が………こんなに力強く………燃えている………」
オレは結界で足場を広げ………その中央でシュケリを抱いたまま腰を下ろす。
ヴェールもそんなオレに倣うようにシュケリの傍に座り込む。
「私は………幸福です………」
オレの服とヴェールの手を弱々しく握りしめ、シュケリは呟く。
「大好きな人たちと………最後に………こんな景色を見れるなんて………」
「………うん」
「ヨミヤ様………ヴェール………」
「なぁにお姉ちゃん」
「本当に………ありがとう………ございます………」
「気にすることないよ。なぁ、ヴェール」
「うん。お姉ちゃんの為だもん」
「フフっ………」
力なく笑い―――シュケリはゆっくりとヴェールの頬に触れる。
「ヴェール………どうか笑顔の素敵なままの貴女で居てください………」
「うん………」
頬に触れた手をヴェールが握る。
そして、今度は震える手でシュケリはオレに手を伸ばす。―――そして、ヴェールと同じようにオレの頬に触れて見せる。
「ヨミヤ様………私は貴方の優しさに何度も………救われました………だから………………どうか………」
その瞬間、シュケリの顔が優しい微笑みを―――見せる。
「優しいままで………」
「あぁ………頑張る………頑張るよ………オレ………」
やがて、微笑むシュケリの頬から一筋の涙が流れ―――
「二人とも………大好き」
一人の少女が、その短い生の幕を下ろした。
少女の亡骸の傍には、静かに悲しみの慟哭が落ちる。
泥から生まれた少女は、この日、彼らの中で無窮の記憶となった。
閲覧いただきありがとうございます。
誰かに覚えてもらえるって凄いことですよね。
それが良いことで覚えてもらっていたら、きっとこの上ない幸福です。




