汚泥深層決戦 ジュウ
―――入ったッ!!
分身体の攻撃がヨミヤ達に届く寸前、シューリを囲っていた結界の一部が壊れ―――なだれ込むように中に侵入したことで殺到する攻撃を回避する。
だが、それでも結界の壊れた箇所から分身体が侵入を試みる。
「させるかッ!!」
ヨミヤはすかさず熱線で分身体をまとめて貫き―――結界の壊れた箇所に自分の結界をかぶせることで分身体の攻撃を遮断する。
「………」
ガンガンと結界を攻撃する分身体。
しかし、今のヨミヤが張った結界を破ることは分身体にはできない。
油断はできないものの、一行はひとまず息を吐いて、
「さて―――」
イアソンはシューリへと向き直った。
「シューリ」
名を呼ぶ。
「………」
しかし、返答はない。
「………シューリ」
それでもイアソンは少しづつシューリへ歩みを進める。
「来ないで」
そんなイアソンへの初めての返答は、拒絶だった。
「………そうか、そんなものの記憶まで読み取ったか」
振り向いたシューリの手には『銃』が握られていた。
イアソンか、ハーディか、セラドンか―――少なくともウーズ・ブレイクの中にはシューリが再現できそうなほど多くの『銃』に関する記憶がある。
そんな記憶の中から再現された兵器が―――皮肉にもイアソンに向けられていた。
「今更………今更………私のことなんてみんなどうでもいいでしょ!!?」
銃口を突き付けたままシューリは叫ぶ。
「私の夢を否定して、死んだらシュケリを代わりにして………家族ごっこは幸せだったんでしょ!!」
「………」
シューリの言葉にイアソンは言葉を返さない。
そして、この状況に置いて『沈黙』は『肯定』にも等しかった。
「あなたなんか………嫌いッ!」
激情に促されるままシューリは発砲。
弾丸はイアソンの頬を浅く裂いてあらぬ方向へ飛んでいく。
「シューリ待って………! 私たちの話を聞いて!!」
『錯乱』と呼ぶに相応しい様子のシューリに、たまらずハーディが声を上げる。
「聞けない!! 聞けるわけがないッ!! どうして私を捨てた人たちの話を聞くことができるのよッ!!」
が、感情をむき出しにするシューリは聞く耳を持たず、手にした『銃』を発砲する。
「ハーディさん!!」
ヨミヤは咄嗟にハーディの前方に結界を展開。凶弾の到達を阻止する。
「―――やっぱり説得は無理か」
ヨミヤは結界の向こう側のシューリを見つめ、冷静に状況を『終わらせよう』とする。
が―――
「頼む少年―――私に話させてくれ」
ヨミヤの結界の前にイアソンが立ち塞がる。
「で、でも―――」
「――――――頼む」
今にも泣きだしそうな顔で、まっすぐ微笑むイアソンにヨミヤは、
「………わかりました」
そう頷くことしかできなかった。
「――――――僕も昔、『夢』をヒューナに認めてもらったことがあるよ」
ヨミヤ達に背を向けて、イアソンは一歩踏み出した。
「来ないで!!」
発砲。
「ッ………」
「ッ!?」
弾丸がイアソンの脇腹に直撃する。
「………」
「っ………!!」
それでも、イアソンは一歩を踏み出す。
「そのときは嬉しくて泣いてしまった。―――そんな僕をシューリ、君が気遣ってくれたんだ」
「イヤ………」
顔を引きつらせるシューリに構わずイアソンは言葉を紡ぐ。
「………僕はなんて恩知らずで………バカな人間なんだろうね」
体内から零れる血が口の端から流れる。―――そんなことをイアソンは気にもしない。
「『夢』を応援してもらった身で君を否定し、気遣ってもらった身で肝心な時に君の隣に居なかった」
「イヤ………聞きたくないっ………!」
「―――シューリに撃たれて当然だな僕は」
そうして、シューリの眼前まで歩み寄ったイアソン。
彼は、シューリに手を伸ばそうとして―――
「嫌ッ―――!!!!」
拒絶したシューリの弾丸が右胸を直撃する。
「ッッッ――――――」
致命的な一射。
常人ならそのまま意識を手放し、息絶える一撃。
―――――――それでもイアソンは後方に倒れる身体を何とか二本の足で支える。
「伝え………たい………ことはっ………たくさんあるけど………っ」
ボタボタとみっともなく口から大量の血を零しながら、必死に声を絞り出すイアソン。
彼はその血まみれの手をそれでも伸ばして―――
「っ………!」
シューリを胸の中に引き寄せた。
「すまなかった」
「――――――」
『夢』を応援しきれなかったこと、守れなかったこと――――――ずっとずっと伝えたかった言葉をイアソンは口にする。
「何をいまさら―――ッ!!」
それでも、シューリはイアソンの腕の中で暴れる。
必死に振りほどこうとしてジタバタとするシューリを、それでもイアソンは離さなかった。
「そんな謝罪、受け入れられない!! 大体………私のことなんて忘れてあのニセモノと家族ごっこしてたくせに………!! 今更都合がいいってわかんないの!?」
「そうだな………」
右胸の傷口をグッと押し込まれるイアソンは、押し殺すように額に汗を浮かべながら、それでもシューリを手放すことはしない。
「僕は、君に謝りたくて―――もう一度君と話したくてシュケリを受け入れた。………彼女の姿とその声に君を重ねていたのも事実だ」
「………最低」
「だね―――………きっと、あそこでシュケリを殺していたなら………君にこんな想いをさせずに済んだのかもね」
「………嘘つき。あのニセモノを殺せるわけない」
「………」
「………否定しないんだ」
「嘘に嘘を重ねるのは不味いって人生経験から知ってるだけさ」
「………バカだね」
「でも、シュケリが生きてたからこそ、こうしてまた話すことができた」
「………別に私は話したくなんかなかった」
気づけば、振りほどこうとする力は既に働いていなかった。
シューリは目の端に雫を貯めて、静かに嗚咽を漏らしている。
「………どうして家に帰って来てくれなかったの」
「すまない」
「………どうして『夢』を応援してくれなかったの」
「すまない」
「………どうして守ってくれなかったの」
「すまない」
「………どうして私の仇を討ってくれなかったの」
「すまない」
「――――――寂しかった!!!!!!」
「あぁ………すまなかった」
叫びが、感情が、本音が宙に舞い、二人を繋げた。
イアソンは強く………強く強くシューリを抱きしめる。
シューリは今までの感情を埋め合わせるようにイアソンの胸の中で泣きじゃくる。
「ごめんなさい………ッ! たくさん傷つけてごめんなさい………ッ!」
「いいんだ………僕もシューリをたくさん傷つけた。―――お互い様だ」
すれ違い続けた親子が、互いに向き合った瞬間だった。
「………」
そんな光景をヨミヤはジッと見つめる。
隣ではハーディが珍しくワンワン泣いている。
ふと、視界の端でシューリとイアソンを見つめるヴェールがヨミヤの視界に入る。
「ヨミヤ………私………お母さんに………会いたい………」
「………………だね」
「いっぱいギュッとしてもらって………………今までの話をたくさんして………そして、お姉ちゃんを紹介するの」
「それはいい………イルさんもきっと喜ぶ」
珍しくナイーブになっているヴェールの頭に手を乗せて、ヨミヤは静かに同意する。
その時だった。
涙を交わしあっていたイアソンとシューリが突如、倒れ込む。
「!?」
目を見張るヨミヤ。
「イアソンッ!! シューリッ!!」
ハーディの声が、いつの間にか静まり返っていた空間に響き渡った。
閲覧いただきありがとうございます。
大変長らくお待たせしました。
卒業シーズンということもあり、忙しくしていて中々更新が出来ませんでした。
再び書いていくので、お付き合い頂けたら幸いです。




