汚泥深層決戦 キュウ
分身体の群れを、八方向に極大の熱線を放つことで一蹴する。
―――きりがない………
いまや分身体はフォーラム幹部だけではない。
奈落の底で戦った蜥蜴、坑道で戦った骨の死者、帝都で戦った勇者………ヨミヤの記憶の中に残る強敵たちが軒並み再現されていた。
その全てを、強化された魔法で蹴散らし、ヨミヤは戦い続ける。
―――本体に近づいたとしても、意味の分からない結界に阻まれる。………突破に時間を掛ければこっちがやられる………
そう、シューリの暴走が始まった直後から、彼女の周りに赤黒い結界が展開され、近づくことができないのだ。
―――クソッ………万事休すか………!
無窮より生まれし分身達を前に冷や汗をたたえていると―――
「ヨミヤくーーーーーーーーーーーーん!!!!」
はるか先の空より、ハーディの声が微かにヨミヤの鼓膜を叩いた。
「ハーディ………さん?」
再び極大熱線を放ち、あらかた分身体を蹴散らして、ヨミヤは上空でハーディの声がする方へ目を向けて―――
「キャッチしてーーーーーーー!?」
ハーディとヴェールと、あとは知らない男性が、現在進行形で自由落下していた。
「嘘でしょ―――!?」
すぐさま、結界を足場に加速。空中を威力の底上げされた風を使い疾走した。
―――間に合え………ッ!!
失敗の許されない極限の集中の中、知覚が引き延ばされ―――
「ッ――――――だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
ヴェールを左腕の中に収め、左腕の手でハーディの腰を掴み、右腕の爪の先で見知らぬ男性―――イアソンを引っ掛けるヨミヤ。
「ま、間に合った………」
なんとか無事にキャッチ出来たヨミヤは息を吐く。
しかし敵はそんなヨミヤを逃がさない。
横合いからデビル・スケルトンの結界剣が飛来。ヨミヤは、難なくその剣を回避すると、熱線でデビルスケルトンごと、直線状に居る分身体を消し飛ばす。
それでも、敵の攻撃は止むことはないので、少年は三人を抱えたまま空中を自由自在に駆け回る。
「きゃぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!」
常人の認知機能を遥かに上回る速度で動き回っているせいで、ヴェールは必死にヨミヤに抱きつき、イアソンは情けない声を出している。
「そのまま聞いてヨミヤ君!」
そんな中、ハーディは必死に声を張り上げる。
「どうにかして私達をシューリの居る結界の中まで連れて行って!!」
「この中を………!?」
「お願い! ―――どのみち元凶であるシューリをどうにかしないと事態は収まらないのでしょう!?」
「多分………そうだけど………!!」
ヨミヤは眼下の分身体―――その中心に展開する結界を見据える。
「―――見ず知らずの少年よ………どうか頼む………」
「あなたは………」
そのとき、イアソンからヨミヤに言葉が投げかけられる。
「この状況は、父親である僕のせいなんだ………だからこそ、今一人で泣いているあの子を………放っては置けない!! だからっ………!」
「………」
その言葉で、目の前の男性が誰であるかを察するヨミヤ。
もちろん、なぜ彼がここに居るのか理由は知らない。―――だが、図らずとも彼のことを知り、シューリの叫びを聞いてしまったヨミヤには、最早その親子を見捨てることはできなかった。
「―――わかりました」
宙を舞い、空を踏みしめながらイアソンの言葉を肯定したヨミヤ。
「じゃあ、イアソンを抱えて私が飛ぶわ」
杖を取り出し、魔法で飛び始めるハーディは、ヨミヤの爪からイアソンを回収。ヴェールはそのままヨミヤの腕の中に居ることになった。
「分身体に邪魔されないように結界を私が張るわ! ―――ヨミヤ君はその剣で思いっきり行っちゃって!!」
「力づくなんですね………」
「そうよ。―――むしろ、シュケリちゃんを助けたいならそうするしかないわ」
物理的に結界を叩く作戦に、少しだけ驚くヨミヤだったが、なにやら勝算のありそうなハーディに、彼はとりあえず従うことにした。
「じゃあ………行くわよ」
分身体に追われながらの作戦会議を終えて、すぐさま実行に移る。
「結界!!」
ヨミヤとハーディを囲う全方位の結界。
「ヴェール―――離さないでね」
「う、うん………!」
結界の展開と同時に駆け出すヨミヤ。
「早っ………!」
魔法の空中飛行でも追いつけるか怪しいスピードに驚愕しながらも、自身が動かなければ結界も動かないため、ハーディは必死にヨミヤをおいかける。
「ッ………!」
分身体がぶつかる衝撃、全方位からのありえない量の攻撃、そのすべてが強烈でハーディは思わず歯を食いしばる。
少しでも魔力の供給を怠れば結界が崩壊するほどの攻撃と衝撃の波を必死に耐える。
目算距離、およそ三十メートル。
二十メートル、
十メートル、
五メートル………
「ハーディさんッ!!」
「ッ!!」
結界と結界の接触寸前、ハーディは前方の一部の結界を解く。
そうすることでヨミヤの剣が直接シューリの結界まで届くようになる。
「ハァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
そして、ヨミヤは渾身の剣先をシューリの結界に突き立てた。
響くのは鋼鉄に剣を打ち付けたと聞き間違えるほどの擦過音。
「くッ――――――ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!?」
少年の刃は、バチバチと火花をまき散らしながら、シューリの結界と拮抗しあう。
―――硬すぎる………!
今の少年なら、きっとどの結界でも打ち破れただろう。
それほどまでに強化された肉体と能力。
―――しかし、それでもこの結界だけは壊れない。
理由は単純明快。―――ここが精神世界だからだ。
物理法則がそもそも違う。
魔法も使えて、能力も行使できる。
傷を負えば痛いし、おそらく死んでしまえば現実に本当の『死』が訪れる。
現実と似通っていて―――そして、決定的に違う世界だった。
『来ないで………来ないでッ!!』
『拒否』の感情を持って作られた結界は何者も通すことはない。―――得てして、負の感情はいかなる時も強く………強固なものだった。
―――壊れない………! これじゃハーディさんが………!
ヨミヤの視界の端には、分身体に攻撃され続け―――それでもなお結界を維持しつづけるハーディが居る。
その時だった。
「諦めちゃダメ!!」
ハーディが―――叫んだ。
「シュケリちゃんを助けるなら―――その想いを持って剣を握るの!!」
急激な魔力の消耗のせいか、ハーディの目や鼻から大量の血が流れ出る。
「………そうだ、お姉ちゃんを助ける………助けるんだ………!」
ヴェールがヨミヤの剣を共に握り始める。
「………『想い』。………そうだな………『二度と逃げない』。………それが僕の『想い』だ」
続いてハーディの杖から飛び降りたイアソンがヴェールに続く。
「アタシ―――私も、もう一度あの子と………話すのよ!!」
そして、イアソンに続き結界を放棄したハーディがヨミヤの剣に手をかける。
「―――行こう!!」
『想い』が重なった。
四人を守っていた結界が崩れる―――知らない。
分身体がなだれ込む―――知らない。
攻撃が四人に殺到する―――知らない!!
「「「「オオオオオォォォォォォォォォオォォォォォォオォォッ!!!!」」」」
無限にも思える引き延ばされた時間の中、四人の『想い』は一つの剣に注がれて―――
『拒絶』の壁を打ち砕く。
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみにヨミヤ君に生えた右腕の爪、どこぞのウルヴァ〇ンみたいに収納…というか、短くしておくことができます。なので、爪を仕舞って剣を握ってる状態ですね。




