汚泥深層決戦 ハチ
能力『能力連結』
それは、真道アサヒに宿った、『他者の能力を特定の一人に連結させる』能力。
文字通り、連結された特定の一人は、繋がった他の人間の能力を行使することができる。
発現当初は使い方が分からず、今の今まで放置されていた能力。
もちろん、アサヒに集結し、ウーズ・ブレイクへと『白い道』を作るこの現象が、客観的にみて『能力連結』である保証はない。
だが、この力を行使するアサヒは、この現象が、この光が、間違いなく『能力連結』が発動している証であると確信している。
直感がそう告げていた。
―――お願い………生きて………帰ってきて………!
ヨミヤと能力を介して繋がったアサヒは、少年がウーズ・ブレイクの中で戦っていることを知った。
『あの汚泥の怪物に飲み込まれ死んでしまったかもしれない』という最悪の事態が確かに否定され、安堵する気持ちがある反面、少年がまたボロボロになりながら戦っている事実に、アサヒは祈る手を固く握り込む。
「おい………アレ………ウーズ・ブレイクが………小さくなってねぇか?」
そのとき、この場に避難していた男性の一人が、俯けていた顔を上げてそんなことを呟いた。
男性はフラフラと立ち上がり、小窓から口にした言葉を確かめるようにウーズ・ブレイクへ視線を向ける。
「間違いねぇ………! ウーズ・ブレイクが小さくなってやがる!」
次第に、男性の声は大きくなり、周囲にいた他の避難民も顔を上げて何事かと事態に目を向け始める。
「本当だ………本当に小さくなってる………?」
「おい………コレ………俺達………助かるんじゃねぇか………?」
事実、分身体を放出し続けるウーズ・ブレイクの身体は徐々に小さくなり始めていた。
小さくなっている理由は不明。―――しかし、その兆候を前向きなものだと捉える避難民はにわかにざわつき始める。
しかし、戦っている者にとって、今はそれどころではない。
「下がってください! 窓の近くに居れば攻撃がこちらに向くかもしれません!!」
茶羽はすぐに、窓の近くに居る男性に叱責を飛ばし、男性と窓の間に割って入り、そこから周囲がこちらに攻撃の矛先を向けていないかを確認する。
「君たち………落ち着きなさい」
ナーガマ―も、援護の手を一旦止めて、窓に近づいた男性と―――周囲の人々に視線を向ける。
「絶望の中にいた。あの災害のようなバケモノを前に生きることを諦めかけていた―――そんな中で確かに希望を抱いたかもしれない」
魔力の使い過ぎで、顔色の良くないナーガマ―は、それでもこの場にいる人間に言葉を紡ぐ。
「でもまだ戦いの最中だ。我々のために命を賭けて戦ってくれている者が居る。―――間違ってもその者達の足を引っ張ってはいけない」
男性はナーガマ―の言葉に少しだけ呆けた後―――バツが悪そうにゆっくりと頷いた。
避難した人間の中に、ナーガマ―を知らない者は居ない。
賢者の柱で、主任研究員を務めるこの街の象徴のような人間の一人。―――そんな彼にゆっくりと諭されれば、反抗する者は少数だ。
そして、幸いにも生き残った避難民の中にはそんな人間は居なかったらしい。
「彼らを助けることは今の無力な我々では難しい。―――ならせめて彼らの勝利を祈り………応援しよう」
賢者の言葉に、人々は力強く頷いた。
※ ※ ※
「君を殺せば………シュケリは解放される?」
分身体を全て葬り、ヨミヤはシューリの首に剣先を突き付ける。
「………えぇ、そうね」
苦虫を噛みつぶしたように表情を歪めるシューリは、地面に両手をつきながら簡素に答える。
「………簡単に殺す選択肢を取るんだね」
「………意外かな?」
「えぇ、割と………」
「君が戦いをやめてシュケリを返してくれるならこれ以上はしないよ」
「無理ね」
「知ってるよ」
シューリの回答は、最初から分かっていたかのように振舞うヨミヤ。
「でもいいの?」
そこでシューリは不敵に笑った。
「………何が?」
「ハーディさんと………ヴェールちゃん………だっけ?」
「………」
まさかの名前がシューリの口から飛び出し、ヨミヤは無意識のうちに口を引き結ぶ。
「私と繋がった二人………いつでも殺せるんだよね」
シューリ曰く、二人の意識は、ヨミヤとウーズ・ブレイクの間にある精神空間ではなく、ウーズ・ブレイク本体に意識を取り込まれているそうだ。
「懐かしくてついつい保護しちゃったけど………その保護を解けばいつでも―――殺せるんだよ」
「…………ッ」
最悪の事態に、ヨミヤの剣が揺れる。
「………ハーディさんは、君の家族なんじゃないのか」
ハーディは、乗合商業馬車での旅の途中、何度もシュケリに構っていた。―――まるで何かを懐かしむように。
今なら分かる。―――シュケリに何度もシューリの面影を重ねていたからだ。
確かに今の状況は常軌を逸してる。それでも、娘のように可愛がっていた子に人質にされるなんて―――そんな話はヨミヤには受け入れられない。
しかし、
「………知らないわよ」
シューリはヨミヤの言葉に顔を背けた。
「知らない知らない知らない知らないッ!! シュケリの中に私が居ることも気づかない、私のことを何年も放置した人のことなんて――――――知らないッ!!」
激情を露わにするシューリはヨミヤの剣先を無造作に握る。―――己の手が傷つくことも厭わず。
「私のことを捨てた人達なんて――――――――――知らないッッッ!!!!」
零れ落ちる雫のことなど、欠片も気にすることなくシューリは子どものように甲高い声を張り上げた。
それは寂寥の悲鳴だった。悲しみの慟哭だった。―――一人ぼっちの女の子の叫びだった。
母にも、父にも、母のように慕っていた人にも捨てられた女の子の。
「だから全部壊してやる!!!!」
「ッ!?」
刹那―――シューリの周囲から突如として複数の分身体が出現する。
「くッ………!?」
突然の出来事にとりあえず上空に逃げて―――ヨミヤは絶望した。
「………馬鹿げてる」
眼下には、
見渡す限りの地面を埋め尽くす分身体が存在した。
シューリの暴走により、最終局面が―――始まる。
閲覧いただきありがとうございます。
長かったこの話もいよいよ終わりに使づいてきました。
まぁ、主に事態が落ち着くという意味ですが…




