汚泥深層決戦 ナナ
「ハーディ………! 早くヨミヤを助けに行かなくちゃ………!!」
「分かってるわ………」
暗い空間に、眼前にはまるで丸く切り取られたように外の景色が見える。
そんな謎の空間で、ヴェールとハーディは黒い泥に腕を飲み込まれていた。
そのせいで、現在二人は動けずにいた。
―――腕の感覚はある………見た目から、ウーズ・ブレイクにアタシたちは捕まっていると考えるのが妥当。でも、この感覚は………
自身の片腕を拘束する黒い泥を観察しながら分析を続けるハーディ。
そんな中、隣では外の景色を確認しては心配そうな顔をしているヴェールが居る。
「まってヴェールちゃん。外に居るヨミヤ君が心配なのは分かるけど………アタシ達も同じく油断できない状況よ。―――今打開策を考えてるから………我慢できる?」
「う、うん………」
ハーディは、彼女とヴェールの記憶を繋げる魔法を行使した。
その結果がこうなることは流石に想定の範囲を超えていた。
―――本当に、土壇場で組んだ魔法なんて使うものじゃないわね………!
ちなみに、魔法は発動できなかった。
外に見えるヨミヤが魔法をバンバン撃っているところを見るに、そもそも法則の違う空間の可能性もある。
「………………」
そこまで考えたハーディは、不意に最悪な考えに至り、首を軽く振った。
―――不味いかもしれないわね………
※ ※ ※
突如、ヒカリの身体の周りを白い光の粒子が滞留し始めた。
しかし、誰もその変化に気づく者は居ない。―――否、反応する余裕がない。
次第に、白い光の粒子はタイガ、加藤の周りにも滞留を始める。
最後の砦を守るため、混迷を極める戦場に、『白の輝き』が漂い始めた。
「なに………これ………」
ヒカリ達と同じように『白の輝き』が浮かぶ茶羽は、周囲の視線を集めながらも、自分の周りを確認する。
やがて、その粒子は一人の少女の元へ集まり始める。
『白』は、この場の勇者達からアサヒの元へ道を作っていた。
「アサちゃん………?」
魔法ではない。
そう確信する茶羽は、祈りを捧げる友へ目を向ける。
そして―――
「お願い―――行って………!」
アサヒの言葉を合図に、白の粒子は一直線にウーズ・ブレイクに向かって走り出す。
ウーズ・ブレイクへ接触した『白の輝き』は、そのまま汚泥の中を突き抜け―――中に居るヨミヤの身体を包み込む。
そして、現実の身体に起こる変化は、やがて精神へと変化を及ぼす。
「なによ………アレ………」
頭上から、まるで一本の矢のように飛来する『白の輝き』に最初に気が付いたのはシューリだった。
「アレを止めてッ!!」
直感的に、あの光が自分に良くないことをもたらすことを悟ったシューリは、すぐに分身体へ指示を飛ばす。
「!?」
分身体が突如として向きを変えたため、驚きに表情を染めるのはヨミヤだ。
少年は、分身体が止めに掛かった『白の輝き』をそこでやっと認知する。
そのため、彗星のように落ちてくる『白の輝き』は止められた――――――かのように思われた。
「なッ………!!」
しかし、汚泥達を透過して―――ヨミヤの元までやってきた。
「………!?」
次の瞬間、光の粒子はヨミヤの胸の中に吸収され―――
白のオーラを少年の身体が放出し始めた。
「これ………!?」
胸の奥が安らぐような温かさに包まれる。
『ヨミは嫌がるかもしれないけど―――』
そのとき、ヨミヤの耳元にアサヒの声が優しく響く。
『私達の力………使って』
朝の少女は、夜の少年をゆっくりと抱きしめた。
「………」
耳朶を震わせた声に、少年は強く、強く目を瞑り―――
―――ありがとう………
少女の力を行使した。
※ ※ ※
白のオーラを纏うヨミヤに最初に襲い掛かったのはガージナルの分身体。
血水の最大威力を持ってヨミヤを消し去ろうとしたのだ。その威力はやや劣るものの、湖でヨミヤと打ち合った血水の渦槍と大差はない。
のだが―――
「………」
呼応するように撃ちだされた熱線は、向かってくる血水を全て蒸発させ、いとも簡単にガージナルの分身体を消滅させた。
ヨミヤは二重魔法も使わず、分身体を跡形もなく消し去って見せた。
「………最悪」
予想通りの展開と、予想外の力に表情を歪めるシューリ。
しかし、ヨミヤは止まることはない。
アルドワーズの分身体が引力を用いてヨミヤの足止めを決行するが、少年はそんなアルドワーズを無視する。
あろうことか、ヨミヤは引力に逆らいながら疾走を開始する。
そのスピードは凄まじく、遥か後方に控えていたセラドンまであっという間に肉薄する。
セラドンはすぐさま銃撃で応戦するものの、弾丸全てを回避され―――
「邪魔だ」
熱線の射程圏内まで入ってしまったセラドンの分身体は焼き尽くされてしまう。
しかし、余韻に浸る間もなく別方向から風の刃が迫る。
ヨミヤはその風を、避けることもなく爪を一振りするだけでかき消してしまう。
そして―――
「ㇵァァッ!!」
頭上より振り下ろされた踵がアザーを大地に叩きつける。
浅い湖に、泥の花を咲かせるアザーは、すぐ再生を開始するが―――
瞬間、上空に駆け上がったヨミヤに頭上から熱線をぶつけられて灰と化す。
「残るは―――」
ヨミヤはアルドワーズとシルバーの分身体を見つめる。
「………もう負けない」
激突するヨミヤと分身体達。
最初に動いたのはシルバーだ。
現実世界で、賢者の柱の建物を粉々にして見せた神速の剣を振う。
―――………!
が、ヨミヤはその全てを身体能力だけで迎撃して見せた。
「―――お返しだ」
そして次の瞬間、返す刃でヨミヤはシルバーの分身体を粉々に斬って見せる。
「見えてるよ」
アルドワーズの分身体は、そんなシルバーをカバーしようとしたのか、横からヨミヤに向かって拳を振う。
少年は、その拳に反応して、額を拳にぶつけた。
何度もアルドワーズに割られた頭蓋。―――けれども、今度はヨミヤの頭部が、アルドワーズの拳を割って見せた。
「………」
ヨミヤはチェーンでアルドワーズの巨体を粉々のシルバーの分身体にかぶせるように引き倒す。
そして、右の爪でアルドワーズを引き裂きながら上空へ跳躍。
―――散々やってくれたな
眼下に、再生を始める分身体を見下ろしながら、ヨミヤは呪文を紡ぐ。
「スォル・イサ・ベルカナ・エワズ―――」
辛酸を舐めさせられた相手に、恨みでも返すように少年は唱え慣れた言葉を落とした。
「火球」
強化された極光に、さらに強化された極光が重なった。
重なった魔法が大地を深く、深く深く削り、地面に薄く張っていた水も、その熱量に蒸発していた。
太陽より周囲を照らしている極光があっけなく、二体の分身体を抹消した。
閲覧いただきありがとうございます。
なんか久々に無双した気のする回でした。ヨミヤの謎のパワーアップも一応ちゃんと理由がありますので次回までお待ちいただければと思います。
…まぁ、察しのいい方なら気づいてるかもしれませんが。




