汚泥深層決戦 ロク
それは、ヨミヤ自身も気が付いていない変化だった。
奈落にて口にした『黒林檎』。―――その果実を食べたことにより浮かび上がった左腕の『茨の刺青』が少年の覚悟に応えるように伸び始めた。
『茨の刺青』はそのままヨミヤの肩から、背中から、鎖骨から徐々に―――それで物凄い早さで成長していき、やがて失ったハズの右腕へと茨は到達する。
そこから始まるのは『変異』とも呼べる奇跡だ。
『茨の刺青』は右腕の切断面を黒く染め上げると―――そのまま漆黒の腕を生やし始める。
そして出来上がったのが、剣より長く、剣より鋭い五本の爪を持つ―――異形の腕だった。
※ ※ ※
―――身体が軽い………
ヨミヤはシルバーの分身体と激しい剣戟を繰り広げながら、同時に、視界の端に映る風の刃や、砲撃を魔法ですべて打ち落とす。
さらに、ヨミヤへ突進してくるアルドワーズが見えたため、風で無理やりシルバーの分身体を吹き飛ばすと、左腕の剣を逆手に持ち―――アルドワーズと拳を打ち合わせた。
広がる衝撃波。
さりとて、少年は気にすることなく、アルドワーズの拳を弾いて、右腕の爪で分身体を切り裂く。
すると、まるで隙をカバーするかのように、ガージナルの血水がヨミヤに迫り、少年はそれ以上アルドワーズの分身体に追撃を行うことが出来ず、後退する。
下がるヨミヤ。そんな少年を、アザーとシルバーの分身体が畳みかける。しかし、剣も、爪も、魔法も、全てを十全に使いこなすヨミヤは一向に攻めきれない。
―――全部………見える………
身体を切り裂かれ、再生しようとしているアルドワーズも、銃撃か砲撃の機会をうかがうセラドンも、無感情にこちらを攻め立てるアザーとシルバーも―――上空から襲い掛かるガージナルも。
「………」
ヨミヤは結界を用いて二人の攻撃を受け止め―――上空を見上げて爪を振りかぶる。
血の刃と黒の爪はそのまま衝突し―――黒の爪があっけなくガージナルを切り裂いた。
次の瞬間、シルバーとアザーが距離を取り―――セラドンの銃撃がヨミヤを襲う。
ヨミヤはすぐに結界を展開。無理に攻めることはせずに周囲に意識を向ける。
すると、視界の端に再生を終えたアルドワーズが引力によって態勢を崩そうとしているのが確認できる。
ヨミヤはすぐさま結界を収め―――アルドワーズに向かって跳躍する。
少年は、跳躍の力と、発生した引力で通常の倍以上のスピードでアルドワーズに突貫。
そのまま逆手に持った剣で、アルドワーズの首を刈り取る。
―――これじゃ死なない………けど………!
爪を突き立て、ブレーキにしながら着地するヨミヤは、振り返って―――シルバーとアザーと………ガージナルが少年に向かってきてるのを確認する。
「………待ってました」
刹那―――極大の熱線を用いて、アルドワーズ、シルバー、アザー、ガージナルをまとめて焼き尽くした。
―――どうだ………?
二重魔法を行う余裕はなかった。
先ほどまでなら火力が足りず、そのまま分身体が再生してくる威力だ。
だが、今は違う。
理由はわからないが、現在ヨミヤの能力は何故か強くなっている。
―――ヨミヤの感覚でしかないが、現状分身体を二重魔法を行使しない最大威力の熱線で仕留められるかどうか威力のはずだ。
その答えは―――
飛ぶ斬撃によって返答された。
「チッ………!?」
剣と爪を振り回し、斬撃をかき消すヨミヤ。
硝煙の奥からは、無慈悲に再生していく分身体。
さらに、射程内まで接近したセラドンが再び銃撃を開始。ヨミヤは大きく距離を取りながら走り出す。
「あと一手………」
ほんの少しの『何か』。
『覚醒』と呼ぶにふさわしい立ち回りをしてなお、少年には何かが足りていなかった。
※ ※ ※
「ヨミ………」
魔獣除けの外壁の内部。
外から響き続ける轟音と、せわしなく動き続ける茶羽達を見つめながら、アサヒは視線を小窓から見える『ウーズ・ブレイク』へ移す。
怪我人の治療は終わった。
そのため、魔法行使によるヒカリ達への援護に入ろうとしたアサヒだったが、
『いつ怪我人が出るか分からない』
という、茶羽の言葉で魔力を温存するため事態を静観している。
実際に、一度加藤が傷を負い運ばれてきた。そのため、茶羽の言葉を無下には出来ないアサヒであったが、事態が事態なだけに、不安も―――心配も募る。
―――お願い………どうか………無事でいて………
何もできない自分を呪い、祈るように両手を握り込むしかできないアサヒ。
その『呪い』が、『祈り』が―――想いが今………発露する。
閲覧いただきありがとうございます。
さて、やっと奈落の底から引きずってきた『黒林檎』について少しだけ触れることが出来ました。
長いなぁ…




