汚泥深層決戦 ゴ
シューリ・スライ。
それは、シュケリを保護した人間、イアソン・スライの一人娘。
魔族の攻撃で植物状態となった彼女は、『クリア・ウーズ』に喰われた。
様々な奇跡が起き―――そのウーズは『シュケリ』としてこの世界に誕生した。
※ ※ ※
「私はニセモノ―――『シュケリ』の中で眠り続けた。それが今になって、魔獣達の記憶によって呼び起こされたのよ」
『シュケリ』と『シューリ』は繋がっている。
故に、シューリが目覚めるのと同時に、シュケリの記憶がすべて彼女の中に流れ込んできた。
「許せなかった。私を殺そうとした魔族も、私を喰ったこのニセモノも―――娘の仇を取ろうともしないあの人もッ!!!!」
暴走する動機も、シューリの中に渦巻く感情も当たり前のものだった。
だからシューリは悪辣に笑う。
シュケリを―――ニセモノを助けようとするヨミヤをボロクズにして、少しでも憂さ晴らしをするために。
「………そうか」
ヨミヤは、そんなシューリの言葉を静かに受け止める。
きっと彼女の言葉に嘘などない。
すべてが事実だろう。
しかし、シルバーやハーディからしか、シューリのことを聞いたことのないヨミヤに、きっと彼女の気持ちを真に理解することはできない。
ヨミヤは当事者ではないのだから。
だが―――
「わかるよ」
少年には、シューリが胸の内に抱える炎に覚えがあった。
「ぇ………………?」
シューリは、ヨミヤの言葉に少しだけ呆けた顔を見せ――――――すぐにその相貌を歪めた。
「わ、分かるわけないでしょッ!! アンタなんかに分かるわけないッ!!」
少女は叫ぶ。
「魔族に殺されかけたことも………ウーズに喰われたこともないくせにッ!!」
まるで鬱陶しい『何を』を振り払うように頭を抱える。
「アンタに父親に裏切られたこの痛みが―――分かるわけないッッッ!!!」
そんなシューリの姿に、ヨミヤは表情を引き結ぶ。
―――本当に………そっくりだ………
復讐を誓い………全てが敵に回ったような………あの頃の自分に。
「………わかるさ」
痛いほど少女の心情に共感しながら―――それでもヨミヤは立ち上がった。
―――皮肉だな………
先ほどまでの余裕そうな笑みとは正反対に、少女はヨミヤに同情されたことにより激しく取り乱している。
そんな少女に、少年は一歩、また一歩と踏み出した。
―――あの日、オレはアサヒに『味方で居てほしかった』と願った。
「動くなッ!! ―――動くなぁぁぁぁぁぁ!!」
ヨミヤは、この時―――不思議とすべてが研ぎ澄まされていた。
迫る分身体達の………全てが捉えられているほどに。
少女にけしかけられた分身体―――セラドンの分身体にはその周囲に結界を張ることで自爆を誘発する。
ガージナルの分身体は、血水を防御し、チェーンで血水の中にアルドワーズを引きずり込むことで対処する。
厄介な分身体を抑え込んだことで、後の分身体にはチェーンで動きを封じ込めることで再生も攻撃もさせないようにした。
このすべての行動を一瞬で済ませたあと、ヨミヤはゆっくりと少女へ近づく。
―――なのに、オレは………
「来るなっ………来るな来るな来るなっ!!」
すべての分身体を拘束されてしまった少女は、一人その場に座り込み身体を丸める。
「安心してくれ」
そんな少女の頭に軽く手を乗せると―――少年は彼女を通り過ぎる。
「オレは君を―――助けない」
「なに………?」
何もされなかった少女は、その場で少しだけ頭を上げて、歩き去ろうとするその背中を見つめる。
「………いや、きっとオレは―――誰も助けることができないんだ」
ヨミヤは少しだけ歩みを止めて―――俯く。
「………自分の感情に精一杯で、相手の言葉に耳を貸すことのできなかったオレには―――誰も救えない」
雨の帝都。
沛雨の中、自分勝手に少女に別れを告げた少年。
「―――けど」
暗闇の地下牢から始まった桜色の少女との旅。
―――短くも賑やかで………楽しい旅路。
「そんなオレを頼ってくれた人が居た」
シュケリと、ヴェールと、ハーディと過ごした馬車が少年の中に残る。
「辛い中、オレに心を開いてくれた子が慕ってるんだ。―――オレもヴェールも、『シュケリ』が好きなんだ」
少年は、『シューリ』に背を向けたまま、確かに宣う。
シュケリを『助ける』と――――――シューリは『助けられない』と。
「ははっ………」
少年の宣言に、シューリは少しだけ顔を引きつらせて―――
「アハハハハハハハハㇵハハハハハハハハッッ!!」
やがて壊れた人形のように笑い狂った。
「そう―――君もニセモノを選ぶんだねッ!!」
刹那―――分身体のすべてが魔力の鎖を引きちぎり………立ち上がる。
「いいよッ!! 全部丸ごと―――グチャグチャにしてあげるッ!!」
そして、全てを喰らい尽くす誓いのもと………五体の分身体が一斉に少年に襲い掛かる。
始まるのは再びの蹂躙劇。
圧倒的な数の暴力。
少年が暴力の権化たる『ウーズの分身体』に迫られ―――
その全てを右腕の爪で切り払った。
「………」
それは何の奇跡だろうか。
勇者に―――剣崎ヒカリに切り落とされたハズの右腕から黒い腕が生えていたのだ。
「………まぁいいや」
分身体を全て切り裂いた、黒い腕から伸びる異様に長い爪を見つめ―――やがて理由の解明を諦めたヨミヤは、振り返り―――シューリに剣先を突き付けた。
「………シュケリは返してもらう」
「―――お腹の中で返してあげる冷淡人間」
シュケリを背に、ヨミヤは再びシューリとの戦闘に入った。
閲覧いただきありがとうございます。
ヨミヤ君は勇者ではありません。




