汚泥深層決戦 ヨン
「くそッ………!」
悪態をつくヨミヤ。
しかし、彼にはそんな時間すら惜しい。
『―――』
ガージナルの分身体がヨミヤの足元の水を血水―――赤い血に変貌させて巻き上げる。
『―――』
セラドンの分身体が砲弾と銃弾をヨミヤに向かってバラまいてくる。
『―――』
アザーの分身体が攻撃の合間を縫って風の刃を放つ。
『―――』
シルバーの分身体が味方の攻撃をかいくぐりながら何重もの斬撃を振り下ろす。
『―――』
アルドワーズの分身体がヨミヤの態勢を崩し、襲い掛かってくる。
―――ふざけんな………ッッッ!!
すべて少年一人にのしかかる攻撃だ。
その様子はさながら、アリ一匹に戦闘機で一帯を絨毯爆撃しているに等しい。
「ぐァ………!?」
やがて、ヨミヤの右足を風の刃が深く切り裂く。
「~~~ッッ!!」
空中で被弾したため、顔面から地面に墜落するが、顔を痛がる暇も、足の傷を確認する暇も少年にはなかった。
すぐさま、強烈な引力により後方のアルドワーズへ引っ張られる。
ヨミヤは、その先で待つアルドワーズとシルバーに向けて熱線を放つことで引力を解除するとともに、シルバーによる追撃も拒否する。
「―――ッ!」
しかし、今度はその頭上から血水が殺到。
足の痛みなど忘れ、全力で立ち上がり、その背中を無理やり風で押し出すことでミンチになることを回避する。
―――回復する暇もない………!
苛烈な攻撃の波。
致死量の血水が、首を狩る風刃が、全身を焼く爆撃が、存在を切り刻む銀閃が、石をも貫く鉄拳が、油断した先から少年を潰しにかかる。
「ㇵァァァッ!!」
試しに、シルバーの分身体に刃を振うも、片手だけでは簡単にいなされ、がら空きになった背中を斬られかける。
つんのめる身体を反転させてシルバーの刃を受け止めようとも、直後に砲弾がヨミヤのすぐそばで炸裂。
「ぐァァァァァッ!?」
破片が、爆炎が少年を包み、吹き飛びながら、全身を苛む激痛に叫びをあげる。
そして―――
「ッ!? やばッ―――」
吹き飛ばされるヨミヤを引力が捉える。
態勢を立て直すこともできないヨミヤは、そのまま引っ張られて―――
「ぐっ………うぅ………!!」
アルドワーズの分身体に首を掴まれ、そのまま持ち上げられる。
「がっ………ぁ………!」
息が詰まる。
呼吸ができない、頭に血が廻らない、首が痛い。
万力で首を締め上げられるヨミヤは、ただ苦しくて足を必死に振るが、最早意味はない。
「………殺さないでね~」
遠くで愉快そうに表情を崩す少女がそんなことを言うと、少しだけ首を絞める力が弱まり―――
刹那、
「―――!!」
顔面をアルドワーズに殴られ、そのまま地面に叩きつけられた。
瞬時に視界はスパークし、意識が明滅する。
「ははっ………死んじゃったかな?」
水面に顔半分だけを沈めるヨミヤに、黒髪の少女は近づく。
「う~ん、死んでないけど………ノびちゃったね」
クスりとする少女の声に、ヨミヤは反応することはない。
「あ~あ………つまんない」
少女はその場にしゃがみ込むと、意識のないヨミヤの後頭部を指でツンツンとつついて見せる。
周囲の分身体は、その様子を無機質に眺めていた。
「せっかく、あのニセモノを目の前で滅茶苦茶にしてやろうと思ったのに」
その時―――
「キャッ―――!」
ヨミヤが立ち上がり、剣を振りかぶった。
標的は黒髪の少女。
少女の言葉を聞いたヨミヤは、瞬時に意識を覚醒させてシュケリを危険に晒そうとする敵を排除しにかかった。
だが、
『―――』
振り下ろす前の刃は、少女の前に立ち塞がった銀閃により阻止される。
そして、返す刃で、シルバーの分身体に少年は真正面から切り伏せられた。
「ぐッ………うっ………!!」
右肩から、左わき腹に掛けての一閃。
それでも、少年は数歩下がるだけで、決してその膝を折ろうとはしなかった。
「………惜しかったわね」
「あぁ………本当にね………」
シルバーの分身体に斬られた傷を、全力で治癒しながら、ヨミヤは少女に向き直った。
「―――君は、誰だ?」
不意に、ヨミヤは少女に向かってそんな言葉を投げかける。
『返答はないだろう』―――そう決めつけていながらも、何となく口にした質問。
「―――気になるんだ?」
だが、意外にも言葉は投げ返された。
「いいよ。教えてあげる」
口端を吊り上げる少女は、愉快そうに語り始める。
「私は、あのニセモノの中に眠っていた人格と、ウーズ・ブレイクに送られた魔獣達の記憶が結合したことにより生まれた、いわば『獣の意志』」
少女は謳う。
『本能に従い、目に映るもの全てを喰らうのだと』
その瞳を弓なりに捻じ曲げて、笑う。
「今の私は『ウーズ・ブレイク』そのもの。私は頭に響く魔獣達の意志に従って全てを食べつくす! ―――私を閉じ込めたニセモノも、私を不幸にした世界にも全部やり返すの!!」
面白おかしくてたまらないと言わんばかりに、声を高らかに―――そして悪辣に少女は宣う。
「『獣の意志』………? いや、待ってくれ………眠っていた人格………?」
茫然と少女の言葉を聞いていたヨミヤだったが、少女の語る言葉に、何となく嫌な予感がして彼女の言葉を繰り返す。
「ふふっ………意外と察しがいいのね。―――気の利かない男の子だと思ってた」
ネジの外れた機械のように笑い狂っていた少女は、打って変わり淑女のような笑みを浮かべてヨミヤへ視線を向ける。
「私の本当の名前は―――
―――シューリ・スライ。イアソン・スライの一人娘だよ」
閲覧いただきありがとうございます。
ちなみに、ヨミヤ君は優しい人間ですが、気は利きません。長い間ぼっちだったからね、仕方ないね。
(ぼっちの中にも気が利く人はいます! 誤解しないでね!)




