夜の記憶・影 サン
女は『イル』といった。
彼女は、北の町『サール』にて、奴隷商『白馬』の拠点を襲撃。―――その後、『白馬』の拠点を南下しながら娘の『ヴェール』の情報を探していた。
『メフェリト』には、その途中に物資の補給のために立ち寄った。のだが―――
「さて………」
街はなぜか不可解なバケモノに占領されており、イルは門の外で苦戦を強いられていた少年を助けたのだ。
―――あの子と年が近そうだったからつい助けたが………
奈落へと繋がる坑道にて出会った少年と、たった今窮地に立たされていた少年の姿が重なってしまい、咄嗟に助けに入ってしまったイルだったが、その判断がやや軽率だったかもしれないと反省してしまいそうだった。
何故なら、数えるのも億劫な程の敵に囲まれているのだから。
―――しかし………誰かが街の中で戦っている。おかげでこちらに来る数も少なくなっている感じだな。
これでも、街の中に比べたらマシな方であることに薄々気づいたイルは、ため息をつきそうになった。
「とはいえ………なぜ、お前たちが此処にいるのか………それもハッキリさせないといけないな」
剣を構え、イルは上空の魔獣達へ目を向ける。
―――その魔獣達は、以前に奈落に繋がる坑道にてイルとヨミヤを苦しめた魔獣・『血の一本角』デビル・スケルトンにそっくりだった。
イルにはなぜ、あの魔獣に酷似した生命体が目の前にいるのか理解が出来なかった。
だが、相手は魔獣。―――『なぜ』を追求することを許してはくれない。
「事情は………他の者に聞かせてもらおう」
デビル・スケルトンに酷似した魔獣―――ウーズ・ブレイクの分身体達は剣を構えたイルへ、先ほどと同じように無数の結界剣を発射する。
「全く………腹立たしいほどそっくりだな」
以前、奴隷商の一味であったモーカンを追い掛け回していた時に、イルはデビル・スケルトンに襲われている。
そのときはデビル・スケルトンに手も足も出なかった。だが、今は違う。
「あの時とは違うぞ」
刹那、イルは片足をダンッと踏みしめる。
その瞬間、イルの周囲より無数の樹木が伸び始め、一枚の壁となってすべての剣の飛来を防いで見せた。
「いけ」
次いで、壁となった樹木から、今度はスケルトンたちの方へ再び樹木が生え、スケルトンの展開する結界ごと樹木が絡みつく。
「………」
イルは直立のまま、翡翠色のロングソードをもつ手をかざす。
よく見れば、イルの剣を握る手が強くなるほど、スケルトンを絡めとる樹木の圧力が強くなるのが見て取れる。
そして、次の瞬間―――
「………潰れろ」
あまりの圧力に、スケルトンの展開する結界が耐えきれなくなり、そのままスケルトンごと結界を樹木が握りつぶした。
『魔剣』
それは、所有者の能力がこびりついた武具の名称。
長い間、使い手の魔力に晒され続けた武具は、所有者の手から離れてもなお、元の所有者の能力を行使することができる。
イルが手に入れた二振りの魔剣。
翡翠色の長剣の銘は『ヤグルージュ』。樹木を生成・操作することのできる能力をもつ。
そして、深い海色の短剣の銘は『アーヤル』。その能力は―――
『――――――』
刹那、『有翼型』がイルの背後を取って急襲してきた。
だが、イルはそんな分身体へチラリと視線を送り―――
「『降りしきる鉄砲水』」
直後、上空より大地を削るほどの水の槍が無数に降り注いだ。
それらは、飛来した『有翼型』のみならず、次々と街の方面からやってくるスケルトンの結界を易々と貫き、沈黙させていく。
『アーヤル』は水を生成・操作することができる。
その能力をもってして、上空に水の塊を生成。結界すら貫くスピードで水を発射していたのだ。
―――全く………盗んだ武具がここまで役立つとは………
おそらく、以前に戦ったスケルトンより、続々とやってくるスケルトンは弱い。
だが、それでもほとんどの攻撃を弾くあの結界は厄介極まりない。
その結界を貫くことのできる能力を有する『魔剣』達を、イルは複雑そうな目で見つめた。
というのも、この武具は奴隷商『白馬』の拠点を襲撃中に、敵から奪ったものだ。
『物を盗む』という行為に抵抗があったイルに、モーカンが無理やり持たせたものだった。―――当時は今まで使っていた装備が破損してしまったのも相まって、仕方なく使っていたのだが、ここまで役立ってしまうと、イル的には複雑なものがあった。
「………まぁ、選り好みをしている場合でもないがな」
ほんの少しだけため息をつくと、イルは目の前まで迫っていた『有翼型』を『ヤグルージュ』で切り捨て、次々とやってくる敵へ意識を向けた。
閲覧いただきありがとうございます。
本当は、イルさんが魔剣を手に入れた経緯もしっかり描いてみたかったのですが、これ以上今の話が長くなるのも困るので割愛しました。
どこかで出せたらいいですねぇ…




