渇望の番人 ヨン
「これ、食べてください」
そういって、ヨミヤは食べかけの黒林檎をイルの手渡す。
「………………………………………………………………………………………………………………………………………セクハラか?」
なが~い沈黙のあと、結局ストレートに問い返されたヨミヤは、盛大に慌てふためいた。
「ちょっ、ちがっ………あ、えっ………ちが、ちがくて―――――――」
それもそうだろう、イルからみれば、『食べかけの物を食べさせようとする変態』に見えてしまう。
ジト目で美人ににらみつけられる状況に慣れていないヨミヤは、ここで本来の性格がでてしまう。
意味のわからない言葉の羅列を口から吐き出していると、その様子に何かを察したのか、イルはため息をついて、警戒を解いた。
「………わかった。お前に悪意がないのは理解した。―――それで、なんの理由があってそれを食べろという?」
高魔族は『魔族』という種に忠実な種族だが、本来、清廉潔癖で誇り高い種族だ。『不潔』『不正』『下品』を極端に嫌う。
戦士として働いていたイルはこの気質が、他の高魔族と比べて薄いのだが、やはり『他人の食べていた物を食べる』という行為は苦手らしい。
イルは、腰に手を当てて、十分な説明がヨミヤからあるのを待っている。
「えっーと………オレの傷、なくなってるの気づきません?」
「?? 回復魔法で治癒させたのではないのか?」
「いや、実はオレ、魔法使いとしてはまだ初心者でして、二種類の魔法しか使えないんですよ」
「………は?」
その言葉に、イルは驚きで、口がふさがらなくなった。
二種類という魔法の少なさはおかしい。低級の魔法使いでも、日常生活で楽をするためにもっと魔法が使える(魔法がたくさん使えるというのが、一流の条件でもないのだが)
しかし、その言葉を裏付ける違和感がイルにはあった。
それは、先ほどの戦闘でのこと。
接近してきたイルから距離を取るために、ヨミヤはわざわざ爆発する魔法を使った。他の魔法が使えるなら、それで距離を開けたあと、安全にイルを爆破すればいい。
なのに、彼はわざわざ自分に危険が及ぶ、至近距離での爆破を試みた。
「なるほど………でも、使える魔法が二種類って………魔法使いとしてはヒヨコじゃないか」
「そうですね………三日しか魔法習ってませんもん」
「…………………お前の将来が楽しみでしょうがないよ」
閑話休題
「それで、この傷なんですけど………――――――この林檎食べれば治るんですよ」
まるで、詐欺の常套句のような言葉だな、なんてヨミヤは自身の言葉を他人事のように感じていると、
「…………………」
今度は疑念の眼差しで凝視された。
しかし、ヨミヤの今の言葉を置いておくとしても、イルはその黒林檎の効力を信じ始めている。自分の推測も混じった『信じる』という感覚には逆らえない。
こうして、イルは黒林檎を口にした。
その後、力のことや、腹部から首筋にまで現れた刺青をみて、ヨミヤの説明を改めてきいたイルはため息を抑えられなかった。
※ ※ ※
「『アベリアス様の作戦を知らないか』だと………?」
「ええ………魔族との戦争で罠に嵌められて………その人に大事な人が狙われているかもしれないんです………」
抜き身のダガーをわざとらしくモーカンに見えるように持ち歩きながら、イルはヨミヤの言葉に眉を顰める。
「………………残念だが、私はすでに軍属を退いた立場だ。今の軍の作戦など知るはずもない」
長い沈黙のあと、イルは渋々といった表情でそんな言葉を紡ぐ。対して、ヨミヤも、イルが今しがたの質問の詳細を知るはずがないと思っていたのか、『そうですよね』と苦笑いを返す。
「おい、アンタら、なに余裕ぶっこいてんだよ………頼むぜ………特にそこの魔族女、テメェ、さっきあの骸骨に追いかけまわされてボロボロにされてんだろ」
「………」
ビクビクと周囲を見渡すモーカンは、そんなことをしゃべりだす。―――ちなみにこの男、他の奴隷商の情報を持っているかもしれないとの判断で、殺されることなくその命をつないでいた(イルは殺そうとしていたが、ヨミヤがなんとか説得した)
そのせいか、この男は先ほどから、『入り口にいた強力なスケルトン』とやらに怯えていた。
そんなモーカンに、イルは無言で近づき―――無言でダガーを振り下ろした。
「ちょっ――――!?」
ヨミヤが絶句するその間。
ダガーはピタリと、男の眼球の手前で静止した。
あと一センチでもずれたら、切っ先が眼球に触れるような距離。
「………お前のこと、『いらない』と思ったら即殺す―――口には気をつけろ」
「………ぁ………ぁぁぁ…………………ぁぁ」
危うく眼球を抉られる寸前だった脅し、ぶつけられる純粋な殺意、『いたぶる』その行為すら切り捨てるその態度に、男は言葉をなくし、そのまま腰を無様に地面へ落とす。
「………そんなに強かったんですか、そのスケルトン」
モーカンのことなど、欠片も意識していないヨミヤは、イルへそのスケルトンのことを訪ねる。
「あぁ、スケルトンの強さは生前の強さに色濃く影響される。それを考えた上で、アレが身に着けていた物や、頭部の形状を見るに―――あれは元悪魔族のスケルトンだ」
その時だった。
「ぇ…………………」
モーカンの元に、半透明の輝く剣が飛来した。
「ッ!!」
近くにいたイルは、持っていたダガーで間一髪、その剣を弾く。
「お前………」
「黙れ………………出たぞ、お前のずっと気にしていたヤツが………」
「………………………」
その身は、鮮血の聖職衣が包んでいた。
おそらく聖職者だったのだろう。しかし、その指には、数多の宝石が輝きを放っていた。―――よく聞く話だった。生前、聖人君子だった者が、生ける屍と化したとき、生前とはかけ離れた行動を取ることがあるのだ。
そして、その頭骨は、生前の彼の種族を物語っていた。
特殊強化魔獣 『血の一本角』 デビル・スケルトン。
閲覧いただきありがとうございます。
生まれてから今まで、「セクハラ」なんて言われたことがないので、多分言われたらめちゃくちゃショックだろうなぁなんて思います。
そんなこと言われないような人間になりたいですね