剣閃の先に映るは『夜』 ニ
ヒカリは、剣に刻まれたルーン文字―――術式から魔法を読み取る。
「………っ!!」
苦手だった戦闘魔法技術『発動待機』を下級魔法で数秒持たせる。
「っだァ!!」
「チッ………」
数秒―――訓練時のヒカリであれば決して魔力を制御することすら叶わない時間。その間に、刃を振い続けるシルバーを無理やり後退させる。
シルバーの舌打ちを聞くヒカリは、構わず魔法を発射。
「乱反射の光芒!!」
魔法は無事に発現。ヒカリの剣先より小さな光線がいくつも発生。そのすべてがシルバーに向かう。
「無駄だァ!!」
しかし、光線はシルバーの剣閃に切り刻まれてしまう。―――そして、
「まぁ………ガキどもは大体同じ手を使ってくるんだよなぁ」
シルバーの背後に回り込んだヒカリはシルバーと目が合う。
「ッ………」
歯噛みするヒカリは、それでも剣を振う。
―――気づかれてても、こっちの方が先に仕掛けられる………!!
思惑に気づかれている。………それでも、受け身だった先ほどまでと違い、今度は能動的に、言葉を変えるならヒカリから攻めることができる。
目で追うことすら出来ない閃きが、一閃、二閃、三閃と重なり―――その全てがヒカリの刃だった。
「はっ………剣筋が甘すぎだ」
だが、ヒカリの刃は全てシルバーに受け切られる。
「まぁ………頭は回るようだ。―――奇策で痛い目見る前に、本気でやってやるよ」
その瞬間、ヒカリは先ほどのまでのテンションを一瞬で沈めるシルバーを見た。
どこまでも冷たく、どこまでも冷静に剣を振う―――剣神が、そこには居た。
「『二・飛青の定見』」
ヒカリは知らない。
男はその昔、とある研究者に―――遥か格下に一杯食わされ、標的を逃したことを。
相手の品定めをしてしまう悪癖を利用され、まんまと敵の策略にハマったことを。
故に、男は決めていた。
悪癖は治らないが―――策を用意する格下には敬意をもって本気で始末すると。
―――斬撃がッ………!?
『飛ぶ斬撃』に最大限の驚愕に襲われるヒカリは、ギリギリで何とか防御に成功するが、その反動は凄まじかった。
隣のビルの、さらに隣のビルまで斬撃と共に吹き飛ばされたヒカリは、ビルの内部で瓦礫のクッションと共に地面に転がる。
「ぐっ………がっ………ぁ………!!」
あまりの衝撃に、地面にのたうちまわるヒカリだが、明滅する視界の端に、ビルの中に居たであろう大勢の一般人が目に入る。
「に、げ、ろ………!!」
肺がうまく空気を取り込めない中、ヒカリを呆けた表情で見つめる民間人に向かってヒカリは精一杯吠えた。
「逃げろッ!!」
次の瞬間、『神速』とも呼べるスピードで眼前に現れたシルバーに、ヒカリは周囲に被害が掛からぬように掴みかかろうとする。
「………」
が、あっさりとその手を払いのけられると、シルバーのつま先がヒカリの顎を下から蹴り上げた。
「死んどけ」
そして、天井部分まで浮かされるヒカリに、シルバーは渾身の突きを見舞う。
「ッ―――!!」
揺れる視界の中、次の攻撃に備えとりあえず防御にかざしたヒカリの剣に、シルバーの切っ先が激突。奇跡的に致命傷を防いだヒカリはしかし、天井をぶち抜き空高く打ち上げられてしまう。
その一部始終を見ていた民間人は、次の瞬間堰を切るように悲鳴を上げてその場から逃げ出していた。
「………」
既にビル外に吹き飛ばされたヒカリには知る由もないが、シルバーは逃げ惑う一般人には目も向けなかった。
「さぁ、これで終わりにするか」
「クソ………!!」
先ほどまで眼下に居たシルバーが、その身体能力を持って打ち上げられたヒカリに追いつき、ヒカリは驚きと共に言葉を吐き捨てる。
「『四・百銀の光彩』」
刹那―――幾百の銀閃がヒカリを切り刻んだ。
「―――~~~!!?」
声にもならない絶叫。
しかし、ヒカリの体は能力のおかげでミンチにならずに済んでいる。
「かてぇな………」
おそらく、殺す気で切り刻んだのだろう。
―――それでも息を繋いだヒカリは、次の瞬間、愚痴を零すシルバーに顔面を蹴られ遥か下方の穴の開く屋上へ突き落とされる。
「………」
ギリギリで意識を繋ぐヒカリは、すでに動く力を失っていた。
―――あぁ………いてぇなぁ………
全身が切創の痛みをしきりに伝えてくる。………血が流れて、一秒ごとに身体が温かさを手放していく。
―――アイツは、こんな中でも諦めなかったんだなぁ………
『死』を強く意識する。
この感覚は、帝都でヨミヤに黒焦げにされて以来だろうか。
嫌でも、脳裏には全身に火傷を負いながら殴りかかってきたヨミヤの姿が浮かび上がった。
―――負けたくねぇなぁ………
その気持ちは、誰に対するものなのか。
シルバーに負けたくないのか、痛みに動けない自分自身に負けたくないのか―――あの復讐者に負けたくないのか。
それは、ヒカリ本人にもわからなかった。
―――負けたく………ない………!
でも、本心だ。
「………ぅぅぅぅぅぅうううううッ!!!!」
獣のようなうなり声と共に、少年は立ち上がる。
剣を杖に、心を軸に立って見せた。
「………………マジかよ」
「―――――――」
シルバーは気が付かなかった。
殺す気で切り刻んだ少年が生きていることに驚愕し―――決定的な瞬間を見逃していた。
少年の最後の策略に。
閲覧いただきありがとうございます。
『筆が乗らない』なんて言い訳して書かなかった次の日は、結局書かなかったことを後悔します。
意志が弱いっ!




