仇討ちと抑止の狭間 サン
『お………の………れェェェェ………!!』
ハーディは、セラドンから聞こえる怨嗟に満ちた声に少しだけほくそ笑む。
『ざまぁみろ』と。
イアソンをバカにした罪を突き付けるように微笑む。
『まだだ………!!』
しかし、それでも鉄の巨人は動いた。
―――具体的には、空高く浮上しながら、こちらに向けて大口径砲を撃ってきたのだ。
「いえ、もう終わりよ」
宣告を告げるハーディは、『火球』を四つ唱えて―――解き放つ。
すると、内二つは発射された砲弾に直撃。再び黒煙を空に浮かび上がらせる。
残りの二つは、黒煙を突っ切って機銃巨人に接近。
『クッ………』
迎撃しようとしたセラドンの思惑はハーディにも理解できた。
しかし、彼女の真の狙いは機銃巨人本体ではなく―――
大口径砲の砲身だった。
『なッ―――!?』
刹那―――機銃巨人の背中から伸びる砲身が爆発した。
ハーディは、賢者の柱最上部まで飛んでいた機銃巨人が爆発の衝撃でよろけるのを確認すると、すぐに魔法を発動。
「創造する氷槍」
竜をも貫く氷の槍を携え、巨人より尚高く飛翔。
「『馬鹿』もこれで治るわよ」
巨人の真正面―――温度差によって生じた亀裂のど真ん中に、ハーディは氷槍を投げつけた。
『やめっ………やめろォォォォォォォォォォォォォォオォォォッ!!』
響く声は、巨人の中に座する男のものだろうか。
次の瞬間―――氷結の槍は、あっけなく機銃巨人を貫通した。
『おのれ………ハーディ・ペルション………この恨み………忘れん………ぞ………』
その声は、とても息苦しそうに聞こえた。
しかし、ハーディからは巨人の内部を知ることは出来ない。―――否、きっと彼女は知りたくもないだろう。
やがて、動力を失ったかのように、機銃巨人は賢者の柱に向かって墜落した。
あまりの衝撃に、塔全体が揺れるが―――幸い、塔が倒壊する気配はなかった。
「死人だからって一方的に恨めると思ったかしら」
ハーディ・ペルションは、回復魔法を行使しながら、墜落した巨人を見下ろす。
「お生憎―――私もお前を恨んでいるぞセラドン」
※ ※ ※
それは、昔の話。
イアソンとシュケリがまだ幸せに暮らしていた頃の話だ。
医者とシュケリの話を何度も盗み聞ぎしていた『フォーラム』所属の看護師の報告書を読んだセラドンは、合わせて複写されたシュケリのデータを見てアルドワーズと話をしていた。
「共鳴現象?」
「左様でございます」
場所は『賢者の柱』裏手………統治貴族の屋敷の、アルドワーズの私室で二人の密談は繰り広げられていた。
「より具体的に説明しますと―――イアソンが娘の安否を強く念じたために、『付与』という魔法的な繋がりを通して情報が逆流。ウーズが受け取った情報をもとに、人間の細胞を完璧に模倣し、人の形をとった事例です」
「つまりは親子の絆―――というわけですねぇ」
まるで、温かい話でも聞くかのように頷くアルドワーズに、ずれた眼鏡の位置を直すセラドンは、言葉を紡ぐ。
「絆、なんて不確定なものではありません。―――これは『魔法的繋がり』が存在する確かで、世紀の大発見です」
「ほう、やはり『絆』が起こした奇跡ではありませんか」
「―――ワタシの話をきいて頂けていない?」
まるで魔法の知識のないアルドワーズに、『奇跡の事例』の凄さを説くのを諦めるセラドン。
「セラドン」
そんなセラドンへ、今度はアルドワーズから言葉が掛かる。
「『絆』を、『意志』を侮ってはいけない」
セラドンは、一対一の時だけ口調が柔らかくなるアルドワーズに疑問を抱きながらも、いつも自分の話を聞いてくれるアルドワーズへ、今度は自分が耳を傾ける。
「我々のやろうとすることは、大局を見ればきっと正しい―――私はそう信じる」
『けれど』とアルドワーズは続ける。
「きっと万人に受け入れられることはない。―――必ず我々の前に障害は現れる」
「………」
『フォーラム』は今の段階で、帝国にも魔国にも立ち向かうだけの『戦力』が足りていない。―――そのため、この組織は今、潜伏をしてゆっくりと『戦力』を整えている。
………よって、今は『フォーラム』に障害と呼べる障害はない。
「その障害を乗り越えるのに必要なのはきっと我々の『絆』と『意志』だ」
―――あぁ、これは夢だ。
アルドワーズのその言葉を最後に、セラドンは目を覚ます。
ハーディの失敗はただ一つ。
機銃巨人を『賢者の柱』に墜落させてしまったこと。
「ぐ、ぅぅぅぅぅぅぅ………!!」
腹部から、流れてはいけない量の血が流れていることが分かる。
すでに足の感覚はない。
それでも、男は―――セラドンは巨人の残骸から這い出る。
―――奇跡だな。ここに堕ちるとは………
『ウーズ・ブレーク』降臨に、必要なことが一つある。
それは、『起動スイッチ』により、ウーズ………シュケリに魔獣の記憶を送り付けること。
原理としては、飢餓状態の魔獣に追跡魔法を改良した『共感』をかける。―――これは、共鳴現象を意図的に起こすためにセラドンが長い月日をかけて改良した魔法だ。
その情報データを『フォーラム』地下施設にある『中継地点』で受信・増幅し、『起動スイッチ』を介してシュケリに送り込むのだ。
ちなみに、セラドンがギリギリまで調整していたのは、機銃巨人とこの『中継地点』の魔工具だ。
―――全く………シルバーが『メインプラン』を奪取されていなければ………
ズリズリ………と、ゆっくり、ゆっくりとセラドンは目的の物に地べたを這いずって目指して―――
その指が、『起動スイッチ』に届いた。
事態は加速する。
『絆』も『意志』も、何もかもを飲み込んで。
無窮の果てに向かって、加速する。
閲覧いただきありがとうございます。
この話を考えた時から、エルフの魔法使いにはド派手な空中戦を繰り広げてほしいなって、思ってました。




